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2014年8月20日 (水曜日)

女子挺身隊と慰安婦を一緒にするな!

 我が家の母親は酒田市本楯出身だが、戦争当時、川崎市の南武線沿いにある「日本00000024電気(NEC)」に「女子挺身隊」として、数年間召集されたことを我々子供が小さい頃から語ることがあった。
 毎日、何の製品の何処の部品か分からないところの半田付けが主な仕事だったが、全国から同世代が集まり、いろいろ思い出深かったと語っていた。
 母が上京した折りに、当時は「日本電気前駅」と呼ばれた、現在の「向河原駅」辺りに数回案内したことがあったが喜んでいた。そして、国のために働いた娘時代のことを誇りを持って語っていたものだ。
  その「女子挺身隊」を「従軍慰安婦」と混同させるような記事を、朝日新聞の植村隆記者は1990年代に書いていたことがあった。これを知った母親は、「国のために働いた女子挺身隊を傷つけることになる。一緒にするな」と怒っていた000000a300_
 さて、旧日本軍には「従軍記者」、「従軍写真家」、「従軍僧」、「従軍看護婦」などが所属した。
 しかし「従軍慰安婦」なる存在は無かったと、
 今日20日の産経新聞に、実体のない「従軍」冠した罪重いと国学院大学教授大原康男氏の正論が掲載された。
   問題の「従軍慰安婦」については、平成4年から6年にかけて政府の外政審議室が公表した「軍慰安所従業婦等募集ニ関スル件」(昭和13年)などの関連文書があるが、法令上の名称は区々で定まったものはない。たとえば「慰安所従業婦」「慰安婦」「特殊慰安婦」「接客婦」等々で、「従軍慰安婦」という表現は皆無であり、当時の社会的呼称としても存在しなかった。その身分も慰安所経営者との間の私的な雇用契約に基づくものにすぎない。---中略----「従軍」と冠せられたがゆえに「強制連行」という動詞に容易につながる結果を招来したとも考えられるから、河野談話そのものの撤回を強く求めるゆえんである。
  と述べている。
  母親は戦争がもう少し長引いていたら「従軍看護婦」を希望したと語った。
 「もし、そうなっていたら、おめだは生まれていなかったかも知れない」と、当時、二十歳前の娘たちの覚悟を語ることがあった。

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