カテゴリー「04  気になった事件・事故」の137件の記事

2018年6月10日 (日曜日)

児童虐待は家族制度の崩壊が遠因

 連合国軍総司令部(GHQ)のトップであるマッカーサーは、占領政策の基本を
(1)皇族・皇室の縮小と華族制度の廃00002689
(2)戦争の放棄と戦力の不保持
(3)封建制度の廃止
 
の三原則を指示し、日本はこれらを見事に守って徹底的に弱体化しています。まず、(1)によって皇室存続の危機にあり、また(2)によって防衛の危機に陥り、そして(3)によって日本人の精神的支柱だった「家」制度がことごとく破壊されています。
 さて、目黒区で児童虐待で死亡した船戸結愛ちゃん(5)の父親の船戸雄大容疑者と母親の優里容疑者は保護責任者遺棄致死の疑いで逮捕されたことを「何とかならなかったのか」などと児童相談所などの行政機関に責任を向ける意見が多数聞かれます。しかし、この事件の発生も根源を辿れば、戦後の「家族制度の破壊」によって血縁・地縁社会が崩壊し、核家族化したことに遠因していると思います。0000pc
 何も児童虐待だけではありません。
 介護問題、児童保育、DV(夫婦間暴力)、引きこもり、いじめ問題等々の深刻な問題の発端は、戦後の憲法や民法にあるはずです。今頃「戦後レジームからの脱却」を叫んでも、取り返すことが出来ない絶望的状況です。この涙無くして読めない、こんな叫びを書かせたのは戦後の日本と思います。
もうパパとママにいわれなくてもしっかりとじぶんからきょうよりもっともっとあしたはできるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします

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2018年5月20日 (日曜日)

スポーツは厳しいルールがあって成立

 警察官が走って逃げる犯人を後ろから追いかけて捕まえる「追いかけワザ」の一つImage2に「前倒し」があると聞きました。この技は、名称の通り、逃げる相手に追いついたら、背中を突き飛ばして前のめりに倒すので、怪我をさせる虞も伴うので危険と聞いています。また、上野動物園では、パンダの「シャンシャン」が母親のシンシンの背後から飛びついて「膝カックン」状態になった様子も面白く伝えられましたが、これほど体力差があってもバランスを崩すのは、無警戒のところを背後から攻撃されたのでは、弱いことが証明されています。しかし、このような危険なワザをスポーツの試合で乱発していたら問題になるのは当然です。
 5月6日(日)に都内で行われた「日本大学と関西学院大学によるアメリカンフットボールの試合中に、ボールを投げ終わった約2秒後に無防備な状態でいるところに、背後から強烈なタックル攻撃を仕掛け、全治3週間の怪我をさせていました。関係者は、「あのプレーは内田監督の指示があってのものと証言し、このような証拠映像も残っていますから日大側は厳しい状況です。
 そして騒動後、ようやく沈黙を破って、5月19日、日大の内田正人監督が公の場で初めて口を開き、辞任を表明しています。監督は、「この問題に対しての弁明はいたしません。すべて私の問題でございます。誠に申し訳ございませんでした。」と男らしく頭を下げています。きっと、これで騒動は沈静化するでしょうが、早め早めの対応が大切と気付いたはずであり、スポーツは厳しいルールがあって成立していることを改めて自戒すべきと思います。

アメフト反則タックル問題 日大の内田前監督らが会見(2018年5月23日) https://youtu.be/Fn2lgjqusks

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2018年5月 2日 (水曜日)

捜索に聖域をつくっては探せない!

 関係者は、きっと「玄関に施錠していたから」、「屋根裏にはいないと思っImage5た」、「島からは泳いで渡れないはず」・・・・などと思ったはずです。この容疑者は車上荒らし、金庫破りなど120件以上の窃盗を繰り返していた犯罪常習者ですから、善良な一般人の「常識は通じない」、「聖域はない」と思って捜索すべきだったと思います。
 先月4月8日、今治市の松山刑務所から脱走した平尾龍磨容疑者(27)の逃亡劇は、日本中のマスコミや国民が注目していましたが、脱走から23日目の4月30日に広島市南区でようやく確保されました。逃亡中、容疑者が長く潜伏していたのは、尾道市向島向東町の岩屋山南の別荘の屋根裏だったとされ、警察はなぜ探すことが出来なかったのかと検証或いは批判されています。
 これから思い出したのが、沖縄県で発生した「ひめゆりの塔事件」と長岡藩牧野家の旗印C0002866五間梯子」の謂れでした。「ひめゆりの塔事件」は、皇太子および同妃殿下(当時)が1975年7月17日に沖縄のひめゆりの塔を参拝された際、数日前から壕の中に潜んでいた過激派2人に火炎瓶を投げつけられた危機一髪の事件でした。事件前に洞窟の捜索を主張した警備陣に、当時の県知事は「『聖域』に土足で入るのは県民感情を逆なでする」と反対していたことが明るみになっていました。また、長岡藩の旗印「五間梯子」の話しは 戦国時代、敵に追われていた牧野家の殿様は、領民の家の納屋に匿ってもらいましたが、領民は機転を利かせ、まるで何事も無かったかのように梯子を納屋の扉に立てかけておくと、敵の追手はこれを見て誰もいないのだろうと騙され、殿様は無事逃れきったことに感謝しての旗印とされます。
 これらの話しは、捜索する側と犯罪を犯す側と立場を異にしていますが、いずれも「まさかと思った」こと、勝手に「聖域を作っていた」ことが共通していると思います。

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2017年6月 8日 (木曜日)

中核派・大坂正明容疑者のこと

 2017年5月18日、大阪府警が広島県内の中核派アジトを捜索した際、白髪で眼鏡をかけ、長袖シャツにズボン姿の男(大坂正明容疑者)が捜査員に体当たりして逃げようとしたために公務執行妨害容疑で逮捕された。厚い下唇などの特徴が大坂と似ている上、警察当局によって大坂正明容疑者の母親や姉、父方の親族の男性とDNA型を照合したところ、血縁関係があると思われるとして、6月7日、大阪府警と警視庁は男性を大坂正明本人と特定し、殺人など5つの容疑で再逮捕され、同日、警視庁に移送されました。
 なお、大坂正明容疑者の経歴は、北海道帯広市出身で、帯広第三中~帯広柏葉高校~千葉工業大学と進んでいます。移送当時゜の服装は、HEAD(ヘッド)のジャージ上下を着用しているようだが、果たして、創始者ハワードヘッドは喜んでいるのか、迷惑しているのか。
渋谷暴動事件 - Wikipedia
【動画あり】渋谷暴動事件、大坂正明容疑者を逮捕 警視庁、事件から46
■大坂正明容疑者の今の風貌と46年前の手配写真Image
殺害された中村警部補の最期の様子
 襟元からガソリンを身体一杯にかけられ、火を付けられた。

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■中村警部補の慰霊碑Kamiyama1110

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2017年5月24日 (水曜日)

逮捕は「四十七回忌」の年でした

 昭和46(1971)年11月14日の渋谷暴動事件で、新潟県警から都内に警備派遣さW19710617_miyashita_02れていた中村恒雄巡査を殺害した容疑で指名手配していた、中核派の活動家、大坂正明容疑者(67)とみられる人物が広島市内で公務執行妨害容疑により、大阪府警に逮捕されていたことがわかりました。
 中村恒雄巡査(殉職後・警部補)は、新潟県佐渡郡相川町(現佐渡市)出身で、相川町職員の三男に生まれ、相川高校を卒業後'69年に警察学校入学。70年3月新潟中央署外勤課配属。1971年3月に同署警ら隊に編入され、渋谷で殉職するまでの間に、都内や成田などの警備に3~4回出動していました。000dacuns8xyaafelq
 1971年11月14日は、東京都内の沖縄返還協定批准阻止闘争警備のため、関東管区機動隊・川島大隊・富沢小隊の一員として、渋谷区神山町に配置され渋谷地区の暴動に備えていたのでした。容疑者の逮捕は、あの忌まわしい事件から「四十七回忌」の年だったことも何かの巡り合わせでしょう。 殉職の場所である、東京都渋谷区神山町11-10には、中村警部補の小さな慰霊碑があります。
渋谷暴動殺人指名手配犯・大坂正明: 多摩湖畔日誌
渋谷暴動殺人犯の中核派・大坂正明: 多摩湖畔日誌
■広島県広島市安佐南区東原1-9-52-5

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2016年11月23日 (水曜日)

渋谷暴動殺人犯の中核派・大坂正明

 この事件は、当時、小生と同じ世代の若者同士が立場の違いから殺害され85e92b7d9aa6d999737b35a9760ec9e9るという、忘れら難い事件であるとともに、45年間も逃亡を続ける容疑者の意地と、逃亡を公然と組織が助ける、或いは助けることが出来る日本の現状に注目しています。
 「渋谷暴動事件 」とは、1971年(昭和46)年11月14日、極左・中核派などが渋谷区で機動隊員を襲撃し、この警備に従事中の関東管区機動隊・新潟中央小隊員の中村恒雄巡査(当時21歳)が殺害されました。当ブログでも2013年2月に「渋谷暴動殺人指名手配犯・大坂正明」と題して配信しておりますが、左の「人気記事ランキング」のとおり注目度が高いページです。
 きっと関係者も閲覧しているはずです。
 この事件で、大坂正明容疑者(67)は45年間も指名手配され続けていますが、警察による捜査は後手後手の印象です。数年前、立川市砂川町のマンション一室の中核派非公然アジトに潜んでいた痕跡があったとの報道がありましたが、今春には、北区西が丘1-20の賃貸マンションの中核派非公然組織「革命軍」アジトに021tnakamura12007年~2008年夏ごろまで潜伏していた形跡があったと報じられていました。以前も、京浜東北線沿線の川口や大宮あたりに潜伏情報があるとのことで、「都心にも埼京線や京浜東北線或いは八高線あたりを利用して普通に出入りしているはずだ」と推測しましたが、ほぼ的中しています。
 また、自転車を乗り回していたとの情報もありますから、年齢の割にはフットワークが軽い初老の男のイメージです。そして、間違いないことは、今も、中核派組織の全面支援を受けて逃走していることです。なお先日、警察庁は「捜査特別報奨金」の対象に指定し、大坂容疑者の逮捕につながる情報に最高で300万円を支払うことを決めたそうですから、協力を得て早く捕まえて楽にしてあげたいものです。
 45年間も逃げ回り、疲れ果てているはずです。
 自首して持病の治療に専念してはと思います。
氏名:大坂正明 Image6_2
生年月日:1949年9月29日
出身地:北海道
身長:178cm位
体格:やせ型
頭髪:ややウェーブ
特徴:面長・色白・やや猫背・右目下に1~2針縫った跡・左目下に小豆大の傷跡・近視
 大坂正明の現在の様子をプロファイリングしていますが変えないことにします。
 顔立ちは年齢相応に変貌しているが、濃い顔立ちの印象は残し、床屋には行かず自分でカットし白髪交じりの長髪。年齢の割りには長身で痩せ型のスタイルを維持。
 日常生活は組織の支援を受けつつ女性と同棲している可能性が高い。
 組織内では、影の指導者層の一人として、組織の活動分析、活動方針などの企画を担当し、最近では、護憲運動や原発反対、米軍基地反対などに力を入れているはず。
■産経ニュース 2016.1.23 09:45更新
   http://www.sankei.com/affairs/news/160123/afr1601230017-n1.html

71年「渋谷暴動事件」 逃亡犯情報に最大300万円(16/11/01)
  https://youtu.be/8FP8sS-lLa4

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2016年6月 4日 (土曜日)

大和君の捜索方法に反省が必要

 北海道七飯町東大沼の山林で行方不明になった田野岡大和くん000000021_2が六日ぶりに無事に発見されたからと言って、関係者はぬか喜びしていませんか。捜索は、行動可能範囲を予測して捜索エリアを設定したはずですが、なぜ駒ヶ岳演習場内まで「捜索しなかったのか」、或いは「出来なかったのか」と悔やんでいるはずです。
 捜索に当っては、責任者は「捜索に聖域を設けるな」、「先入観を捨てて捜索に当れ」などと尤もな指示をしたはずです。しかし、大和くんは大人が予測した行動範囲を裏切って、陸上自衛隊駒ヶ岳演習場に潜伏して避難していたのでした。000002524_1
  今、二つの事件を思い出しています。
  1975年(昭和50年)7月17日、沖縄のひめゆりの塔を訪れ慰霊の献花をした皇太子夫妻(当時)にガマ(洞窟)に潜んでいた極左二人が火炎瓶を投てきした事件がありました。当時、警察庁から警備責任者として派遣されていた佐々淳行警備局警備課長は、皇太子および同妃の訪問に先立ち地下壕内の安全確認を主張したものの、沖縄県知事、沖縄県警察の担当者らに「『聖域』に土足で入るのは県民感情を逆なでする」と反対されていたことを証言しています。000tou
  また、成田国際空港の開港直前の3月25日夜、開港阻止を叫ぶ過激派は排水溝から空港内への突入を計画し、前日から排水溝に潜入した15人は、翌26日午後1時を期して地上に突入するべく排水溝内で夜を過ごし、空港の心臓部・管制塔を占拠し計器類を鉄パイプなどで破壊しています。これは「団結小屋」に警備の主力を置いていたことから、過激派の陽動作戦に引っ掛かって空港の管制塔を破壊されたもので、まさか、環境が悪い排水溝に前日から潜んでいることを誰も予測していなかったとされます
 今回の行方不明者捜索と警備時の捜索を混同するなと言われそうですが、「捜索に聖域を設けるな」、「固定観念を捨てよ」は共通しているはずです。先般の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)が成功裏に終わったのも、関係者は「聖域を設けるな」、「固定観念を捨てよ」の姿勢が末端まで浸透し全員が愚直に実行した結果でしょう。
 そして、大和くんを捜索隊が発見できなかったのは、自衛隊施設だった、行政区域外だった、子供だからなどの「聖域」や「固定観念」から抜け出すことが出来なかったからではないでしょうか。事実、関係者は「自衛隊の敷地内に入るのは連絡や調整も必要で、捜そうということにはならなかった」と想定外だったことを語っているそうです。まず今回は、演習場の管理が悪かったなど幾つもの偶然が重なりギリギリの状況で発見され良かったと思っていますし、発見時に「おにぎりを頬張ってるたくましい姿」から元気をもらった人も多いはずです。
0000000jo1https://www.google.co.jp/maps/place/%E9%99%B8%E4%B8%8A%E8%87%AA%E8%A1%9B%E9%9A%8A%E9%A7%92%E3%83%B6%E5%B2%B3%E6%BC%94%E7%BF%92%E5%A0%B4/@42.0728614,140.7627138,319m/data=!3m1!1e3!4m5!3m4!1s0x5f9fb2a05188e0a9:0xbcec2c134b4c96a6!8m2!3d42.0736951!4d140.7313033?hl=ja

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2016年3月19日 (土曜日)

病室にカメラを向ける必要があるのか

 人間には、他人のプライバシーを覗き見したいという心理があるそうです。000000s
 そして、週刊誌やスポーツ紙に限らずテレビ番組なども、国民の「覗き見趣味」を満足させる手段として商売が成立していると見られています。よって、このような取材に当たる記者やカメラマンなどは、覗きの片棒を担いだ下劣な行為のはずです。
 「報道の自由」は憲法で保証された権利で、社会の公器である報道のためには多少の免脱行為は許される。また、芸能人や著名人の事件・事故の関係者は社会の注目を大きく集める「公人」であって、真実を明らかにする以上、「公人」のプライバシーは制限されてもよいという、乱暴で滅茶苦茶な意見がまかり通っています。その結果、記者やカメラマンは、関係者の自宅に土足で入り込んだり、隣家に住居侵入、被害者感情を全く配慮せずカメラやマイクを向けたり、尾行、ストーカー、でっち上げ、やらせ、捏造など枚挙に暇がないことは知れ渡っています。
  さて、今日も朝から「清原被告1日5万円超個室で厳戒治療」などが話題です。
  入院先はすでに、千葉県松戸市にある千葉西総合病院の7階個室であることも暴かれています。そして、18日午後1時40分ごろには病室の窓からカーテンを少しだけ開き、外のマスコミの様子をうかがう清原被告を日本テレビがキャッチ。2月4日に送000139273212512344505227検された際に撮影されて以来、43日ぶりの姿を撮影したと自慢げです。
 果たして、ここまで必要なのでしょうか。
  確かに、清原和博被告は有名人ですが、実際は約0・203gという極めて微量の覚せい剤を押収され「覚せい剤取締法違反罪(所持、使用)」で起訴された身です。しかし、同程度の違反者はごまんといる中の一人であることに気付くべきです。本当に清原和博被告に更生することを期待するなら、そろそろ一斉糾弾の矛を収めて、そっと見守ることが大切なはずです。マスコミの取材や報道で煽ることが収まれば、国民の話題も自然と静かになるのです。マスコミは口では「更生を期待する」などと言いながら、片方では卑怯な取材や報道を平気でやるところなのか・・・・・・
  そして、警察白書によると日本の覚醒剤使用者は推定250万人以上(人口の約2%)といわれていること。押収した覚醒剤の量は年間約800キログラムもあること。この押収量は出回る総量のせいぜい1割以下と言われ、8トン以上の覚せい剤を日本国民が消費していることを心配すべきです。000h44101

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2016年2月10日 (水曜日)

覚醒剤に甘い芸能界の体質の中で

 覚醒剤に甘い芸能界の体質の中でも、厳しい意見に目が留まりました。Sugimura_image3
 清原和博容疑者は、週1回のペースで覚醒剤を購入していたことから、専門家は「毎日、覚醒剤を打っていたと考えられる」と分析、薬物中毒は相当深刻なレベルまで進んでいると見られています。
 このように、巨人軍選手当時から、暴力団とズブズブの関係を長く続け、社会的に許されない犯罪に手を染めていた清原容疑者に随分と甘い対応や意見がマスコミに見られます。
  2月7日放送の「サンデー・ジャポン」でも復帰後の話題まで語る人がいました。
杉村太蔵氏が、
 『今の段階で清原容疑者に対して更生の話は完全に時期尚早です!』、
 『何故、プロ野球機構が”永久追放”だって言わないかってね。普通の企業なら一発解雇で”もう二度と会社の前に来るな”ですよ』、『年がら年中逮捕者を出すような”芸能界”は非常に甘い』と語って、テリー伊藤や爆笑問題の太田光と対立する場面が見られました。
  下に列挙した意見は、覚醒剤の恐ろしさやスターの有り方などに辛口の意見を述べていた数人に目が留まりました。
 その他の目にとまった意見としては、
カンニング竹山 
 「覚せい剤なんかに1回でも手を出したらなぁ、一生薬物依存症との戦いが続くんだぞ! この病気は一生治らないぞ!一生苦しむぞ!それが覚せい剤やドラッグの恐ろしさだ! だからダメなんだよ!そんな苦しい人生になってもいいのか?いいわけねぇ~だろが! だからダメなんだよ!絶対にやるなよ!」。
長嶋一茂氏
 「桑田君が『逆転満塁ホームランを打ってほしい』と言っていましたが、正直「逆転満塁ホームランというレベルではない。難しいと思います。薬物に手を出したんですから。残念とかそういうレベルではない」。
ダウンタウン松本人志氏 
 「僕はいたってシンプルで、やっぱり嫌いかな。今は清原さん、嫌いやな。よくない」、「われわれは信じた。その嘘って覚せい剤をやったどうこうよりも、その嘘がわれわれに対しても、スタッフに対しても、視聴者に対してもバカにしてるのかと思ってしまいますね。この罪は覚せい剤よりも重い」。
武井壮氏
 「周りに清原さんに厳しく言ってあげられる人がいなかったんじゃないかと感じました。僕らアスリートは、苦しいことに耐えるプロ、そこから光を見出すプロですから。そういうことをしてしまうと、社会的には想像以上に影響が大きい」。

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2016年1月15日 (金曜日)

「走る棺オケ」と呼ばれる軽自動車

 車の販売や製造・修理、車検や保険、事故などに携わる人達は、軽自201618image動車は「走る棺桶」と陰口で呼ぶことがありました。事実、交通事故のニュースなどでは、軽自動車がグシャグシャに大破して運転手や同乗者が死亡する例が多いものです。
 税金が安いとか燃費が良いなどの維持費が安価なことで人気のようですが、安全性を第一に気にする方は避けた方が賢明のはずです。
 1月7日午前10時40分ごろ、武蔵村山市中央1丁目の新青梅街道の交差点で、東大和市蔵敷2丁目、塗装会社役員並木達夫さん(74)の軽乗用車と、羽村市羽加美4丁目、会社員中島勝さん(45)のトラックが出合い頭に衝突し、並木さんは頭などを強く打って死亡されました。
 ご冥福をお祈り申し上げます。
 この現場は良く通行するところで、どのような発生かは概ね想像がつきます。
 中島さんのトラックは、新青梅街道の横断歩行者用信号は青信号を表示中で新宿方面に直進中と認められ、並木さんは路地から新青梅街道を直進か右折か左折かは不明ですが、いずれにしても右方の安全確認を怠り交差点に進入したのでしょう。
 死亡した並木さんには申し訳ありませんが、道路交通法43条「一時停止」では、
①停止線手前で一旦停止すること。
②交差する道路を通行する車の進行妨害をしてはならないのです。
 なお、中島勝さんは青信号であっても、できる限り安全なスピードと方法で進行しなければならない義務を怠った「交差点安全進行義務違反」の可能性もあります。いずれにしても軽自動車は維持費などが安価な分、リスクも増大する覚悟も必要でしょう。
 尤も、羽村市富士見平2丁目「イーエスピー」所属のツアーバスが、北佐久郡軽井沢町の碓氷峠付近で転落事故では死者は計14人になったと報道もあり、どのような車でも棺桶になる可能性があるわけです。早く、車線維持機能や追突防止などの安全装置が全ての車に完備されることを期待しています。
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