« 昭和天皇「海に入るまで濁らざりけり」 | トップページ | 民進党は関西の地雷に触れた »

2017年3月26日 (日曜日)

天皇と他では「格が違いすぎます」

 昨日25日に、昭和天皇「海に入るまで濁らざりけり 」と題して、この歌Photo_2は昭和天皇ご自身の決意のほどを歌ったものだと記述しましたところ、県民から不満と思われるコメントをいただきました。
 まず最上川は、米沢市の西吾妻山「火焔の滝(「ひのほえのたき」か「かえんだき」)」を源流とし、酒田で日本海に注ぐまで、置賜~村山~最上~庄内と県内全域を通過することから、かつての舟運交易当時から県民の生活と密接に関わってきました。源流から海に注ぐまで229kmの長さは日本7位ですが、年を通して流れる水量はトップクラスとされ、その理由は、この地域は雨量が多いことの他に、上流にダムが無いことと聞いております。両岸まで満々と流れる水量と急流から、今も「最上川の舟下り」は観光の目玉して人気を集め、訪れる人々を魅了しています。
 そして、多くの歌人も最上川の流れに感銘した歌を残しております。
広き野を ながれゆけども 最上川  うみに入るまで にごらざりけり』昭和天皇
「五月雨を あつめて早し 最上川」(松尾芭蕉)
「暑き日を 海に入れたり 最上川」(松尾芭蕉)
「つよくひく 綱手と見せよ 最上川 そのいな舟の いかりをさめて」(西行)
「いな舟も のぼりかねたる 最上河 しはしばかりと いつを待けん」(藤原嗣房)
「最上川  岸の山群 むきむきに 雲篭るなかを 濁り流るる」(若山牧水)
「ずんずんと 夏を流すや 最上川」(正岡子規)「
「最上川  いまだ濁りて ながれたり 本合海に 舟帆をあげつ」(齋000004藤茂吉)
 など、失礼ながら、昭和天皇の他にも著名な方々の歌を列挙しましたが、その殆どは、単に最上川の情景を歌ったものであり、昭和天皇のそれとは格の違いが一目瞭然で素人でも気が付きます。
 終戦間もない昭和22年8月15日、天皇として地方巡幸のおり、酒田市に再び行幸された際に、山形県上山市出身の斎藤茂吉が、「海に入るまで濁らざりけり」の表現に、「実際は降雨が続いたりすると、物凄い流れに変わり、濁流滔々として天より来るの趣がある」と講じると、陛下は少し顔を引き締められたと紹介しました。この歌を詠んだ17歳の若き皇太子当時の想いは、これから天皇としての在位の折々には、戦争の戦禍や震災の被害などを含め困難な場面に幾多遭遇しても天皇として「心を濁られせずに歩んで行こう」と、最上川の悠久の流れを眺めつつ決意されたことを「うみに入るまで にごらざりけり」と表現されたものと受けて止めております。
 よって、齊藤茂吉先生の「濁ることもある」との講釈は余計なことだったのです。

|

« 昭和天皇「海に入るまで濁らざりけり」 | トップページ | 民進党は関西の地雷に触れた »

10 酒田市の関連情報」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1208592/70048569

この記事へのトラックバック一覧です: 天皇と他では「格が違いすぎます」:

« 昭和天皇「海に入るまで濁らざりけり」 | トップページ | 民進党は関西の地雷に触れた »