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2014年3月11日 (火曜日)

西武拝島線「東大和駅」(青梅橋駅)

 最近わけあって東大和市のやや古いことを調べたことの続きです。
 東大和市は都下の市では知名度が低い方と言われるので多少ながらPRの一助にしたい。この地図は昭和29年当時の北多摩の一部ですが、道路網など無いに等しく、住宅も閑散な様子が伝わってきます。S29_map3_13e
 軍需工場「日立航空機立川工場専用線」を転用した「西武上水線」に、昭和25年「青梅橋駅 」は開業していたが、昭和54年「東大和市駅」と改称している。
 「青梅橋 」は青梅街道が野火止用水に架けた橋の名称だが、今は、付近の用水が暗渠化しており自体はない。この「西武上水線」は昭和43年5月15日に、玉川上水駅が終点だったものを国鉄拝島駅まで延長して、「西武拝島線」として現在に至る。
 また、「東大和市」は、駅名改称の8年前の昭和45年10月1日に、「大和町」が市制を施行したことで誕生している。
 市は表玄関の駅に相応しいと「東大和市駅」と改称したものであろう。
 また、その前年の昭和53年12月1日には東大和警察署が立川警察署から分離して、東大和市と武蔵村山市を管轄して発足していることも影響した可能性がある。
 参考だが、「東大和市駅」の南側には、東京都立薬用植物園があり、栽培が禁止されているケシの花を都内で唯一研究目的で栽培・公開している。
 本物のケシの形や独特の臭いを体験したい方は、是非訪問して勉強すべきだ。
 なお、市の花は「つつじ」、市の木は「けやき」であり、「けやき通り」は既に道路名に付されているが、「つつじ通り」もいずれ予定があるのだろうか。Ckt7416_c25_27

昭和49年撮影の東大和駅付近を拡大

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米軍大和基地返還と東大和市の発展

東大和市新堀が迷路になった理由

拝島線「東大和駅」(青梅橋駅)のこと。

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