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2012年6月 9日 (土曜日)

感謝状~母へのメッセージ~

 郷里、山形県からの帰路は、心が重かった。
 「点滴にして下さい」とお願いしたが、あれで良かったのだろうか。
 老人ホームで寝たきりの母の顔が、いつまでも脳裏にこびりついて離れない。

 数日前に担当医師から、胃瘻を造るか、点滴でいくか、決断を迫られていた。
 数年前、東京にいた当時、介護のテレビ番組の末期老人の姿に、「こんな風に、管だらけにしてまで生かさねでくれ。」と言われていたことが唯一の判断材料だ。
 そのときは、「分かった」と簡単に返事をしたが、いざ、この場面で決断を迫られると、二つ返事とは行かないものだ。  

 新幹線の帰路、熊本県出身の演歌歌手、島津亜矢の、「帰らんちゃよか」がFMから流れはじめた。
 
 親が子供のことを心配する様子を切々と歌い上げている。
 
 心配せんでよか 心配せんでよか
 親のために おまえの生き方かえんでよか
 どうせおれたちゃ 先に逝くとやけん
 おまえの思うたとおりに 生きたらよか

 

 このフレーズで、思わず涙が溢れた。
 似たような言葉を幾度言われたことか。本音は違うのに・・・・・・・・・。

 そして、続けて流れた「感謝状 ~母へのメッセージ~」で、顔をくしゃくしゃにされた。
 今日は、新幹線の窓ガラスも一緒に泣いている。
 東京駅に到着したら、このCDを探す。

帰らんちゃよか
 
作詞:関島秀樹  作曲:関島秀樹

そらぁときどきゃ 俺たちも
淋しか夜ば過ごすこつも あるばってん
二人きりの 暮らしも長うなって
これがあたりまえのごつ 思くうよ
どこかの誰かれが 結婚したとか
かわいか孫のできたて聞くとも
もう慣れた
ぜいたくば言うたら きりんなか
元気でおるだけ 幸せと思わんなら
それでどうかい うまくいきよっとかい
自分のやりたかこつば
少しはしよっとかい
心配せんでよか 心配せんでよか
けっこう二人で
けんかばしながら暮らしとるけん
帰らんちゃよか 帰らんちゃよか
母ちゃんもおまえのこつは
わかっとるけん

そらぁときどきゃ 帰ってきたり
ちょこちょこ電話ばかけてくるとは
うれしかよ
それにしたって 近頃やさしゅなったね
なんか弱気になっとっとじゃ なかつかい
田舎があるけん だめなら戻るけん
逃げ道にしとるだけなら 悲しかよ
親のためとか 年のせいとか
そぎゃんこつば 言訳にすんなよ
それでどうかい 都会は楽しかかい
今頃後悔しとっとじゃ なかっかい
心配せんでよか 心配せんでよか
父ちゃんたちゃ
二人でなんとか暮らしてゆけるけん
帰らんちゃよか 帰らんちゃよか
今度みかんばいっぱい 送るけん

心配せんでよか 心配せんでよか
親のために おまえの生き方かえんでよか
どうせおれたちゃ 先に逝くとやけん
おまえの思うたとおりに 生きたらよか

「感謝状~母へのメッセージ~」
作詞:星野哲郎  作曲:弦哲也
ひとりだけの とき
誰もいない とき
そっと小声で 呼ぶのです
お母さん お母さん
呼んでいる内に 口の中が
甘く切なく なるのです
お母さん お母さん
あとになり さきになり
歩いた 砂山
あとになり さきになり
さがした しあわせの星
お母さん お母さん
あのときも 言えなかった
あなたに贈る ありがとう

旅に泣いた とき
とても寒い とき
窓に名前を 書くのです
お母さん お母さん
書いている内に 胸は晴れて
生きる希望を みつけます
お母さん お母さん
あとになり さきになり
連れとぶ かもめは
あとになり さきになり
あなたと さがした倖せ
お母さん お母さん
あのときも 言えなかった
あなたに贈る ありがとう

お母さん お母さん
あのときも 言えなかった
あなたに贈る ありがとう
あなたに贈る 感謝状

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