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2012年8月31日 (金曜日)

日本×韓国×北朝鮮「敵の敵は味方」

  3日間にわたる日朝政府間協議が31日、終了した。拉致事件が今後、議題に取り上げられるかどうかは明確ではないが、「双方の関心事項」で合意し、近く局長級協議が開かれる見込みで、拉致被害者の家族は次回の交渉に期待をつないだ。

 もし、拉致問題解決に前進すれば、民主党政権にとっても大変な実績となる。
 兵法三十六計 第三計 借刀殺人(刀を借りて人を倒す)と言う戦法がある。
  この、借刀殺人の計略は、敵の敵を利用する方法で、三国志において頻繁に使用された計略とされる。
 外交戦略上、二国の内どちらかを利用して、もう一方を叩くという戦術だ。
 日韓関係がギクシャクしている最中、北京で北朝鮮と協議が開始されているが、今こそ、拉致問題を解決させ、北朝鮮と国交正常化を図り、韓国に南北から圧力をかけるときだ。
 

横田めぐみさん、2001年に生存 政府、2ルートから情報
           2012.8.31 02:00
 
 北朝鮮が、1994年4月に「死亡した」と説明している拉致被害者、横田めぐみさん=拉致当時(13)=は、それ以降に再婚し、男児を出産、少なくとも2001年時点で生存していたとする情報を、日本政府が入手していることが30日、分かった。060418shasin22_3
 情報はまったく別の2ルートからもたらされている。政府は北朝鮮側の説明の矛盾点として分析を進めている。
 関係者によると、情報源の一つは、北朝鮮の内部事情に精通する消息筋。
 情報によると、めぐみさんは93年3月、当時の夫だった韓国人拉致被害者で、特殊(工作)機関に勤務していた金英男(キム・ヨンナム)氏(50)と離婚。家庭内暴力などから不仲になった。拉致被害者を監督する北朝鮮当局者は再三、金英男氏を指導したが改善されず、めぐみさんが精神的に衰弱していたため、当局が離婚させた。その後、精神科で治療を受けさせたという。
 めぐみさんは94年9月、別の対日工作員の男と再婚し、96年11月に男児を出産。2001年当時、平壌市龍城区域の招待所で生活していたという。
 もう一つの情報源は、02年11月に脱北した朝鮮労働党の元工作員(58)。
 元工作員は、韓国の北朝鮮向けラジオ「自由北朝鮮放送」に手紙を送付。
 手紙によれば、金英男氏は酒癖が悪く、暴力が原因でめぐみさんとけんかになり、93年3月に離婚。その後の再婚時期や出産時期、01年時点で生活していた招待所についても、消息筋の情報と一致している。
 北朝鮮側は当初、めぐみさんについて、離婚したとされる「93年3月に自殺」としていたが、帰国した拉致被害者がめぐみさんを94年まで目撃していたことが明らかになると、時期を「94年4月」と訂正した。
 政府は、帰国した被害者から「めぐみさんは夫と93年春に別居していた」との証言も得ており、2ルートの情報と合致する。
 帰国した被害者が家族会などに「めぐみさんが精神的に不安定になり、入院した」と証言した時期と、消息筋の情報も内容がほぼ一致している。

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