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2016年6月 4日 (土曜日)

大和君の捜索方法に反省が必要

 北海道七飯町東大沼の山林で行方不明になった田野岡大和くん000000021_2が六日ぶりに無事に発見されたからと言って、関係者はぬか喜びしていませんか。捜索は、行動可能範囲を予測して捜索エリアを設定したはずですが、なぜ駒ヶ岳演習場内まで「捜索しなかったのか」、或いは「出来なかったのか」と悔やんでいるはずです。
 捜索に当っては、責任者は「捜索に聖域を設けるな」、「先入観を捨てて捜索に当れ」などと尤もな指示をしたはずです。しかし、大和くんは大人が予測した行動範囲を裏切って、陸上自衛隊駒ヶ岳演習場に潜伏して避難していたのでした。000002524_1
  今、二つの事件を思い出しています。
  1975年(昭和50年)7月17日、沖縄のひめゆりの塔を訪れ慰霊の献花をした皇太子夫妻(当時)にガマ(洞窟)に潜んでいた極左二人が火炎瓶を投てきした事件がありました。当時、警察庁から警備責任者として派遣されていた佐々淳行警備局警備課長は、皇太子および同妃の訪問に先立ち地下壕内の安全確認を主張したものの、沖縄県知事、沖縄県警察の担当者らに「『聖域』に土足で入るのは県民感情を逆なでする」と反対されていたことを証言しています。000tou
  また、成田国際空港の開港直前の3月25日夜、開港阻止を叫ぶ過激派は排水溝から空港内への突入を計画し、前日から排水溝に潜入した15人は、翌26日午後1時を期して地上に突入するべく排水溝内で夜を過ごし、空港の心臓部・管制塔を占拠し計器類を鉄パイプなどで破壊しています。これは「団結小屋」に警備の主力を置いていたことから、過激派の陽動作戦に引っ掛かって空港の管制塔を破壊されたもので、まさか、環境が悪い排水溝に前日から潜んでいることを誰も予測していなかったとされます
 今回の行方不明者捜索と警備時の捜索を混同するなと言われそうですが、「捜索に聖域を設けるな」、「固定観念を捨てよ」は共通しているはずです。先般の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)が成功裏に終わったのも、関係者は「聖域を設けるな」、「固定観念を捨てよ」の姿勢が末端まで浸透し全員が愚直に実行した結果でしょう。
 そして、大和くんを捜索隊が発見できなかったのは、自衛隊施設だった、行政区域外だった、子供だからなどの「聖域」や「固定観念」から抜け出すことが出来なかったからではないでしょうか。事実、関係者は「自衛隊の敷地内に入るのは連絡や調整も必要で、捜そうということにはならなかった」と想定外だったことを語っているそうです。まず今回は、演習場の管理が悪かったなど幾つもの偶然が重なりギリギリの状況で発見され良かったと思っていますし、発見時に「おにぎりを頬張ってるたくましい姿」から元気をもらった人も多いはずです。
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