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2014年5月20日 (火曜日)

「300」は人命軽視の意味があるのか。

  ナゼか、今年は「300人」前後の犠牲者が出た事故や事件が多い。300daigen_image
 「300」と言う数字には人命軽視の意味があるのかと、ふと思った。
 「300」の数字を使った言葉では、「三百代言」や「ヒヤリハットの法則(1:29:300の法則)」の300を思いつく。

 「三百代言」とは詭弁を弄(ろう)する代言人(弁護士)を愚弄した言葉だが、国語大辞典によると、「明治時代は三百文は安物や価値の低いものをさしたとある。
 この、安物や価値が低いとする300」と、犠牲者300人の数字を結びつけたら、とんでもなく人命を軽視したことになる。
 しかし、事故などの原因や状況を知ると、単純に国家や関係者が人命や安全を軽視し続けた背景が見えてくるから、簡単には切り離すことが出来ない。
 「ハインリッヒの法則(1:29:300の法則)」では、1件の重大事故の背後には29件の軽微な事故があり、その背景には300件の異常が存在すると分析した。1_29_300
 これを、300人もの犠牲者が出た事件・事故に当て嵌めたらどうなるのか。
 ヒヤリ・ハットどころでない、人命軽視、利益優先、人権無視、制度疲弊、犯罪行為、安全設備軽視、過剰労働、倫理無視、コンプライヤンス軽視、救助技術軽視、安全教育軽視、人事管理軽視、等々、何でも該当しそうだ。 
 昨日5月19日は、韓国の300人超の犠牲者を出した沈没事故に責任を感じた朴槿恵大統領は国民に向けて「国民を守れなかった」と謝罪した。談話では、救助に問題だらけの海洋警察庁を解体し、事故発生の4月16日を「国民安全の日」に指定したいという。
 果たして、事故の反省と安全対策の取組み開始の原点の日に出来るのか。
 この「300人」の犠牲者の数字は、天からの警鐘と受け止め、これにこそ日本も謙虚に「他山の石」として、安全対策を見直す機会にしたいものだ。   

■4月16日の旅客船「セウォル号の沈没事故」の発生。
 修学旅行中の高校生らが犠牲になった韓国南西部の珍島沖で起きた旅客船の沈没は、死者・行方不明者が300人を超えるという。
■アフリカのナイジェリアでは「ボコ・ハラム」により、ここ2週間で250人近くが殺害されており、今年に入ってからの犠牲者数は300人を超えた。
 また、300人近くの女子生徒が連れ去られた事件も発生している。
■5月13日、トルコ西部のソマの炭鉱事故で死者が301人に達した。
 トルコ史上最悪の炭鉱事故をめぐって、安全対策の不備や政府の事故対応に反発が強まり、各地で抗議デモが続いている。
■アフガニスタン北東部バダフシャン州アルゴ地区で5月2日発生した、大雨による大規模な地滑りで、州当局者は地元メディアに対し、約300人が死亡したと明らかにした。
■ウクライナの首都キエフで2月18日、治安部隊が反政権デモの強制排除に着手し、数千人のデモ参加者は激しく抵抗し、双方の死者が計21人、負傷者は300人を超えた

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