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2013年10月 5日 (土曜日)

短編「尾灯」が教える人間の醜い本性

 10月5日の「ラジオ文芸館」は三浦綾子の短編小説「尾灯」だった。
 196678_01_1_2l『尾灯』は電子全集「毒麦の季」に収録されているが、内容は、定年前後の人は必読のはずだ。
 「今度一杯やりましょう」、
 「泊りがけで遊びに来て下さい」などと、友人同士は勿論、近しい親類同士では良くある挨拶言葉だ。
 年賀状や引っ越しの挨拶には、良く添え書きしてあるし、自分でも書いたことがある。
 しかし、そこには「本音と建て前」という人間の醜さが隠されているかもしれない。
 「尾灯」のあらすじは、
  「定年を過ぎて5年になる主人公・平川良三は札幌で夫婦二人暮らし。
 正月の朝、良三の元部下・坂崎と長男・義孝からの年賀状に目が留まる。
 良三との再会を願う坂崎。そして「泊まりがけで遊びに来てほしい」と誘う長男の義孝。その言葉を真に受けた良三は、久々の再会に胸を弾ませながら、二人が暮らす旭川へと向かう。しかし訪ねた先で直面したのは、温かい言葉とは正反対の、冷たく不誠実な対応だった・・・・・・・・・」
 主人公・平川良三は、再会を願う元部下の言葉とは裏腹に軽くあしらわれ、次に訪問した長男の「泊まBitouりがけで・・」という言葉を真に受け、その予定だったが、嫁の冷たい扱いに終電で帰宅することにする。
 終電までの時間、近くで一人酒を飲む。
 「良三は少し酒を飲みすぎた。汽車の時間に気づいて車で駅にかけつけた時、発車のベルがかしましく鳴っていた。良三が改札口を出た時、汽車は発車した。良三は、ふらふらとプラットホームにくずおれた。終列車の赤い尾灯が小さく遠ざかっていった。」
 そして思った。
 元部下や息子夫婦だけでなく、終列車にも 置き去りにされた」、初老の主人公に我が身を重ね、かつて、自分が現役当時に職場のOBや、両親らに似たような振る舞いをしていなかったと・・・・・・・・・。
 だが今となっては、「赤い尾灯」を見送る主人公の心境と大して変わりない。
  更に、
 震災後、「」とか「思いやり」などの建て前言葉が流行ったが、直後に「がれき処理」と言う現実問題が提起されたときの、日本中は拒否反応は見事だった。
 言葉だけは簡単に綺麗ごとを並べるが、その人間を「一皮むいたときの真の姿が、これなのだ」と、三浦綾子は「尾灯」で嘆きながら教えているのであろうか。

 最後に断っておくが、小生が年賀状などに「今度一杯やりましょう」、「ゆっくり泊りがけで遊びに来て下さい」などと記載したら、これは本音なので誤解がないように・・・・。

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