カテゴリー「17 都内で山形県の味」の7件の記事

2010年6月 2日 (水曜日)

山菜の王様「ネマガリ竹」

 山形県庄内地方では「山菜の穴場は家族にも教えるな」という格言がある。
 この格言を曲げて、父親は息子に教えていた。

 郷里・酒田市の山寄りに住む弟から、ねまがり竹(根曲がり竹)などの山菜が届いDscn3917た。他に、こしあぶら、山わさび、ミズも入っている。
 「今、届いたぞ」と電話を入れたら、「昨日採ったばかりだ。昔、親父と一緒に行った場所からだ」と、自慢の声が返ってきた。

 父親が元気だったころは、このような山菜が年に数回は届いたが最近は弟が頼りだ。
 山菜は山に慣れた人でないと探すことが難しいし、熊やマムシの危険もある。
 郷里には、「山菜の穴場は家族にも教えるな」という格言?がある。どうしても他人に伝わり、その場所が次々と荒らされてしまうからだ。
 最近では、他府県ナンバー数台で乗り付け、元来、地元の山に愛着を持ち合わせていない方々が、荒らすだけ荒らして根こそぎ持ち帰る人もいるという。
 こんなこともあるので、あまり他人に自慢げに話すなということだ。470

 しかし、弟は父親から穴場を引き継いでいるようだ。
 当方も田舎で生活していた頃は、この時季になると、「山こぎに行くぞ」と、父親の一声で、ワラ駕籠の「テンゴ」を背負い、よく山に入ったものだった。
 握り飯に漬け物を持参して、田舎ではピクニック感覚だった。渋々だったが、今は体験したくても体験ができない。

 「山菜の王様」は何かというと、個人的には「ねまがり竹」と思っている。貴重だし、形もいいし、風味も全てが他に勝ると思う。
 次が「わらび」、「たらの芽」、「こごみ」「こしあぶら」「やまうど」などが続く。
 今回は「山わさび」も2本入っている。
 鳥海山麓は湧き水が豊富なので、「わさび」も地場生産出来るのではと思う。
  「ねまがり竹」は約100本入っているが、金額にすれば相当なものだ。
 一日、山に入っても、そんなに採れるものではない。

 月山山麓では、「月山筍」の名で高額で売買されている。Dscn3918_2
 学名は、「チシマザサ」と言うそうだ。
 食べ方は、採れ立ては皮付きのまま焼いて、味噌やマヨネーズを付けて食べるのと旨い。
 他には、天ぷら、
 味噌汁の具(青さ海苔も入れる)、
 豚肉、厚揚げとの煮物、など
  アクがほとんどないので、あく抜きしなくてもいい。
 そして、山形の地酒に合う
 今日は、先日頂戴した山形の酒の封を切る。

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2010年2月24日 (水曜日)

遊佐町に美味い地酒がある

happy01この時期は、日本酒が最高にうまい季節だ。

 山形県の庄内地方北端に位置する遊佐町は、霊峰・鳥海山の伏流水に加えて米どころ、気候条件もプラスして、酒がうまくなる諸条件が全部揃っている地域だ。

 下段に平成20年と21年の「全国新酒鑑評会・入賞酒一覧表」を掲載 したが、山形県内からは毎年30カ所程の酒蔵が全国新酒鑑評会から入賞酒に選ばれ、更に7割方の高確率で金賞を受賞している。
 この鑑評会は杜氏、蔵人たちの励みになっているそうだが、金賞を毎年のように受賞している遊佐町の蔵元がある。
pouch杉勇」と「東北泉」だ。
Photo_3
 ずいぶん昔、吉出の村はずれに、父親の友人・佐々木二郎さんが経営する吉出銘醸株式会社鳥海正宗」という蔵元もあったが、昭和40年ころに酒造りを止めた。
 よって現在は、遊佐町にはこの二カ所だけのはずだ。
 いずれにも縁あって、長年飲み続けているが、生産者を知っていると安心して飲めるものだ。
 最近、多少有名になった蔵元よりは、ずっと良心的で美味いことを保証する。
 
■「杉勇すぎいさみ
〒999-8314 山形県飽海郡遊佐町大字上蕨岡字御備田47-1
電話:0234-72-2234、FAX:0234-72-2234 、
代表:茨木高芳、杜氏 佐藤敏郎
創業:大正12年(1923年)
  http://www.s-shinseikai.com/information/seisansha_name/list_sa/post_72.php
 年間約500石程の蔵元だが、殆どが地元で消費されている。
 都内では、10年位前に偶然にも国立市の中央線踏切横にある酒屋で見つけ立ち寄ったところ、社長と知り合いで置くようになったとのことだった。
 以来、通っては買い求めているが、知る人ぞ知る銘酒だ。蔵元の営業部長・佐藤義明氏Photo_4は「自分が作る米から酒を作りたい一心から、原料米へのこだわりを持って酒を造ってきた」と述べている。
 杉勇は、有機米の言葉がなかった50年以上も昔から、無農薬で日本酒専用のこだわりの米を造っているところだ。
 杉勇クラブhttp://kats.tea-nifty.com/sugiisami/

 都内の杉勇 取り扱い店 ふくはら酒店
                            場所:東京都台東区台東3-6-8

東北泉  とうほくいずみ 合資会社 高橋酒造店
〒999-8521山形県飽海郡遊佐町吹浦字一本木57
電話 0234-77-2005 FAX 0234-77-2168
代表 高橋千賀  杜氏 神理
  http://www.touhokuizumi.co.jp/modules/myalbum/
 東北泉は日本海の港町、山形県庄内地方の北端、遊佐町吹浦にある。
 山形を代表する、霊峰・鳥海山の伏流水を使い醸造を行っている。杜氏の神(4じん)氏は、東北泉で10年以上の酒造りをしており、平成15年杜氏に就任した最初の年から鑑評会での金賞受賞を達成している。今後が益々注目される蔵元だ。
 中央線の荻窪駅近くの「荻窪いちべえ(03-3220-2952)には、東北泉がおいてある。
 高橋千賀社長自ら来店して宣伝していた。

■庄内地方の酒蔵(市町村は合併前を表示)
亀の井(かめのい) 亀の井酒造株式会社 羽黒町
竹の露(たけのつゆ) 竹の露合資会社 羽黒町
奥羽自慢(おおうじまん) 佐藤仁左衛門酒造場 櫛引町
羽前白梅(うぜんしらうめ) 羽根田酒造株式会社 鶴岡市
出羽の雪(でわのゆき) 株式会社度会本店 鶴岡市
大山(おおやま) 加藤嘉八郎酒造株式会社 鶴岡市
栄光冨士(えいこうふじ) 冨士酒造株式会社 鶴岡市
上喜元(じょうきげん) 酒田酒造株式会社 酒田市
初孫(はつまご) 東北銘醸株式会社 酒田市
栄冠菊勇(えいかんきくいさみ) 菊勇株式会社 酒田市
清泉川(きよいずみがわ) 佐藤酒造場 酒田市
盾の川(たてのかわ) 盾の川酒造株式会社 平田町
庄内一(しょうないいち) 三浦酒造場 温海町
松嶺の富士(まつみねのふじ) 藤屋酒造本店 松山町
鯉川(こいかわ) 鯉川酒造株式会社 余目町
倭桜(やまとざくら) 合名会社佐藤佐治右衛門 余目町
麓井(ふもとい) 麓井酒造株式会社 八幡町
杉勇(すぎいさみ) 合資会社杉勇蕨岡酒造場 遊佐町
東北泉(とうほくいずみ) 合資会社高橋酒造店 遊佐町

■平成20酒造年度 全国新酒鑑評会 入賞酒一覧表
http://www.nrib.go.jp/index.html
ここに掲載した蔵元は新酒鑑評会で入賞したところだが、更に☆印は金賞酒と認められたもの。
壺天 男山酒造株式会社 ☆ 2
銀嶺月山 鈴木酒造合資会社   2
寿久蔵 寿虎屋酒造株式会社 寿久蔵 ☆ 2
出羽桜 出羽桜酒造株式会社 山形工場   2
紅花屋重兵衛 古澤酒造株式会社 ☆ 2
沖正宗 浜田株式会社 ☆ 2
東光 株式会社小嶋総本店 ☆ 2
香梅 香坂酒造株式会社 ☆ 2
九郎左衛門 有限会社新藤酒造店   1
米鶴 米鶴酒造株式会社 ☆ 2
東の麓 有限会社山栄遠藤酒造店   2
一献醸心 株式会社中沖酒造店   1
十四代 高木酒造株式会社 ☆ 2
花羽陽 株式会社小屋酒造 ☆ 2
くどき上手 亀の井酒造株式会社 ☆ 2
大山 加藤嘉八郎酒造株式会社 ☆ 2
栄光冨士 冨士酒造株式会社   2
上喜元 酒田酒造株式会社   2
栄冠菊勇 菊勇株式会社 ☆ 2
初孫 東北銘醸株式会社 ☆ 2
辯天・酒中楽康 合資会社後藤酒造店   2
朝日川 朝日川酒造株式会社 ☆ 2
あら玉月山丸 和田酒造合資会社 ☆ 2
楯の川 楯の川酒造株式会社 ☆ 2
鯉川 鯉川酒造株式会社 ☆ 2
麓井 麓井酒造株式会社   2
杉勇 合資会社杉勇蕨岡酒造場  2
東北泉 合資会社高橋酒造店 ☆ 2
■平成21酒造年度  全国新酒鑑評会 入賞酒一覧表
  http://www.nrib.go.jp/kan/kaninfo.htm
壺天 男山酒造株式会社 ☆ 2
銀嶺月山 鈴木酒造合資会社   2
寿久蔵 寿虎屋酒造株式会社 寿久蔵 ☆ 2
出羽桜 出羽桜酒造株式会社 山形工場   2
紅花屋重兵衛 古澤酒造株式会社 ☆ 2
沖正宗 浜田株式会社 ☆ 2
東光 株式会社小嶋総本店 ☆ 2
香梅 香坂酒造株式会社 ☆ 2
九郎左衛門 有限会社新藤酒造店   1
米鶴 米鶴酒造株式会社 ☆ 2
東の麓 有限会社山栄遠藤酒造店   2
一献醸心 株式会社中沖酒造店   1
十四代 高木酒造株式会社 ☆ 2
花羽陽 株式会社小屋酒造 ☆ 2
くどき上手 亀の井酒造株式会社 ☆ 2
大山 加藤嘉八郎酒造株式会社 ☆ 2
栄光冨士 冨士酒造株式会社   2
上喜元 酒田酒造株式会社   2
栄冠菊勇 菊勇株式会社 ☆ 2
初孫 東北銘醸株式会社 ☆ 2
辯天・酒中楽康 合資会社後藤酒造店   2
朝日川 朝日川酒造株式会社 ☆ 2
あら玉月山丸 和田酒造合資会社 ☆ 2
楯の川 楯の川酒造株式会社 ☆ 2
鯉川 鯉川酒造株式会社 ☆ 2
麓井 麓井酒造株式会社   2
杉勇 合資会社杉勇蕨岡酒造場   2
東北泉 合資会社高橋酒造店 ☆ 2

補足説明
1. 出品区分「1」は、第I部への出品を、「2」は、第II部への出品を表しています。
  第I部 ・・・ 原料米として山田錦以外の品種を単独または併用、あるいは山田錦の使用割合が原料の50%以下で製造した吟醸酒
  第II部 ・・・ 原料米として山田錦の品種を単独または山田錦の使用割合が、原料の50%を超えて製造した吟醸酒

■「杉勇すぎいさみ
〒999-8314 山形県飽海郡遊佐町大字上蕨岡字御備田47-1

東北泉  とうほくいずみ 合資会社 高橋酒造店
〒999-8521山形県飽海郡遊佐町吹浦字一本木57

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2010年2月21日 (日曜日)

鶴岡の「アル・ケッチァーノ」紹介

happy01 イタリア料理といえば、スパゲティ料理やトマト料理くらいしか知識がないが、今日の産経新聞には、鶴岡市のイタリア料理「アル・ケッチァーノ」のオーナーシェフ、奥田政行さんが、大きく紹介されていた。銀座にも店があるという、行ってみたくなった。

新聞記事Sty1002210847002p1
「日本酒は和食だけでなく、イタリア料理にも合うことを知ってほしい」と話す奥田政行シェフ

  リゾットに純米大吟醸
 チーズたっぶりのリゾットに純米大吟醸-。実は、日本酒とイタリア料理は思いのほか合う。お酒と料理の絶妙な組み合わせを「マリアージュ」というが、意外な″国際結婚″をきっかけに、日本酒が見直されつつある。(榊聡美、写真も)
                                      

■新聞記事
 今月13、14の両日、東京・代官山で、ユニークなイベントが行われた。
 来場者はイタリアンチーズをつまみに燗酒(かんざけ)を味わったり、野菜のオリーブ油漬けやアンチョビーと日本酒との食べ合わせを楽しんだり。レストランでは、ピエモンテ料理と日本酒の賞味会も開かれた。これは「日本酒と楽しむイタリアンの会」のイベント。仕掛け人は、プロのテーブルコーディネーターを養成する傍ら、日本酒スタイリストとしても活躍する手島麻記子さんだ。同会の発端は、イタリアのスローフード協会が主催する食の見本市に参加した約10年前にさかのぼる。
   --中略---
 一方、山形県鶴岡市に店を構え、庄内産の食材を使った“庄内イタリアン”で、全国区の人気を誇る「アル・ケッチァーノ」のオーナーシェフ、奥田政行さんも日本酒とのマリアージュを追求する一人。「日本の魚は甘みがあるので、生の料理だったら日本酒の方が圧倒的に合う。それに、ワインに比べて懐にも優しいですしね」
 「日本人の魂」と、日本酒に対する熱い思いを語る奥田さんは、地元の蔵元と組んでイタリアンに合う日本酒も開発。来月には都内にある自身の店の姉妹店で、手島さんとコラボし、日本酒とイタリアンの賞味会を実施する予定だ。「料理はあえて完成させない。食べる人が日本酒を口にしたときに完成する」という哲学のもとに作られる料理は、多くの人の舌をうならせ、日本酒のイメージを変えてしまいそうだ。「全国のイタリア料理店のメニューに日本酒が並ぶようになり、国内における日本酒の国際化が進めば」と、手島さんは同会の発展に期待を寄せる。相手を選ばない懐の深さが知られ、日本酒の新時代到来となるか-。

■「アル・ケッチァーノ
  山形県鶴岡市下山添一里塚83 TEL 0235-78-7230 FAX 0235-78-7231
  「アル・ケッチァーノ」オリジナル日本酒は鯉川酒造
 「アル・ケッチャーノ」 おいしい山形プラザ(銀座)
 http://www.alchecciano.com/al-checciano.html
 中央区銀座一丁目5-10 ギンザファーストファイブビル」2階
 http://oishii-yamagata.jp/02sandandelo/


東京都内の主なイタリア料理店

渋谷区 ベルマーレ 世田谷区グッチーナ
中央区 アル・ケッチャーノ 千代田区ラ・ステラ
中央区 シャイー 中央区 イルビアンコ
千代田区 ビストロコロンブス 渋谷区 AZ
目黒区 CAFE VERY 港区 エビアン
中央区 トラットリア カヤバッチョ 港区 クローチェ エ デリツィア
新宿区 Ristorante LASTRICATO 文京区 il mio  イルミオ
渋谷区 オステリアボーチェエ ノッテ 新宿区 カフェレストランオリオール
中央区 イタリアン&バー スプーン 港区 オーガニックイタリア料理店 Mamma(マンマ
新宿区 イタリア食堂 ブラーボ 中央区  トラットリア サンマルツァーノ
港区 ザ・ウィナーズ- WINNERS 港区リストランテ ヴェルソラルト
墨田区 テルツォ 杉並区 アランチーニ 桜上水
世田谷区 リゴレッティーノ 港区 ザ ウィナーズ
練馬区 ラ・ベントゥーラ 文京区 イタリア食堂ラ・ルーチェ
江東区 ジョリーカフェ+Wan 墨田区 kitchen TAMAYA
江東区 ピーダッシュクラブ 東大和市 サイゼリヤ
立川市 パスタ ナーノ イタリアン 東村山市 ポポラマーマ
国分寺市 メランツァーネ 東大和市 イタリア料理 カンティーナ
武蔵野市 パスタ フレスカ 調布市 DINING BAR シャンティン
府中市 ワイン&イタリア料理 FLORA 調布市 ノンチェマーレ

■「アル・ケッチァーノ
  山形県鶴岡市下山添一里塚83 

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2010年2月13日 (土曜日)

笹塚の居酒屋、山形屋の思い出

 50年近くも店を開いていた、渋谷区笹塚にあった居酒屋「山形屋」の常連客は多かった。ひとえに女将の人柄と昭和初期からの飾らない店の佇まいだった。
 女将・三浦春美さんの命日は平成8年1月26日、亡くなって14年も経った。
 三浦さんは山形県八幡町市条(現・酒田市)出身で、
 特に山形県人を温かく迎えてくれた。
 独身時代、ひょんな縁から頻繁に出入りするようになり、上京した両親を案内したところ、母が「いろいろ綺麗な店に連れて行かれたが、ここが一番ゆっくり出来る。お前が来る気持ちが分かる。」と語った。
 三浦さんは両親に突然、「息子さんと養子縁組みさせてくれないか。」と真顔で頼んだことがあった。独り身では老後のことが不安だったのだろう。
 父は、「本人の気持ちに任す」などと気を持たせる返答をしてしまった。
 しかし、私には結婚が迫っていたこともあり、この縁を実らすことが出来なかった。
 苗字のことや、いろんな好条件を提示されたのに・・・・。
 その後、亡くなった様子を知るに連れ、何か良い方法がなかったのかと思うことしきりだ。
517iaqyzjkl
 「山形屋」の三浦さんが、どのような方だったかは、同様に縁が深かったテレビのコメンテーターとして活躍している、山形県河北町出身の田宮榮一氏が著書の中で紹介している。
 「警視庁捜査一課長・特捜本部事件簿」の第十三章に「居酒屋の女将さんに捧ぐ」として、11頁をさいて思い出を記述している。
 下手なコメントを入れないで、そのまま引用させて頂く。
                --以下引用--

第十三章 居酒屋の女将さんに捧ぐ

   --夜回り記者の溜まり場『山形屋』---Img_2009021800253
 渋谷区笹塚の十号通り商店街のはずれ、中野区の区界に以前『山形屋』という居酒屋があった。その店は、私がまだ世田谷区給田の公舎に住んでいた頃、同期生で仲の良かった代々木警察署長の本石登君(故人)に紹介された。『山形屋』の女将さんは私と同郷の山形県酒田市出身ということもあって、何度か足を運んだことがあった。
 私が笹塚の公舎に転居したのは、昭和55年の4月だが、その『山形屋』までは数百メートルしか離れていなかったので、足を連ぶ回数も多くなり、妻も女将さんと仲良くなり、連れ立って買い物に出かけるほどになった。
 木造二階建ての店で、最盛期には二階の客室を使い、従業員を置いて手広く商いをしていたようだが、私が知り合った頃は、70歳半ばの女将が一人で切り盛りしていた。七、八人が座れるだけのカウンターを持つ小さな居酒屋だったが、店の裏手には二階建てのアパートを所有し、いわゆる小金持ちの独居老人だった。
「お金が欲しくて店をやっているのじゃないよ。子供もいないしね、誰の世話にもなりたくないし、店に来てくれる人と話をするのが楽しいからやってるのよ」女将さんの弁だった。女将さん手作りの、白菜の漬け物、おでん、カレイの煮付けくらいの料理しかなく、客の注文があれば、刺身や天ぷらなどの出前を取っていた。カウンター脇には、煉炭火鉢にいつも焼酎やウイスキーを割るお湯がしゅんしゅんとたぎっており、これが店の看板だった。

 何の変哲もない素朴さが、かえって馴染み客に受けていたと思う。建物自体が、時代劇にでも出てくるような佇まいで、それがまた客を癒やしてくれた。
 二階に上がる階投下の踏み板が、とても立派な厚い一枚板だったことや、店の奥にあるトイレは、木目が浮き出るほど磨かれていたことが忘れられない。
 郷里酒田市の実家は甥が継いでいること、姪が板橋区選出の都議会議員の夫人になっていることは話してくれたが、それ以上のことは話してくれなかったし、聞きもしなかった。
名前を三浦はるみさんといい、丸顔で小柄な可愛い女将だったから、若い頃にはずいぶん艶っぽいこともあったろうと思われたが、人それぞれの胸に秘められた過去をほじくり出すのも、野暮なことだと思っていた。
 詳しいことは、後出の朝日新聞の記事「スズメのお宿」をご一読いただきたい。私が笹塚公舎に住んでいたのは、昭和55年4月から58年9月までの三年半で、鑑識課長時代、捜査第一課長時代を過ごしたことになる。
 捜査会議を終えて帰宅するのは、午後10時過ぎは早い方で、時には日付が替わっていることもたびたびたった。その間、夜回りの記者は近くの道路に黒塗りのハイヤーを停め、私の帰宅を待っている。車の中で仮眠している記者もいたし、車のトランクの上にカセットプレーヤーを置いて、音楽に合わせてダンスのステップを踏んでいる女性記者もいた。寒い目もあれば、暑い夜もあった。隣近所に迷惑をかけてはいけないという思いで、車のエンジンを切り、エアコンも暖房も効かないので、待つ方も大変だと思われた。
  そこで私は、『山形屋』で待ってもらうことにした。『山形屋』は客のボトルをキープしなかったが、とくで女将に頼み込んで、特別に私のボトルだけはキープしてもらうことにした。焼酎やウイスキーのボトルを五、六本キープしておいた。女将手作りの白菜漬け(これが美味しかった)をつまみにして、飲んでいてもらうのである。

 私は帰宅すると、『山形屋』に電話して、夜回りOKの連絡をするのだが、時には私自身が『山形屋』に立ち寄って、記者だちといっしょに盃を交わしたこともある。捜査側と取材側とは、一定の距離をおかなければならないが、そのルールの上に親交を深めたのである。そこはまさに、「捜査一課長第二応接室」だった。女将にしてみれば、二十歳から三十歳前半の記者たちは、孫みたいなものだったろう。

 「若いお客さんが増えて嬉しいわ」と言いながら、とてもよく面倒をみてくれた。記者たちも女将とすっかり馴染み、というよりは甘えて、「おっかさん」、「おばちゃん」、「おかみさん」などと呼んで、味噌汁やおにぎりを作ってもらったり、カウンター奥の女将の部屋で仮眠したり、タオルと石鹸を借りて近所の銭湯に行く者もいた。

 中には夜回りが目的ではなく、刑事部担当以外の記者を連れて、わざわざ飲みに来る記者もあった。私が新宿署長に異勤してからも、ご歿査第一課長第二応接室〃となっていた『山形屋』と記者たちの交流は続いていたようで、誰からともなく、「女将にお礼の気持ちを表したい」という話が持ち上がった。お金に困っている女将ではないから品物を贈るよりもということで、感謝状を贈ることにした。メディア側は記者クラブ連名で、捜査側は刑事部長名で感謝状を作り、額縁に入れて贈った。

 女将は、「こんなものは頂こうとしても頂けるものじゃない。家宝です」と、ことのほか喜んでくれた。後日談がある。女将が私のところにやって来た。「クラブの人たちにお茶菓子でも買ってあげてください」そう言って紙包みを出すので、深く考えもせず受け取ると、中にはなんと現金が、50万円も入っていた。「女将さん、これは頂くわけにはいかないよ。お気持ちだけで十分だよ。クラブの方には私から話しておくから」と返したが、女将は受けとってくれない。
 「なんのこれしきのこと。お金では買えない賞状を頂いたんだから。私はね、一晩寝ると何万という利息がはいるのよ」「おばちゃん、人前でそんなこと言っちゃ駄目だよ。狙われるよ」私が説得しても、一度出したものを引っ込めることはできないよ」頑として聞き入れず、紙包みをテーブルの上に置いたまま帰ってしまった。

 困り果てた私は、とりあえず刑事部長に報告し、記者クラブの幹事社のキャップに集まってもらい、事のいきさつを話した。
 受けとれないという点では、全員一致した。さてどうするか。善後策を協議した結果、
●関係者一同で、受賞のお祝い会を『山形屋』で開く
●参加者は全員会費制とする
●支払いの時に、集めた会費を50万円に上乗せして置いてくるということになった。
 私が段取りをして、お祝いの会が聞かれた。
40人ほどが集まったが、会がお開きになって、帰り際に、「今日の会費です。足りない分はおばちゃんの気持ちに甘える」と言って、私は金包みをカウンターの上に置き、そそくさと帰った。

 自宅で倒れている三浦のおばちゃんが発見されたのは、倒れて二日後のことだった。
アパーートの居住者が、どうも姿が見えないということで家に入ってみると、居間で倒れていたという。救急車で板橋所在の帝京病院に運ばれた。持病の糖尿病が脳梗塞を引き起こしたという。医師が「どこか連絡するところがありますか」と尋ねても、「どこもない」と頭を振るだけで、やがて意識も遠のいたという。
 『 山形屋』が代々木警察署の管内なので、病院側が代々木署に調べてもらって、姪が板橋区内に住んでいることが判明したらしい。どなただったか定かでないが、記者のひとりが連絡をくれて、妻はそれを知ったという。妻が見舞いにいくと、足がぱんぱんに腫れており、意識朦朧とする中で、「痛いよ、痛いよ」と唸っていたという。
 「山形屋さん、三浦さん」と呼びかけても、わからなかったようだ。
 ちょうどそこに姪の方がやって来て、体をゆさぶりながら、「田宮さんの奥さんよ、わかる?」 と声をかけると、こんこんと首を振り、あとは眠りこけていたという。

 これが三浦さんと妻の最後の別れになった。三浦さんが天国に召されたのは、その翌日の平成8年1月26日。
 通夜、告別式には、私はもとより、「スズメのお宿」を書いた奥山記者は九州に赴任していたので、奥山夫人と妻など多くの弔問客が訪れて冥福を祈った。
 この本を書くにあたって、私はどうしても『山形屋』さんのことを書かなければと思った。捜査の裏側には、人と人との出会いがあり、別れがあるからだ。つい先日、『山形屋』のあった場所に行ってみたが、古い店跡には今風の建物が建ち、前の通りを行き交う人々は、何も知らぬ気に、平和でのどかな街の佇まいだけがそこにあった。
 一つの時代に、私や記者たちが群れ合った『山形屋』と女将さんの物語の風景は、時の流れの中に消し去られていたのである。愛犬マッキーを連れて散歩の途中に店の前を通ると、生卵を割ってマッキーに飲ませてくれた三浦はるみさんは、天国でもみんなに愛され、慕われていることだろう。
 三浦はるみさんの戒名は「春光院美感好心大姉」で、ありし日の人柄がにじみでているようだ。
 私は本稿を書くにあたって記憶を呼び戻すため、いまは秩父支局長になっている奥山記者に電話をしたのだが、電話したその日が、なんと三浦さんの命日だった。すっかり忘却していた私は奥山さんに指摘され、その因縁の深さに驚いた。

  朝日新聞東京版に「すずめのお宿」という連載記事があった。昭和60年5月10日の記事は、三浦はるみさんと同じ山形県出身で、捜査第一課長担当記者の奥山拓郎記者が書いたものである。                                
 見出しには、「居酒屋の女主人 はるみはまだ現役 素人っぽさで人気」とある。
本章のまとめとして引用しておこう。

 京王線笹塚駅から北へ10分ぐらい歩いた小路に、その居酒屋があった。のれんは「山形屋」。10人ほどの客がかけると満員になるカウンターで、勤め帰りのサラリーマンや銭湯帰りの主婦、学生、ゴルフバッグを足元に置いた会社役員風が気炎をあげる。
「おばちゃん、酒」「ママちゃん、タケノコとニシンを煮たの」と、カウンターの奥の主に声をかける。常連は間違っても、[おばあちゃん」とは言わない。酔って目を滑らせても、返事がないことを知っているからだ。
 一人で切り盛りしている女主人は、三浦はるみさんといい、都の調理師免許証を盗み見したところによると、明治44年3月生まれ、74歳になる。だが、気持ちは若い。「はるみちゃん」などといって入ってくる息子ほどの酔客もあるが、ニコニコして迎える。

 三浦さんが、ここに開店したのは昭和22年10月、36歳の時だった。屋号にもあるように山形県酒田市の出身。富農の三女として生まれ、21歳で上京した。嫁いでいた姉二人を頼って来た。姉の出産の際に見た羽織はかま姿の助産婦の威風にあこがれ、助産婦学校に通い、資格もとった。
 病院勤めをしていて患者の会社員と出会い、結婚した。そして離婚。子はなかった。慰謝料を山ほどとってもおかしくない相手の背信が原因だったが、それもなく別れた。義兄が心配してくれ、求めてあった土地に、店を建ててくれた。

 商売には全くの素人だった。不安で近くの神社にお参りにも行った。その帰りに、バラック建てのコロッケ店を見つけた。同年代の女性が、懸命にコロッケを揚げていた。「奥さん、やる気になったら何でもできるよ」と励まされた。三浦さんが「恩人」と恩う一人である。はじめはオデン屋たった。残ると近所の人が、引き取ってくれた。そのうち、そばにかかっていた芝居小屋から大勢の役者やファンが食べに来てくれた。

 その後は、やはり近くの精密機械関係の会社や工場の人たち、代々木警察署の幹部や署員が来てくれるようになった。自身は、酒は飲まない。「飲み屋の女主人」に違いはないが、40年近くやってきても、「やはり自分は素人」と思っている。二階の座敷で宴会も引き受ける。この時だけは、手伝いの人を頼む。それ以外は、すべて一人。
 「お客さんが親切にしてくれるし、楽しい。さびしいと思うヒマがないんですよ」。山形なまりがわずかに残る口調で言って笑った。「この仕事は、自分に天が与えてくれたもの。死ぬまでやるつもり」。最近、グループで来店する客だちから、「安く歓待してくれた」と、感謝状をもらった。三浦さんの宝物の一つである。
  1985年5月10日朝日新聞東京版

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2010年2月12日 (金曜日)

笹塚の居酒屋「山形屋」のこと

■渋谷区笹塚三丁目にあった居酒屋「山形屋」を常連とした客は多い。
 女将・三浦春美さんの命日は平成8年1月26日だ。
 三浦さんは八幡町市条(現・酒田市)出身だった。
 以下は山形県河北町出身・田宮榮一著「特捜本部事件簿」から引用する。
                 --以下引用--
 朝日新聞東京版に「すずめのお宿」という連載記事があった。昭和60年5月10日の記事は、三浦はるみさんと同じ山形県出身で、捜査第一課長担当記者の奥山拓郎記者が書いたものである。                                
 見出しには、「居酒屋の女主人 はるみはまだ現役 素人っぽさで人気」とある。
本章のまとめとして引用しておこう。

 京王線笹塚駅から北へ10分ぐらい歩いた小路に、その居酒屋があった。のれんは「山形屋」。10人ほどの客がかけると満員になるカウンターで、勤め帰りのサラリーマンや銭湯帰りの主婦、学生、ゴルフバッグを足元に置いた会社役員風が気炎をあげる。
「おばちゃん、酒」「ママちゃん、タケノコとニシンを煮たの」と、カウンターの奥の主に声をかける。常連は間違っても、[おばあちゃん」とは言わない。酔って目を滑らせても、返事がないことを知っているからだ。
 一人で切り盛りしている女主人は、三浦はるみさんといい、都の調理師免許証を盗み見したところによると、明治44年3月生まれ、74歳になる。だが、気持ちは若い。「はるみちゃん」などといって入ってくる息子ほどの酔客もあるが、ニコニコして迎える。

 三浦さんが、ここに開店したのは昭和22年10月、36歳の時だった。屋号にもあるように山形県酒田市の出身。富農の三女として生まれ、21歳で上京した。嫁いでいた姉二人を頼って来た。姉の出産の際に見た羽織はかま姿の助産婦の威風にあこがれ、助産婦学校に通い、資格もとった。
 病院勤めをしていて患者の会社員と出会い、結婚した。そして離婚。子はなかった。慰謝料を山ほどとってもおかしくない相手の背信が原因だったが、それもなく別れた。義兄が心配してくれ、求めてあった土地に、店を建ててくれた。

 商売には全くの素人だった。不安で近くの神社にお参りにも行った。その帰りに、バラック建てのコロッケ店を見つけた。同年代の女性が、懸命にコロッケを揚げていた。「奥さん、やる気になったら何でもできるよ」と励まされた。三浦さんが「恩人」と恩う一人である。はじめはオデン屋たった。残ると近所の人が、引き取ってくれた。そのうち、そばにかかっていた芝居小屋から大勢の役者やファンが食べに来てくれた。

 その後は、やはり近くの精密機械関係の会社や工場の人たち、代々木警察署の幹部や署員が来てくれるようになった。自身は、酒は飲まない。「飲み屋の女主人」に違いはないが、40年近くやってきても、「やはり自分は素人」と思っている。二階の座敷で宴会も引き受ける。この時だけは、手伝いの人を頼む。それ以外は、すべて一人。
 「お客さんが親切にしてくれるし、楽しい。さびしいと思うヒマがないんですよ」。山形なまりがわずかに残る口調で言って笑った。「この仕事は、自分に天が与えてくれたもの。死ぬまでやるつもり」。最近、グループで来店する客だちから、「安く歓待してくれた」と、感謝状をもらった。三浦さんの宝物の一つである。
        1985年5月10日朝日新聞東京版

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2010年2月11日 (木曜日)

懐かしい山形県人経営の店

 昨日、「都内で山形の味を楽しめる店」と出して掲載していたら、独身時代の二十歳代に通った山形県人(八幡町市条出身、現酒田市)が経営していた店を思い出した。
    
 京王線の笹塚駅北側、笹塚10号通り商店街を抜けた渋谷区笹塚三丁目に「山形屋」という小料理屋があった。この近くに、昭和53年から56年春まで住んでいたPhoto_4ので、約3年週二回は通った店だ。
 経営者は、飽海郡八幡町市条(現酒田市)出身の当時75歳位の庄内弁が抜けない三浦春美さんが経営していた。
 知り合った切っ掛けが面白かった。
 店の前を通りがかると、着物姿の三浦さんが店の前を掃除していたので、「店の名からして山形出身ですか」と声を掛けると、「んだ」と、いきなり庄内弁が返ってきた。
  「私もそうだ」と答えると開店前の誰もいない店に「まず、ながさはれ」と引き込まれ、すぐに意気投合した。
 以来、まるで孫か息子のように可愛がってくれた。

 この店には、両親が上京した際に案内したところ、庄内弁がそのまま通じたのか、「ほかの綺麗な店より、一番ゆっくりできる」と喜んでいた。
 三浦さんは両親との会話から気を許したのか身の上話におよび、八幡町の町医者の娘で、姪が板橋区選出の都議会議員に嫁いでいること、親戚筋には有名な女優がいることなどをはじめて語った。
 その後度々、一緒に山形に連れて行って欲しいと頼まれていたのに、ついに実現させることが出来なかった。
 
 結婚直前には、間もなく結婚するからと妻を連れて挨拶に行ったが、その後、住まいも距離が出来ると縁遠くなってしまい、年に数回訪ねる程度になった。
 昭和60年頃、三浦さんのことが、朝日新聞に「はるみは まだ現役」と題して三段抜きで紹介されたことがあった。
http://z-shibuya.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-bf7b.html
 記事にされたことには裏話がある。Img_70
 この店の近くには、今、テレビのコメンテーターとして活躍している山形県河北町出身の田宮榮一さんが住んでいて、この店を新聞記者達との待ち合わせ場所として利用していたのだ。
 もちろん、田宮さんも三浦さんも同県人として、以前から知り合い同士で気心知れた仲だった。
 朝日新聞の記者が記事にした内容は、記者自身も時間をつぶしながら、三浦さんが独身を貫きながら店を守って来たことなどを聞き出したものだった。と新聞掲載後に三浦さんは話していた。

 三浦さんも高齢になると、さすがに一人暮らしでいることを不安がっていたが、平成8年に亡くなったことを知ったのは、私が紹介した後に常連になった近所に住む人からの連絡だった。
 残念ながら葬儀には間に合わなかった。
 数年前、近くを通りがかったところ、店があった場所は全く別景色になっていた。
 店があった前に立ち止まって、そっと頭を垂れ、あんなにお世話になったのに墓参りもしないでいることを侘びた。
 田宮さんは、その後「警視庁捜査一課長・特捜本部事件簿」という著書を出版し、山形屋での様々な交流を12ページにわたり記述している。
 私にとっても、田宮さんにとっても、この店がふるさとと出会う場所だった。

田宮さんも、著書「警視庁捜査一課長 特捜本部事件簿」で
「山形屋」のことを紹介している。
http://yamagata-np.jp/news/200902/18/kj_2009021800312.php

 山形新聞ニュースから
 官舎近くにある行きつけの居酒屋「山形屋」の記述には12ページを割いた517iaqyzjkl。「手作りの白菜の漬物、おでん、カレイの煮付けぐらいの料理しかない」店で「時代劇にでも出てくるような佇(たたず)まい」。この店を1人で切り盛りする酒田市出身の女将・三浦はるみさんをはじめ、店でのさまざまな人との交流を、ぬくもりあるタッチで表現した。
 渋谷区笹塚の商店街のはずれにあった「山形屋」が、著者にとっての古里だったのかもしれない。
 田宮さんは、山形放送放映のNNNニュースリアルタイムのコメンテーターとして活躍している。

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2010年2月10日 (水曜日)

都内で山形の味を楽しめる店

 時には、郷里・山形県の味を東京都内で味わいたいと思うときがある。
 山・海の恵み、そして野や川の恵み、全ての食材が一級品を産出する地域であり、これを売りにしている店は、まず口に合うと思っている。ただ、料金が結構高めの店が多いのでご予算に合わせた店選びも大切だ。例えば、昼食に一人1千円以上出すと高く感じる方にはお奨め出来ない店が多い。
 分かりやすく言えば、飲食料金がけっこう高い店が多い。

 我が家では酒田出身の専属調理師(妻)がつくる田舎料理を、郷里の地酒で味わうときが至福の時と思っているので、そんなに利用することはない。よって、下記一覧の中でも利用した店は数軒だけだ。

 注意が必要なのは、
 山形料理や食材を売りにしている店が必ずしも山形県人経営でない。
 逆に山形県人経営の店でも、山形料理や地酒を出しているとは限らない。
 ご自分の目と舌で確認して欲しい。
 店の様子は、ほとんどの店をネットで調べることができる。
 また、この一覧はネットからの検索なので、他に良心的で知られていない店もたくさんあるものと思う。
 これらは参考にして、東京出張の折りにでも利用されたらどうだろうか。
 クーポン券情報は、期間限定のものがあるのでご確認を。
 
■「アル・ケッチャーノ」 おいしい山形プラザ
 http://www.alchecciano.com/al-checciano.html
 中央区銀座一丁目5-10 ギンザファーストファイブビル」2階
 http://oishii-yamagata.jp/02sandandelo/
 山形県鶴岡市下山添一里塚83 tel.0235-78-7230
  ※店名は方言「あっけっちゃの」から付けたのだろうか?。
YAMAGATA  San-Dan-Delo (ヤマガタ・サンダンデロ)
  http://oishii-yamagata.jp/02sandandelo/
  中央区銀座1-5-10 ギンザファーストファイブビル 2FTEL 03-5250-1755
  「ヤマガタ・サンダンデロ」は庄内弁で「山形産なんでしょう」の意 
■「ぶた家」(カフェ&ダイニング)http://r.gnavi.co.jp/p968300/
  渋谷区恵比寿西1-4-11 恵比寿吉川ビル1F 03-3780-8669 恵比寿駅徒歩3分
  港区南青山7丁目13番5号 株式会社ぶた家  ぶた家の豚は鳥海山麓育ち
   ※クーポン券あり
■「フクモリ」http://fuku-mori.jp/
  カフェ兼定食屋。殆ど山形からの食材をつかった料理
   http://fuku-mori.jp/?page_id=648
  千代田区東神田1-2-10 泰岳ビル1F  03-5829-9987
郷土料理「おば古」 
  中央区銀座1‐4‐10  電話 03-3561-6466
   http://gourmet.livedoor.com/restaurant/310462/
・ランチメニュー:1500円~庄内の郷土料理が中心。評判よし

赤坂「阿部」湯野浜温泉の旅館「亀や」支店、食の都・庄内の伝統を守る店
 http://www.kameya-net.com/akasaka-abe/index.asp
 昼食は1,365円(三元豚の肉団子、山形産はえぬき、味噌汁、香の物)
 港区赤坂2-22-11メイプルアーベント赤坂1階   電話 :03-3568-235 0
山塞http://restaurant.gourmet.yahoo.co.jp/0006713934/
 千代田区平河町1−3−4 月やま会館1F 電話 0066-4594
■「魚と旬の料理 まる」TEL 03-3589-0312-4594 
 港区赤坂4-2-5ヤブタビルB1 山形県出身の主人と女将の店。
http://r.gnavi.co.jp/g898900/ ※クーポン券あり 
 山形県出身の方は是非来てけらしゃい。と山形出身の主人
■「串処 最上 赤坂店」一ツ木通り沿いhttp://www.kushi-mogami.co.jp/
 港区赤坂3-16-7 赤坂KTビル1F 03-3588-6262
  女将沼沢和子さんは「食・酒」関係にとっても造詣の深い文筆家・佐藤隆介が「山形美人の店」と讃えた。女将は山形県政アドバイザーでもある。
■「串処 最上」銀座店TEL 03-6251-9436
 中央区銀座7-6-9 銀座誠和ビル1F
新宿「樽平」
  http://r.tabelog.com/tokyo/A1304/A130401/13021484/
 新宿区新宿3丁目23−5 新東ビル℡03-3354-7382‎
  現樽平酒造社長の従兄弟「井上さん」が店長
 東置賜郡川西町大字中小松2886℡0238-42-3101
 樽平酒造http://www.taruhei.co.jp/
新宿「樽平」 他に「池袋」「神田」店がある。
  中央区銀座8-7-9  電話 03-3571--4310
   http://gourmet.livedoor.com/restaurant/314017/
■「荻窪いちべえhttp://www.ichibe.com/
 杉並区上荻1-13-3 第一小河原ビル3F TEL03-3220-2952
 遊佐町高橋酒造店の「東北泉」が置いてある。高橋千賀社長自ら来店。
特選韓国料理「てじまぅるhttp://r.gnavi.co.jp/a359600/
   新宿区大久保1-16-5    03-5291-3783 ※クーポン券あり 
 JR新大久保駅 徒歩5分 西武新宿線西武新宿駅 徒歩5分    http://www.tejimaul.com/o/okubo.html
  ※平牧豚と山形県庄内直送の有機野菜で作った韓国創作料理
■「かぐら(焼肉、ホルモン)」電話 0066-9675-4188
 http://r.gnavi.co.jp/b823900/ クーポン券あり 
 国分寺市本町3-5-5ワタナベビル1F
 ※国分寺駅北口徒歩3分、庄内産豚もつを安心価格で提供
■「ラ・グラディスカ」イタリア料理 電話:03-5918-7055 
 港区西麻布3-3-23 フィルドア西麻布B1遊佐の岩牡蠣に地酒は遊佐来http://lagradisca.co.jp/concept.html
■「豚や」うどん店
 杉並区上荻4-19-23  TEL 03-6762-7665  荻窪警察署前
   うどん屋なのに遊佐町の「東北泉」が置いてある
■「わらう月」 0422-21-7313 
 武蔵野市吉祥寺本町1丁目2−8レモンビル地下1F※クーポン券あり 
    酒田の「上喜元」が飲める    http://r.gnavi.co.jp/g116825/ 
■「そば処 出羽香庵
 千代田区霞が関3-3-2新霞が関ビル1階(灘尾ホール)03-3504-8715
■「やきとり 川上」電話 0424 (82) 5040 
 調布市布田5丁目1−1 ひな鳥のやわらかさ絶品 調布駅南口徒歩3分
http://www.kappore.co.jp/sakabayashi/kawakm.html
■「そば処 美良
 港区新橋5丁目16−8 03-3431-0718‎  山形の山の幸のおつまみを
■「平田牧場直営店」銀座松屋店
 中央区銀座3-6-1 松屋銀座店地下1階TEL.03-3567-1211
■「銀座平田牧場」
 中央区銀座6-7-6 銀座細野ビル 1階 TEL.03-6228-5829
■「平田牧場 東京ミッドタウン店(物販併設)」
 港区赤坂9丁目7番3号東京ミッドタウン・ウエストEB108 TEL.03-5647-8329
■「とんかつと豚肉料理平田牧場」COREDO日本橋店
 中央区日本橋1-4-1 COREDO日本橋4階 TEL.03-6214-3129
■「とんかつと豚肉料理平田牧場」玉川髙島屋
 世田谷区玉川3-17-1 玉川高島屋S・C本館6階TEL.03-3700-1729
■「四季旬彩・豚肉料理 平田牧場 匠」
 港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウンガーデンテラス3FTEL.03-6804-3729
■「炭火焼肉三元豚 三元豚聖蹟桜ケ丘店」
 多摩市関戸1丁目11-1ショッピングセンターA館2階TEL.042-337-2941
■「月やま会館」
 千代田区平河町1丁目3-4 麹町駅(有楽町線) 近く電話 03-3265-2491
■「山形県東京事務所」
 千代田区平河町2丁目6−3都道府県会館 03-5212-9026
■「洋食フリッツ」
 千代田区永田町2-13-10 プルデンシャルタワー1F TEL: 03-3500-3755
■「五韓満足」田町店
 港区芝5-16-9ビル1F 山形牛を一頭買い!
■「五韓満足」
 八重洲一丁目店 中央区八重洲1-3-7 ビルB1  山形牛を一頭買い
■「もつ屋良蔵商店」
 港区西新橋1-22-6ビル2F Wチーズ雑炊と特製レタス鍋
■「はれるや」
 港区麻布台2-2-12ビルB1 米沢・山形牛や国産黒毛仔牛
■「旬味 井筒」
 港区六本木4-12-2 ビル1F 山形庄内の郷土料理 平牧三元豚  
■「牛兵衛 草庵」シブヤ西武店
 渋谷区宇田川町21-1西武渋谷A館8F 牛トロにぎり
■「天空の月」
 渋谷区円山町5-18 道玄坂スクウェア3F 少人数個室 山形産だだ茶豆
■「韓の台所」
 渋谷公園通り店 渋谷区神南1-20-5 NAVI Shibuya6F 特選山形牛
■「名代とんかつ かつくら」
 渋谷区千駄ヶ谷5-24-2 タカシマヤタイムズスクエア14階平田牧場の豚
■「韓の台所」道玄坂店
 渋谷区道玄坂2-29-8道玄坂センタービル4F山形牛一頭買い!
■「樽平」
 新宿区新宿3-23-5新東ビル2階 田舎作りの店内で山形郷土料理
■「遊牧 菜家」新丸ビル店
  千代田区丸の内1-5-1 新丸の内ビルディング5F 最高級の極上和牛を
■「膳段 互談や」新宿店
  新宿区西新宿1-7-2 スバルビルB2本格焼酎と山形産三元豚
■「しゃぶ泉」
 神田店 千代田区内神田2-8-4 ホテルユニゾ神田1F山形和牛食べ放題!
■「日比谷 蟹工船」
 千代田区有楽町1‐5‐2 東宝ツインタワービル9F 特選山形牛
■「土古里」焼き肉上野バンブーガーデン店
  台東区上野公園1-52 3F山形牛一頭買い
■「土古里」焼き肉浅草店
 台東区浅草1-23-6浅草関根ビル2F 山形牛一頭買い
■「土古里」焼き肉
 大井町店 品川区東大井5-2-7 磯部ビル1F 山形牛一頭買い塩
■「バール エ リストランテ タブリエ」
 中央区銀座3-4-5 銀三ビルB1F 絶品山形和牛
■「牛兵衛」 池袋東口店
 豊島区東池袋1-7-3 B1~3F 個室で焼肉 最高峰 山形牛
■「蕎麦居酒屋 ゆさや」
 豊島区南大塚2-41-5 陽明ビル2F 山形そばに合う日本酒
■「炭火焼肉 すずまさ屋」
 北区赤羽1-25-3  A5ランク山形牛
■(有)庄内おばこ 飲食店 川崎市高津区久地1丁目2−38044-833-7309

Photo_5

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