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2017年3月 5日 (日曜日)

アマハゲがユネスコ遺産登録候補

 日本全国津々浦々の村々では、神社・仏閣などを中心に、何らかの祭Image2_2礼や文化が息づいているものです。これは、日本が神代の昔から途切れることなく延々と続く証であり、その土地土地の誇りでもあると思います。
 さて、外務省と文化庁はユネスコ無形文化遺産に山形県遊佐町の「小正月行事(アマハゲ)」や「男鹿のナマハゲ」、「能登のアマメハギ」など全国8カ所の行事を「来訪神 仮面・仮装の神々」として推薦すると発表しました。
  遊佐のアマハゲは、女鹿、滝ノ浦、鳥崎の3集落で継承され、既に国指定重要無形民俗文化財に指定されています。実Image2は、「女鹿(めが)」には親戚がありまして、先月の帰省の際にも立ち寄って情報を得ていたことでしたので、嬉しく思っているはずです。
 なお次いでながらご紹介しますが、
 女鹿の北部には三崎公園がありますが、かつての戊申戦争当時の「三崎峠戊辰古戦場」でした。ここは、秋田と県境で官軍(亀田藩)と「庄内藩」の最後の戦いとなった場所です。1868年(慶應4年)7月13日~16日まで、亀田藩等官軍と三崎峠において戦闘が勃発し多数の戦死者を出しました。しかし、この三崎峠で戦死した庄内藩兵の遺体は、見せしめのために引き取ることを許されず長年放置されていたのです。そしてImage3、戊辰戦争から50年近く経った大正3年(1914)、ようやく遺骨収集が許されたのですが、4ダース入り大型ビール箱二つが満杯になったと聞きます。拾い集められた遺骨は、この地に埋葬され、この供養塔はその時建てられたものです。このような歴史から、長年、この辺りでは秋田県側とは険悪な状態だったのですが、近年ようやく仲直りの意味で秋田側と「綱引き大会」をやったそうです。
 また、女鹿地区の八幡神社と思いますが、の伝承もあると聞いています。この庄内平野辺りでは「黒川能」や「杉沢比山」が全国に知られていますが、実は戦後間もないころ、東京から大学教授が郷土芸能の発掘調査に最初に訪問したのが女鹿だったそうです。しかし、多忙な時期で女鹿では演じ手を集めることが出来なかったため、「黒川能」を紹介したことがキッカケで、全国的に広まったという裏話しがあります。
子どもの怠け心を戒める「アマハゲ」山形 NHKニュース
  https://youtu.be/QHCyddwnkTI

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