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2014年6月 1日 (日曜日)

遊佐町出土の土偶・青銅・火焔型土器

 「全国植樹祭」の式典が6月1日新潟県長岡市で開催されたが、前日の0000f239f31日は天皇皇后両陛下が、同市内の馬高縄文館へお立寄りされ「(かえん)型土器」などを見学された。
 形が燃え上がる焔に似ているからの名称らしいが、「芸術は爆発だ」で知られる岡本太郎も、この縄文式土器に感化され創作に影響を受けたと伝えられる。
 この珍しい型の土器は、昭和11(1936)年に長岡市の馬高遺跡において最初に発見された。
 その後も主に新潟県内、特に信濃川上・中流域で集中的に出土したが、山形県遊佐町大字吹浦字七曲「小山崎遺跡(三崎山遺跡)」でも発見されていることを紹介したい。
Image_2 特別、考古学に深いわけではないが、山形県遊佐町には日本最古と言われる貴重な縄文時代の出土品が何点かあること程度は知っている。
 縄文時代は、今より温暖だったと言われ海水面は現在より3~4メートルも高かったことを想像すると、この辺りの地形も推察できる。
 遺跡の発見場所は、日本海に面した鳥海山の麓で、豊富な伏流水、水量豊かな河川が何本も流れる地域であり、「海の幸・山の幸・川の幸・野の幸・砂丘の幸」など全てに恵まれた地域だ。また、標高2236メートルの鳥海山は海上からも目立つ山で、大陸との交易では上陸の目標にされていたらしい。
 吹浦には「船場」という地名も残る。Photo
 今後の発掘により、青森県の「三内丸山遺跡」に匹敵する縄文遺跡が発見されても不思議でない地域と思うが、その候補が「小山崎遺跡(三崎山遺跡)」と期待する。ただ鳥海山の噴火で地中深くに埋もれている可能性が高い。
 なお、町や県は出土品を一括管理し、一般にも閲覧できる方法を工面して欲しいものだ。

火焔型土器は平成15年、遊佐町吹浦の「小山崎遺跡(三崎山遺跡)」から、ほぼ完全な形で日本で初めて出土。約5千年前のもので本物を遊佐町役場で保存。
土偶は、昭和27年に遊佐町杉沢で土偶が、あたかも人間が埋納されたように出土した。奈良国立博物館で保存。※日本一の遊佐町「杉沢土偶」
青銅刀子 は、昭和27年に三崎山の採石現場から出土したもので、縄文晩Photo_2期より古い日本最古の青銅刀子だ。実物は国立博物館保存だが、レプリカは遊佐町「歴史民俗学習館」(旧菅里中学校)にある。

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