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2016年2月14日 (日曜日)

日本人は縄文の昔から日本人です。

 司馬遼太郎氏は歴史学者ではなく、あくまで小説家・作家であることを理解して、そのような見方もあるのかと余裕を持って観ることが大切と思います。 昨日13日のNHKスペシャルは司馬遼太郎思索紀行「この国のかたち」第1集“島国”ニッポンの叡智でImage3解くカギは「道なき道」「無思想」、そして今日14日の第2集は、「“武士”700年の遺産」とあります。
 番組の中で、日本人は海の向こうへの好奇心が強い証明として、壱岐に残る「異国崇拝の風習」を紹介していました。この朝鮮半島や中国大陸から文化を取り込み、発展して来たとの解釈には賛否両論、立場によって評価が分かれることですが、司馬史観とNHKの解釈の合体として面白く拝見しました。
  また、東京大学・本郷キャンパスの古市公威(こうい)の銅像を映しつつ、若き古市が仏留学中、あまりの猛勉強ぶりに体を壊しはしないかと心配した下宿の女主人が休むように勧めると、古市は「自分が一日休むと、日本が一日遅れます」と答えたという逸話を紹介。更に、静岡県の世界文化遺産に登録された韮山反射炉は薩摩藩にあった一冊の本だけを頼りに、日本人だけで江戸時代末期に全国6ヶ所に造ったことを知りました。司馬氏は、幕末から明治期の日本は凄かったと手放しで礼賛することが多いようで、坂本龍馬に至っては間違ったイメージを国民に定着させています。
 ここで「日本人のもの造りは昔から凄かった。」と竹田恒泰氏は語っていることを思い出しました。私はこれに同感です。なにも明治期だけでなく、縄文の昔から優れた土器や土偶「縄文のビーナス」などが知られて、仏教芸術や漢字、カタカナ、ひらかななど文字の発展、稲作、鍛冶技術による刀剣や鉄砲、神社・仏閣、城郭などの建造物、陶芸、相撲、歌舞伎、茶道、日本料理などの文化や技術を発展させています。
  確か朝鮮半島には、高句麗、新羅、百済、任那の4国があった時がありました。
 この「任那」は大和朝廷の支配下にあった地域とされ、大和朝廷にとって、中国など大陸の文化を取り入れるための玄関口として、重要な役割を果たしていたと言われています。きっと、江戸時代の長崎の出島のような役割だったのでしょう。
 この朝鮮半島南部に日本人が住んでいた状態は、「白村江の戦い(663年)」Image4で日本(倭国)が唐・新羅軍に敗れるまで続いたそうです。よって、朝鮮からの「帰化人(渡来人)が文化を伝えた」と言う解釈は間違いで、単に、朝鮮半島に住んでいた日本人が本土に伝えたか、帰国して伝えたに過ぎません。
  極論で語るなら、よく、進化論でサルが人間に進化したと言われてますが、何で今も猿は猿のままなのか、シーラカンスに至っては4億年も進化していないのか。民族の特性も能力も、そんなに急激には変化するはずがありません。
 日本人は昔から日本人、朝鮮人は昔から朝鮮人なのです。
 とにかく、島国で資源が殆ど無い国土の日本人は取捨選択の能力に優れ、これはこのようにすれば使い勝手が良くなる。このように調理すれば美味くなるなどと改良・改善して身の丈に合った道具やシステムを構築した結果が、現在の日本なのでしょう。この改善や工夫で品質を良くする知恵は今も昔も今後も変わらないはずです。
 分かり易く食べ物で説明するなら、海外から伝わった、天ぷら、カレー、中華ラーメン、キムチ、パン、パスタ等々は全て、オリジナルを超えて美味いと言われています。
 日本人は縄文の昔から日本人なのです。
 戦争や民族大移動によって、中国大陸や朝鮮半島のように民族が入れ替わらなかったことはだけは幸いでした。
 

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