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2018年12月10日 (月曜日)

「3億円事件」発生の日に思う

 今日12月10日は、50年前の1968年(昭和43)12月10日に現金輸送1968_12_10車を強奪した「3億円事件」が府中刑務所の前で発生した日です。この事件は、過激派のM作戦(革命資金の調達)の一環との見方の他に、左翼活動家が多く住む多摩地区を捜査の口実にするための警察内部犯行説という陰謀論もあった事件でした。つまり、三億円事件の捜査を口実に、学生活動家が多く住んでいた中央線沿線のアパートなどのローラー作戦を敢行したという、まことしやかな(本当っぽい)情報もありますが、真偽のほどは不明でも、一石二鳥の捜査活動を展開したことは頷けることです。
 当時の全共闘運動は、東京大学と日本大学の授業料値上げ反対や生活協同組合問題などを口実にして闘争が起き、これに連動して全国の大学へ広がった印象です。そして、昭和43年9月4日未明には、日本大学経済学部本館のバリケード封鎖解除に出動した警視庁第五機動隊の西条秀雄巡査部長(当時34)は校舎4階付近から落とされた16キロのコンクリートの塊が頭部を直撃、頭蓋骨骨折で意識不明のまま25日後に死亡し、10月2日に青山葬儀所で公葬が挙行されています。しかし、この殉職事件をキッカケに警察は機動隊の増強や装備の充実を図り、力づくでデモを押さえる方針に転換しています。そして、翌年の1969年(昭和43年)1月18日・19日には、全共闘がバリケード封鎖する東大安田講堂に、8500人の機動隊が封鎖解除に出動し、72時間におよぶ攻防が繰り広げられ、633人を逮捕しています。更に、70年代に入ると、新左翼諸党派間で内ゲバにより計100人以上の内ゲバ殺人が発生したほか、連合赤軍によるリンチ事件やあさま山荘事件、日本赤軍によるよど号ハイジャック事件などの事件により、過激な学生運動は国民の支持を失い急速に終息していました。
 今、フランスではマクロン政権に反発する抗議デモは、一部が暴徒化して店舗の破壊や略奪行為.が繰り広げられています。世論調査では国民の70%がデモ参加者らに対する共感を示していると言われていますから、日本でも時折り発生するも国民からの支持が少ないデモとは大きな開きがあります。

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