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2018年8月25日 (土曜日)

奴隷兵?扱いの虞がある自衛隊

 自衛隊の発足は、朝鮮戦争で米軍の犠牲者が増加すると、米軍を補完するた00000295_wめに編成された経緯からも、誕生当時から米軍の傭兵、或いは、奴隷兵として運用される運命にありました。
 昭和25年6月、朝鮮戦争が勃発すると、昭和25年8月10日、米軍の後衛として組織されたのが警察予備隊でした。名称の通り各警察署で募集され、都内では小平の警察学校で編成し訓練しています。そして、朝鮮戦争(1950年6月25日~1953年7月27日)が泥沼化し、米軍の犠牲者が激増すると、日本にも再軍備を命じて、米軍と共に戦わせるため重武装化する方針が提示されました。これに、吉田茂首相が憲法9条の戦争放棄、戦力不保持、交戦権が無いことを盾に拒否したことで、朝鮮戦争やベトナム戦争に参戦しないで済んだと同時に、明確な国防軍としての自衛隊の誕生や、憲法改正のチャンスを失したと批判もされます。
 きっと、「奴隷兵とは酷い」と反論がありそうですので、先に押さえますが、植民地支配された国民は奴隷兵になるのは常識でした。英国・仏国・蘭国など宗主国に支配された000000000020_sr228320_アジアの従属国では、多くの奴隷兵が強制的に編成されています。事実、米軍が支配したフィリピン戦では、フィリピンの奴隷兵が最前線で日本軍と闘い、その奴隷兵が全滅すると、米軍がノコノコ出て来て早々に白旗を上げています。このような戦い方は、インド、マレーシアなど何処でもあった話です。特に米軍は、ガ島、ビアク島、ペリリュー島、サイパン島、硫黄島、沖縄戦などでも、まず中南米・カリブ海地域から移民したヒスパニック系兵や、アフリカから奴隷として連れて来た黒人の子孫である黒人兵を最前線に出して日本軍と戦わせ、概ね戦況が治まった後に白人兵が上陸したと言われています。
 この場合、白人米兵が督戦隊でありヒスパニック系や黒人兵は奴隷兵です。
 きっと、吉田茂首相はこのような米軍の戦法を熟知していたからこそ、憲法9条を楯に、朝鮮戦争に自衛隊の投入を拒否したことは正しい判断でした。しかし、交戦権を放棄した占領憲法の改正のチャンスを失した弊害も大きいことでした。
 現在でも、米兵が督戦隊であり自衛隊が奴隷兵という上下関係にある証拠に、日本国内何処でも基地を造れる日米0000001204203200_地位協定の存在や、戦争になったら自衛隊は米軍の指揮下に入るという指揮権密約、常に米軍より性能が劣る兵器を持たされ、もし日米が交戦したなら必ず米軍が勝つ運命にあるなど随所にあります。これも屈辱的な憲法が原因であり、日本人としての誇りを一日も早く取り戻すには、また真の独立国なら日本人による憲法改正が必要です。よく中国などの侵略の脅威を論じますが、アジア諸国ではベトナムやモンゴルなど日本より脆弱な国力や軍隊なのに十分に対応しています。
 日本だって、国防の決意をシッカリ持てば、日本だけで十分可能と思います。
■芥川賞受賞者の火野葦平氏従軍記
 陸軍報道班員手記 昭和17年7月(GHQ焚書図書開封より)
 「やがて奇妙な捕虜の一団に眼をとめられた。十人ほどの比島兵(フィリピン人兵)が一人の米将校を縛し、こづきまわしながら、近づいてくるのであった。大兵のその米将校は大尉の肩章をつけていたが、不愉快そうに渋面をつくっていた。ちょび髭生やした戦闘の比島兵は、これは米兵の督戦隊長ですといった。こいつがわれわれを前線に出して、うしろから督戦するので、われわれは仕方なく戦わねばならなかった」
※「督戦隊」とは、軍隊において、自軍部隊を後方より監視し、自軍兵士が命令無しに勝手に戦闘から退却或いは降伏する様な行動を採れば攻撃を加え、強制的に戦闘を続行させる任務を持った部隊のことである。(Wikipedia)

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