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2014年8月30日 (土曜日)

地名は語る「龍沢」、「蛇喰」、「蛇崩」

 「野沢館」があった場所は、山形県庄内平野の北東、遊佐町野沢川支流左岸の丘の上で、庄内平野を眺望できる高台に位置していた。落城は、塩越城(にかほ市象潟)が居城だった仁賀保氏に敗れた永禄10(1567)年と伝えられる。「野沢館」の今は、城の痕跡を探すのも難しいほど草生しているが、所々に石垣や土塁の跡が見える程度で、西隣には、「龍沢神社(龍沢宮)」が建立されている。宮司は町民に「タヨサマ」と慕われる佐藤氏だが、城主の末裔で、落城後、変名して野沢村に住みついたと言われる。
 ※地図は国土地理院から (飽海郡遊佐町野沢字水上)

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 さて、今回は山城の「野沢館」や「龍沢神社(龍沢宮)」の話しではない。
 この城跡や神社の東側横の深い沢(野沢川の枝流)の話しだ。
 最近では、この辺りも随分と整備され、車の往来も可能だが、50年以上も前は、人里からも離れた寂しい場所だった。
  深くV字に浸食された沢は、「龍沢(りゅうざわ)」と呼ばれ、大蛇が住む沢と聞かされ、子供達は近寄ることはなかった。当時の少年達は夏の時期は、あちらこちらの沢に、イワナや八目鰻などの「雑魚シメ」に出かけたものだが、この沢にだけは深入りしなかった。
 年寄りたちに、龍沢には人を飲み込む大蛇が住み、龍沢神社の守り神も大蛇だと教えられては恐ろしくて接近出来なかったのだ。事実、青大将などの大型蛇が神社近くで良く見受けられ、その人をも飲み込むという大蛇の姿を想像したものだ。よって小生も、成人後もこの沢に入ったことがないので多くを語ることが出来ない。
 今では想像だが、鳥海山から大雨などで直接流れ出た土砂や岩石がゴロゴロしているだけの渓谷と思っている。000000ult
 ところで、広島市北部で8月20日未明、土砂災害が発生し多数の死亡や行方不明者がでた。「蛇落地悪谷」(じゃらくじあしだに)という、見るからに恐ろしい地名を付けられた土地での災害に、地名に込めた先人達の警告・伝承を無視してはならないと再認識する動きがあるという。
 山奥には大蛇が住んでいて、忘れた頃に人里におりてきては人々に害を与えたという伝承は各地にあり、頭が8つ尻尾も8つある「八岐の大蛇」伝説も土石流の言い伝えと言われている。
 遊佐町の龍沢の大蛇伝説に限らず、鶴岡市櫛引には蛇崩山や鶴岡市越沢字蛇喰、秋田県由利本荘市松本字蛇喰などの地名の場所は、いずれも土砂崩れの災害が発生した地域なのであろう。今、思い出したが、遊佐町の月光川近くの「モンペはげ」の地名も土砂崩れの痕跡であろう。
 人間は、伝承や教えを無視して無理に自然と戦うのではなく、自然に対する畏敬の念を持ち、山や森を大切にした自然との共生が治山治水の政事の基本であろう。
 遊佐町の人は、「龍沢」のような教え・伝承を忘れていないことを祈っている。

    皆思った「鳥海山 ボッコサッデしまう
    http://z-shibuya.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-a654.html
  鳥海グリーンライン崩壊前の不気味な亀裂

   http://z-shibuya.cocolog-nifty.com/blog/2013/11/post-7.html

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