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2014年8月 8日 (金曜日)

朝日よ「過ちを改めるに憚ること勿れ」

 過ちに気づいたら、体裁や対面などに捉われず直ちに改めるべきだが、「小人の過ちは必ず飾る」とも言われ、器の小さい小人は必ずそれを認めず取り繕う。00001001531
 この場に及んでも、
 まだ、植村隆元記者を擁護し言い訳を重ねる朝日新聞の売国・反日体質は、どう見ても後者だ。 そして、公の場で謝罪する勇気もなく、逃げ回っている植村記者も朝日新聞同様に実に見苦しく、日本人らしくない。
 この戦後最大、いや日本史上最大の捏造報道によって、誇りある日本を貶めた罪は取り返しがつかない程大きく、日本史・世界史にも掲載させる朝日新聞社の汚点、いや、今後の対応次第では報道機関全般の自殺行為になりかねない。
 しかしだ。
 日本人は、誤った記事、捏造した経緯を正直に語って謝罪し反省したなら、全てを水に流す寛容な国民性でもある。
  いつまでも、ネチネチと過去を穿りかえして、金銭をたかる半島人とは違うことを知っているはずだ。それとも、長年の朝日新聞勤務やソウル勤務、韓国人妻・義母らからの感化を受けて、日本人としての誇りも自信も忘れてしまったのか。
  NHKや朝日・毎日をはじめとする反日マスコミも、犯罪者でもない笹井副センター長を自殺に追い込んだような執拗な取材で、国民の知る権利に応えるために、日本を苦しめている朝日新聞社及び植村隆・元記者にも、捏造の真相を追及する厳しい姿勢を見せて欲しいものだ。
 このようなときこそ「ジャーナリズム精神」とやらの見せどころではないですか。
 それとも同業者の、重大な捏造疑惑の前には、その精神は無くしてしまうのか。
 良く使う国民の知る権利の主張は、自分に都合の良いときだけなのか。
 それでは、言動や主張に一貫性がないご都合主義、日和見主義ではないのか。
 日本人は一般的に寛容で我慢強いと言われるが、我慢の限界を超すと最後まで徹底的に白黒つけるまでやる国民性があることも知っているはずだ。
  そうにはならないうちに、植村隆・元記者は朝日新聞の責任者とともに釈明会見を開くことを奨める。
 少しは自浄作用が働いて、「君子は豹変す」を内外に見せて欲しいものだ。
植村隆(1958年4月生まれ~)は、8f339f92
 北星学園大学非常勤講師、元朝日新聞社社員(今春・早期退職)。
 高知県生まれ。土佐中学校・高等学校、早稲田大学政治経済学部卒業。1982年、朝日新聞入社。千葉支局、大阪本社社会部、テヘラン支局長、ソウル特派員、外報部デスク、北京特派員、朝日カルチャーセンター札幌教室講師を経て、北海道報道センター函館支局長を務めた。1991年、いわゆる従軍慰安婦問題を初めて報道したが、事実に反する捏造であったと指摘されている。妻は韓国人で、その母親は慰安婦等の支援団体「太平洋戦争犠牲者遺族会」の会長。

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慰安婦問題で朝日新聞の捏造謝罪について
橋下市長が言及「強制連行の事実の虚偽報道」【韓国崩壊】      
http://youtu.be/ije-HMbZdos  

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