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2013年10月15日 (火曜日)

なぜ「仙台四郎」は大事にされたのか

 「福の神」を掲げても魂を入れなけりゃ、その効果は出ないと言う話だ。

 酒田市の国道七号沿いの、あるラーメン屋に「仙台四郎」の写真が飾ってあった。
 注文に来た店員に「四郎さんの写真がありますね」と声を掛けても何かそっけない。
 果たして、由来を知っているのか、いないのか。0000000images_2
 それ以上の声をかけるのは止めた。

 さて、「福の神」と言われる「仙台四郎」こと芳賀四郎さん(1860年頃~1902年頃)は江戸末期に仙台に生まれた実在の人だ。

 四郎さんは知的障害者で話すことも不自由だったが、訪れる店は皆繁盛するとして、あっちこっちから「うちにも来て」と人気があった。没後も、商売繁盛の御利益がある「福の神」として、店舗などにその写真が飾られるようになった。
 東京あたりでも、時折、目にする。

 ところが最近では、「福の神」を知らない人が殆どで、写真を飾ってもあまり効果がないという声を聴いた。
 それはそうだろう。
 写真一枚で売り上げが伸びたら、こんな簡単なことはない。

 つまり、知的障害者や身体の不自由な人、高齢者であっても、分け隔てなく大事にする店だから、一般のお客も多くなり自然と金を落とすことになるという、こんな簡単な仕組みを忘れているからだ。
 例えば、バリアフリーに配慮した店づくりや、身体の不自由なお客や高齢者に、さりげなく気配りする経営者や店員の姿を見れば、また行きたくなるのが当然の成り行きだ。
 これは商いに限らず、公務員や国会議員まで全てに通じる極意と思う。
 また、最近では大会社や公務所でも、神棚を掲げてあるところを見かけるが、その精神を形として表現できなければ飾らないほうがいい。

 以前「運は親切をした相手の背中から来る 」と、「客家(中国ユダヤ人)18の教え 」を紹介したが、「仙台四郎」を大切にした精神と相通じるものがありそうだ。
 http://z-shibuya.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/post-fc57.html

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