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2016年6月に作成された記事

2016年6月18日 (土曜日)

その候補者に国を背負う覚悟は?

 舛添都知事の辞職表明に伴い、次期都知事候補選びが急ピッチのようです。
 どのような人材が適任なのかと、各党、マスコミ、また口の悪い巷のスズメ達も自薦・他薦の名前を挙げては、こき下ろすような昨今です。このような折り、戦後日本の教育の欠落を指摘して、都知事や国会議員に「国を背負う心、人を背負う心があるのか」と、青山繁晴氏の説得力のある発言に目が留まりました。Image1
 来月の都知事選や参議院選では、本当に「自分は国家の為にこれをやりたい」という決意を持った人物かを見極めたいものです。しかし、権力欲や名誉欲が満々の人物ばかりの中から、本当に国を背負う心、人を背負う心と能力・資質・器量を合わせ持った候補者を見つけることが出来るのでしょうか。
 残念ながら、日頃の言動や経歴からしかその信念を見極める以外になく、判断を間違えると単なる右翼思想の持ち主だったということになります。
----青山繁晴氏-----
 「(日本の)教育に、何が一番欠けてるか。特に、世界を歩いてきて痛感するのは、敗戦後の日本教育に一番欠けてるものは国を背負うことがないんですよ」、「模範解答に合わせざるを得ないっていうのはどこの国の教育でもあるんですけど、自分以外の、僕はあえて断言しますけど、全ての国の模範解答の中には、君も国を背負えいざとなったら人のためには自分を抑えてでも生きませんかというのが、必ず模範解答の中に選択肢としてはあるんですよね」、それが 「日本だと、それは敗戦後、右翼の話だと、いうことになっていて、いわば、いざとなれば、人のために自分を抑えるっていう清々しい生き方っていう教育がないんですよ。」と嘆いています。
舛添要一」~人間ここまで卑しくなれるのか!戦後日本の欠落した教育「国を背負う心人を背負う心
 【青山繁晴】https://youtu.be/mGyDDrEid1c

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2016年6月 9日 (木曜日)

象潟出身の彫刻家・池田修三のこと

 我が家の玄関のニッチ(壁の凹み)の一つには、秋田県象潟 (現・にかほImg_6184_2)出身の彫刻家・池田修三の「鳥海残雪」と「雪っ子」の写真(レプリカ)が飾ってあります。池田修三に関して特に詳しい訳ではありませんが、数年前、山形県遊佐町に帰省した際に、象潟に縁がある方から「最近有名になった人だよ」と頂いたものです。鳥海山は山形側と秋田側ではイメージが全く違うのですが、頂きものであり妥協して飾っています。
 先日、東大和市立野4-515 の森永乳業(株)東京多摩工場の見学にお邪魔しますと、説明会場の入り口付近に、池田修三の作品「湿原の響き」が掲示してありました。
  池田修三と言えば、NTTや日本生命などの企業カレンダー、テレホンカードなどに作品が多く採用されているそうで、2004年(平成16)年に82歳で死去するまで、情緒あふれる子供たちの情景や癒し系の作品を多く創り続けた方と伺っています。Photo
 森永乳業の案内の方数人に誰ともなく、「なかなかセンスのいい絵を飾っていますね」と問いかけましたが、絵の由来や作者を誰もご存じありませんでした。お断りして写真を撮らせて頂きましたが、蛍光灯やフラッシュの光が入りいい出来でありません。
 絵の右隅には「湿原の響き」と記載してあり、良く見ると湿原に良く咲く黄色い花「ニッコウキスゲ」のようです。スケッチした場所は「尾瀬沼」辺りと見受けました。2q482
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2016年6月 4日 (土曜日)

大和君の捜索方法に反省が必要

 北海道七飯町東大沼の山林で行方不明になった田野岡大和くん000000021_2が六日ぶりに無事に発見されたからと言って、関係者はぬか喜びしていませんか。捜索は、行動可能範囲を予測して捜索エリアを設定したはずですが、なぜ駒ヶ岳演習場内まで「捜索しなかったのか」、或いは「出来なかったのか」と悔やんでいるはずです。
 捜索に当っては、責任者は「捜索に聖域を設けるな」、「先入観を捨てて捜索に当れ」などと尤もな指示をしたはずです。しかし、大和くんは大人が予測した行動範囲を裏切って、陸上自衛隊駒ヶ岳演習場に潜伏して避難していたのでした。000002524_1
  今、二つの事件を思い出しています。
  1975年(昭和50年)7月17日、沖縄のひめゆりの塔を訪れ慰霊の献花をした皇太子夫妻(当時)にガマ(洞窟)に潜んでいた極左二人が火炎瓶を投てきした事件がありました。当時、警察庁から警備責任者として派遣されていた佐々淳行警備局警備課長は、皇太子および同妃の訪問に先立ち地下壕内の安全確認を主張したものの、沖縄県知事、沖縄県警察の担当者らに「『聖域』に土足で入るのは県民感情を逆なでする」と反対されていたことを証言しています。000tou
  また、成田国際空港の開港直前の3月25日夜、開港阻止を叫ぶ過激派は排水溝から空港内への突入を計画し、前日から排水溝に潜入した15人は、翌26日午後1時を期して地上に突入するべく排水溝内で夜を過ごし、空港の心臓部・管制塔を占拠し計器類を鉄パイプなどで破壊しています。これは「団結小屋」に警備の主力を置いていたことから、過激派の陽動作戦に引っ掛かって空港の管制塔を破壊されたもので、まさか、環境が悪い排水溝に前日から潜んでいることを誰も予測していなかったとされます
 今回の行方不明者捜索と警備時の捜索を混同するなと言われそうですが、「捜索に聖域を設けるな」、「固定観念を捨てよ」は共通しているはずです。先般の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)が成功裏に終わったのも、関係者は「聖域を設けるな」、「固定観念を捨てよ」の姿勢が末端まで浸透し全員が愚直に実行した結果でしょう。
 そして、大和くんを捜索隊が発見できなかったのは、自衛隊施設だった、行政区域外だった、子供だからなどの「聖域」や「固定観念」から抜け出すことが出来なかったからではないでしょうか。事実、関係者は「自衛隊の敷地内に入るのは連絡や調整も必要で、捜そうということにはならなかった」と想定外だったことを語っているそうです。まず今回は、演習場の管理が悪かったなど幾つもの偶然が重なりギリギリの状況で発見され良かったと思っていますし、発見時に「おにぎりを頬張ってるたくましい姿」から元気をもらった人も多いはずです。
0000000jo1https://www.google.co.jp/maps/place/%E9%99%B8%E4%B8%8A%E8%87%AA%E8%A1%9B%E9%9A%8A%E9%A7%92%E3%83%B6%E5%B2%B3%E6%BC%94%E7%BF%92%E5%A0%B4/@42.0728614,140.7627138,319m/data=!3m1!1e3!4m5!3m4!1s0x5f9fb2a05188e0a9:0xbcec2c134b4c96a6!8m2!3d42.0736951!4d140.7313033?hl=ja

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