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2013年11月11日 (月曜日)

プロパガンダ映画「キューポラのある街」

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 女優・吉永小百合さんとは齢は違うが誕生月日が同じこともあり、誕生日を祝う番組や出演映画を眩しくも近親感をもって観ていたころもあった。しかし、吉永さんが共産党シンパとして活動するようになってからは、一切の関連映画を見なくなった。
 狂っても共産主義に組するつもりはないからだ。
参考「赤い文化人」 http://www.asyura.com/2002/bd17/msg/385.html
 先日、JR川口駅近くに用事があり、20数年振りに「キューポラ(小型溶銑炉)のある街」に出かけた。0000000kawaguchi1955
  勿論、吉永小百合主演映画「キューポラのある街」の舞台であることは知っており、当時の名残りを探しつつ歩いていた。
 赤旗が揺れた川口駅前はスッカリ近代的に変貌し、軒を並べていた鋳物工場も数軒しか目に留まらなかったが、映画のラストで石黒ジュン姉弟が全力で駆け降りる川口陸橋辺りは当時の様子をハッキリ残していた。
 ※参考「キューポラのある街ロケ地の50年後 - Google マップ
 そして11月10日(日)夜は、チャンネル銀河で映画『キューポラのある街』が流れたことから、久々に観ることになった。 00000a300_
 「キューポラのある街」の原作者・早船ちよ共産党員らしいが、この作品では、北朝鮮帰還問題、中小企業労働者の労働問題などを強調しており、改めて、国民を特定の思想・世論・意識・行動へ誘導する意図を持った「プロパガンダ映画」だと知ることが出来る。

 この当時、日本共産党と「在日朝鮮統一民主戦線(後の朝鮮総連)」は一体となって、「地上の楽園(ユートピア)」北朝鮮体制の優位性を誇示する目的をもって演出した映画であろうか。
 脚本の今村昌平は生前、「『北朝鮮は天国のような大変良いところだ』とデタラメを書いてた」と反省したそうだが、のちに保守に転向した黛敏郎は、この映画の音楽を担当しており、日本共産党が主導していた労働組合の歌声運動の推進者であったことも知られて面白い。
 映画では、石黒ジュンは職場見学で女工達の歌声(うたごえ運動)に感動し、就000056ef602職して夜学に通うことを決意するが、後に小百合さん自身も早稲田大学の夜学に通ったことを彷彿させた。

  ブルジョア育ちの小百合さんが、何時から共産党シンパに染まったかは知る由もないが、当時17歳とすれば、この映画づくりなどから感化され、徐々にピンクに染まり始めたとも見て取れる。
 確信を持って語った、「あっちは、いいんでしょ。北鮮は社会主義の国で、目ざましく発展しているらしいわね」、「一人が五歩進むより、十人が一歩進む方がいい」の決めセリフで自己暗示にかかったままなのだろうか。
 あれから約50年、今は、この映画や北朝鮮のことを、どう見ているのだろうか。
 川口駅前での北朝鮮への旅立ちの場面は、この当時の帰還運動の盛り上がりを知ることが出来るし、と同時に、この人たちが帰国した後の生活はどうなったのかと余計な心配をしてしまった。
 きっと、北朝鮮の実情など現地取材もしないで作られた映画であろうが、結Book1果的には多く人を弄ぶことになる罪深い映画を作ったものだ
 帰還運動では、約20年間に9万3000人(日本人妻約1800人)にのぼるとされるが、当時、純真無垢だった小百合さんも無意識のうちにピンクに染められた被害者の一人かも知れない。
 子供の頃の思想の刷り込み怖いものだ。

 『キューポラのある街』はチャンネル銀河で、11月16日と19日、30日12:15~にも放送される。
 なお、小百合さんは昨今のストーカー事件の走りのような事件に遭遇している。この映画が作られた翌年の1963(昭和38)年8月9日、渋谷区代々木西原町(当時の町名)の木造一戸建てに両親ら家族と一緒に住んでいた当時、ナイフとピストルを持った男(渡辺健次 26)に自宅の自室で襲われている。
 渡辺は吉永小百合さんの熱狂的なファンだった。
 昭和48年、フジテレビの岡田太郎氏と電撃結婚するが、同氏はこの事件当時からの良き相談役だったとされる。
小百合さんの略歴
1945年3月13日~ 東京都渋谷区代々木西原町(当時)出身。
1955年、ラジオ東京「赤胴鈴之助」で芸能界デビュー。
1959年、テレビ映画「まぼろし探偵」に出演後、「朝を呼ぶ口笛」(松竹)で劇場デビュー。
1960年(昭和35年)渋谷区立代々木中学校卒業、
            都立の名門校東京都立駒場高等学校普通科入学。
1961年(昭和36年)私立精華学園女子高等学校(現在の東海大学付属望洋高等学校)転入学。
1962年(昭和37年)高校在学中、『キューポラのある街』(浦山桐郎監督)にヒロイシ役で出演。

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