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2013年2月 7日 (木曜日)

今日、2月7日は「北方領土の日」

 よもや忘れてはいないだろうか。Hoppo
   2月7日は「北方領土の日」だ。
 1855年のこの日に、日魯通好条約が調印されたことにちなみ、北方領土返還要求運動の全国的な盛り上がりを図るために設定された。

 毎年、「北方領土返還要求全国大会」が、東京で開催されるほか、この日を中心として全国各地で講演会やパネル展、返還実現のための署名活動などさまざまな取組が行われている。
   その中の一つに、北方領土への関心を高めようと中高校生を対象に実施されている「北方領土と私たち作文コンクール」が、全国で盛り上がりをみせている。
 尖閣諸島の国有化に反発する中国でのデモ発生など、深刻化する領土問題への関心の高まりが背景にあるとみられ、初めて実施に踏み切ったり、過去最多の応募数となったりした自治体もあるそうだ。

最優秀賞(京都府知事賞)
 「ビザなし交流」からみえてきた北方領土問題
      京都府立須知高等学校 三年 星山 紗輝
 「国後島では、携帯電話が日本の国内通話でつながる。」
 それって本当のこと、今も強く印象に残っています。昨年六月に、私たちの 学校は、ビザなし交流でやって来た北方四島の高校生たちを迎えました。
 これ は、その事前研修で先生から聞いたことです。
 先生は、ビザなし交流で訪れた 国後島で実際に経験されたそうです。国後島はそれくらい北海道に近い日本の 島であり、でもそう簡単には行けない島でもあります。北方領土問題は近くて 遠い島をめぐる問題というのが私の第一印象です。
 また、その研修会では、ビデオを見たり、国後島を訪問した先生から、島の 実際の様子を聞かせてもらいました。
 ふと、そのときに疑問に感じたのが、「な ぜビザなし交流なのか」ということでした。その疑問に対する先生の答えは、 「ビザを使ったら、ロシアの領土として認めることになるから」ということで した。北方領土問題は、国と国との領土や主権に関わる難しい問題であること も同時に感じました。ビザなし交流は、実に友好的に行われたけれど、北方領 土問題は、自分が考えていた以上に深刻な国際問題であることを実感しました。
今回の学習を通じて、北方四島は歴史的な事実や国際法に照らして日本の領 土であることは紛れもない事実です。北方四島は、当然日本に返還されるべき 島々です。日本政府は、外交を通じてロシアに返還を強く要求すると同時に、 国連などの場でも、もっと正々堂々と主張すべきです。
 ただ、「ビザなし交流」で北方四島の高校生達を迎え、実際に交流すること で、また違った北方領土問題の一面が見えてきました。やって来た高校生たち は、大変フレンドリーで、私たち日本の高校生とほとんど変わりませんでした。 そんな様子を見て、もっと知りたい、もっと仲良くなりたいと思いました。そ れで、彼らが島に帰ってから手紙を書くことにしました。しかし、宛先が分か らず、北方領土問題対策協会にお願いをして届けていただきました。こんなふ うに、北方四島の高校生に親しみを感じる反面、ロシアとの領土問題を考える と、とても複雑な気持ちになります。
 それは、やってきた高校生や多くのロシア人が北方四島に暮らしているとい う事実です。この事実が、北方領土問題の解決をさらに難しいものにしていま す。今回のビザなし交流を通して、北方領土問題のさまざまな面を学ぶことが できました。これは、教科書やビデオ研修では到底感じ取ることができないも のでした。リアルな北方領土問題を学んだと言ってもいいと思います。Image
 こうした経験をふまえて、今、私が北方領土問題の解決に向けて思うことは、 日本の道理ある返還要求を主張し続けることです。同時に、外交交渉である以 上、時に対応は機敏で柔軟であるべきです。以前に実現しかけた二島を先に返 還してもらうことなど柔軟な選択も大胆にすべきだと思います。そして同時に、 現に北方四島に暮らしているロシア人の人権や利益や希望も最大限に尊重すべ きです。こうした姿勢を貫いてこそ、北方領土問題解決の糸口が見 えてくるの ではないでしょうか。
 私は、ビザなし交流を通じて、あまり関心のなかった北方領土問題について さまざまな視点から学ぶことができました。
 以前の私のように、北方領土問題 に深い関心を持っている人は少ないのが現状です。本当のことを実感を持って 知ってこそ、胸を張って北方四島は日本の領土であると主張することができま す。私が経験したように、日本の多くの青少年が学び、そして関心を高めてく れることを願っています。

 

【海防】きょう北方領土の日 ロシアによる拿捕根絶せず 暗黙の国境守る海保巡視船
               2013.2.7 08:13
 中国の挑発行為が過激化する沖縄・尖閣諸島周辺海域同様、緊迫した海域が日本周辺を取り巻いている。ロシアによる不法占拠が続く北方領土周辺も緊張の海域だ。ロシアによる日本漁船の拿捕は根絶できず、海上保安庁は巡視船艇を常時配備、警戒監視を続けている。7日、北方領土の日を迎えた。
 北方四島周辺の北海道東方海域を管轄するのは、第1管区海上保安本部の根室海上保安部。下部機関の羅臼海上保安署も含め計6隻の巡視船艇が配備される。全国に2隻しかない砕氷型巡視船もある。
 北方領土の日を翌日に控えた6日、気温氷点下2・3度、流氷も間近に迫る。この日も巡視船がパトロールを続け、日本漁船が北方四島に近づきロシア当局に拿捕されないように漁船に注意を促すなどした。
 海保巡視船が警戒するのは「いわば暗黙のライン」と、海保幹部は表現する。日露間には、北方領土問題で平和条約が締結されておらず、国境線を定める協議ができていない。
 このため、北方四島と北海道東方との中間ラインというのは、「ロシアが主張する国境にすぎず、多くの悲劇を生んできた」(海保幹部)。周辺海域は、世界的にも水産資源の豊かなことでも知られる。根室東端の納沙布(のさっぷ)岬から歯舞(はぼまい)群島の貝殻島までは、わずか3・7キロ。小型漁船でも簡単に出漁でき、近づく日本の漁船が横行し、旧ソ連やロシアの国境警備艇に拿捕されるケースが後を絶たなかった。
 高出力のエンジンを並べ短時間で中間ラインをまたぎ、漁をして戻る「特攻船」のほか、日本の雑誌や情報などを渡す見返りに、ソ連当局から北方四島周辺での漁を許される「レポ船」と呼ばれる漁船も存在していた。
 根室海上保安部の動向をソ連当局に伝えていた漁師もいたとみられ、勤務経験がある海保幹部は「休みの日でも誰かにあとをつけられていた。陸に上がっても緊張の糸を切れなかった」と振り返る。
 旧ソ連やロシア側は密漁に強硬な態度で臨んでいる。拿捕は平成元年から10年の10年間で66隻、11年から20年でも49隻に上る。ただ最近は急減している。「ソ連時代は何の意思も探れなかったが、東西冷戦が終結し、状況が一変したことが大きい」。海保幹部は説明する。
 12年9月にはロシアの国境警備庁(現・国境警備局)と海上保安庁の両長官が情報交換などの実施に関する覚書に署名。ようやく意思疎通が図れるようになった。担当者間のホットラインもでき、違法操業に対する日露当局の取り締まりも円滑化し、特攻船などは姿を消した。
 それでも、ロシアが引く「国境線」は存在。18年には、無許可で貝殻島付近で操業していたカニかご漁船「第31吉進丸」が警備艇に銃撃・拿捕され、乗組員1人が死亡する事件もあった。
 「ロシアは警備艇を巡回させることで主権が及ぶことを示し、われわれはそれに合わせ、日本の漁船の安全を淡々と守るだけ」。海保の別の幹部は語る。海保巡視船とロシア国境警備艇の中間線を境にした無言の対峙は続く。
◇北方領土の日 北方領土問題に対する国民の関心と理解を深め、北方領土返還の機運を高めようとする記念日。昭和56年1月に毎年2月7日を北方領土の日とすることが閣議決定された。東京で官民一体となった北方領土返還要求全国大会が開かれるなど、この日を中心に各地で啓発活動が行われている。2月7日は、1855年の日露和親条約締結日で日露国境が定められ北方四島が日本の領土と確定した。

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