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2013年3月27日 (水曜日)

「山吹の里」は神田川の面影橋近く

 今日27日は、JR大塚駅近くと都電・面影橋駅近くに行く用事が出来た。P_011

 大塚の用を済ませ、都電で終点・早稲田駅の一つ手前「面影橋」駅で降りる。
 直ぐ近くを神田川が流れているが、ここに架かる橋が「面影橋」P_623
 「山吹の里」の碑は面影橋北の豊島区高田1丁目18番1号「オリジン電気会社」の正門脇にある。

 神田川沿いの桜は満開だが、今日は朝から小降りの雨だ。
 当然、傘は差しているが雨から思い出したのが、
 「七重八重 花は咲けども 山吹の 実のひとつだに なきぞかなしき」(後拾遺集)。
 太田道灌の「」と里の娘の「実の」をかけた山吹の里伝説は有名だ。
 山吹の花言葉は「気品」「崇高」。
 4月中旬には山吹の花が見頃になるそうだ。
 我が家にも一本植えたくなった。

 山吹の里伝説P_03
 文明年間(1469~86)、太田道灌がこの付近に鷹狩りに来た時、急雨に降られて近くの農家でを借りようとした。家の中から出てきた娘は、庭に咲く山吹の花を手折って道灌に捧げた。
 道灌はその意味が理解できずに帰り、近臣に事の次第を話したところ、そのうちの一人が、中務卿兼明親王の
「七重八重花は咲けども山吹の実の(蓑)ひとつだになきぞ悲しき」
の歌を借りて、家に蓑がないから貸すことができないとの意を表したのだろうと話した。
 自分に歌心のないことを恥じた道灌は、その後、和歌の道に励んだという。
 この娘は紅皿といい、その墓と称される碑が区内東大久保の大聖院にある。

 面影橋伝説
 戦国時代に、この地に来たという和田靱負という武士の娘於戸姫の伝説である。結婚を断った武士にさらわれ、気を失ったところを杉山三郎左衛門夫婦に助けられ、やがて近所の小川左衛門に嫁いだ於戸姫は、夫の友人に夫を殺され、仇はとったものの、自分の身に相次いで起こる不幸から、家を出て神田川の川辺でわが身を水に写し、亡き夫を想いながら川に身を投げて夫の許に急いだ。里人は於戸姫の心情を思いやり、面影橋・姿見橋と名付けたという。

 

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