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2011年12月 7日 (水曜日)

吉本興業研究「芸人もヤクザも根っこは同じ」

  昨日12月6日から、産経新聞になかなか骨のある記事が掲載中だ。
 まず、第一部の「吉本興業研究」は「芸人もヤクザも根っこは同じ」と題して、「紳助ショック」、そして、今日7日は、「消された社史」「若ぼんと三代目の蜜月」のタイトルで掲載された。
 これを読むと、吉本興行と暴力団・山口組の付き合いは相当に古いことがわかる。
 吉本興業に所属する芸人はもとより、応援する国民も、このような裏社会とのつながりを知るべきだ。
 つまり、吉本興業を応援する人は、暴力団も応援してしていることになる。
 今のように吉本興業が大きくなった陰には、暴力団の存在があったのは間違いないし、今は縁を切ったから関係ないでは済まされない話だ。
 けっして褒められたものではない。

 
 
吉本興業研究消された社史「若ぼん」と「3代目」の蜜月 第1部「黒い影」編)                       2011.12.7 10:36
 平成4年8月に発刊された吉本興業の社史「吉本八十年の歩み」には、編纂段階で意図的に消された歴史がある。
 吉本の「中興の祖」として知られ、3年4月、92歳で他界した元会長、林正之助にまつわる1つの事件。それは吉本社内では“タブー”とされた暗い過去でもあった。
 昭和43年1月、正之助は経営不振に陥った兵庫県西宮市のレコード会社「マーキュリーレコード」の乗っ取りを画策。
 山口組の威を借り、レコード会社社長らを脅したとして、恐喝容疑で兵庫県警に逮捕された。
 「わしが親分に電話したら、山口組の兵隊を300人は呼べるんや。血の雨降らしたるぞ」。この事件で正之助が言い放ったとされる脅し文句は、当時の吉本と山口組がいかに深い関係にあったかを如実に示す。
 吉本の企業体質を知る上で、決して無視できない事実だが、なぜ社史からこの事件が消されたのか。
 編纂を担当したよしもとクリエイティブ・エージェンシー取締役、竹中功(52)は振り返る。
 「あのときは会長もご存命でしたから、とても掲載できるような状況にはなかったですね…。『なんで吉本の汚点になるようなことをわざわざ載せるんや』って言われるに決まってますから」
 竹中は来年4月に創業100年を迎える百年史編纂の責任者でもある。ただ、正之助の事件に触れるかどうかは「今の社長なら『ええんちゃう』の二つ返事でしょうけど、正直微妙ですね…」。
 吉本興業の起こりは、明治45年に吉本泰三、せい夫妻が、大阪天満宮近くの「第二文藝館」という小さな寄席小屋を買収したことに始まる。当時の演芸界の主流だった落語ではなく、漫才や義太夫など、「色物」と呼ばれた傍流の芸が中心のプログラムを編成、大衆の人気を集めて瞬く間に上方演芸界を席巻した。
 「花と咲くか、月と陰るか、すべてを賭けて」。興行の世界で成功するか失敗するかを花と月になぞらえ、傘下に収めた劇場はすべて「花月」と改名し、チェーン店化にも成功した。
 その後も「近代漫才の祖」と呼ばれた横山エンタツ・花菱アチャコのコンビを世に送り出すなど、せいの実弟だった正之助は芸人のマネジメントでも辣(らつ)腕(わん)を振るったが、ライバルの興行会社から人気芸人を引き抜くことも多く、トラブルが絶えなかった。社史に「若ぼん」として描かれた正之助の人物像はこうだ。
 《興行の世界にはヤクザが絡む。吉本の若ぼんには、ヤクザたちも迂闊(うかつ)に手を出せない強さがあった。それがもし欠けていれば、ヤクザ者だけではなく、ほかの興行主たちに好きなように荒らされ、吉本の今日の隆盛はなかったのではないか》
 裏社会との間に有形無形のコネクションをつくり、この関係をうまくコントロールできるかが興行師としての腕のみせどころだった時代。現在の尺度からみれば逸脱した関係だが、芸人という「異能者」たちを束ねる彼らにとって、ヤクザとの付き合いは必要不可欠だった。
 だからこそ、希代の興行師として名をはせた正之助は、山口組3代目組長、田岡一雄との関係も公言してはばからなかったのである。兵庫県警が昭和43年10月に内部資料として作成した「広域暴力団山口組壊滅史」には、正之助と田岡の親密な関係を指摘するこんな記述がある。
 《大阪中央体育館でのプロレス興行に田岡と同席して観戦したり、昭和40年2月、林の亡妻の葬儀に田岡が参列し、その後、田岡の入院先である尼崎労災病院へ林がしばしば見舞うなどのことがあげられる》
 「壊滅史」では、正之助が田岡の妻名義で吉本興業株4080株を持たせていたことも触れており、県警が「山口組準構成員」と位置づけ、正之助をマークしていたことが分かる。
 芸能界の頂点に立った吉本と、日本最大の暴力団組織との因縁めいた関係。「壊滅史」の巻末には、吉本の実態を知り驚愕(きょうがく)した捜査員の所見が付記され、こう綴(つづ)られている。
 《林のこれらの所業が明らかになるにつれ、「笑いの王国」として有名な吉本興業の暗い一面にりつ然としたのである》 (敬称略)

吉本興業研究】第一部「黒い影」編(1)紳助ショック 芸能界の常識やった
                                      2011.12.6
 「親父(おやじ)にまで心配をかけてしまって、ほんま情けないわ…」
 10月20日、元タレント、島田紳助(55)=本名・長谷川公彦=の父、民雄が静かに息を引き取った。享年87。老衰だった。
 暴力団との交際を理由に芸能界を引退したのは今年8月。それからわずか2カ月後の父の訃報に、紳助はひどくうなだれていたという。「心労も重なっていたと聞いています」。親族の一人は振り返る。
 病床にありながらも、息子の行く末を案じていたという父。京都市内で営まれた葬儀は、近親者だけで執り行われ、タレント時代の仲間にも父の死は伝えられてはいなかったが、吉本興業社長、大崎洋(58)はただ一人参列した。
 「僕にとっては家族みたいなもんやからね」。もっとも、デビューしたてのころから紳助を知る大崎にとって、彼への思い入れは人一倍強かった。ただ、大崎の目には、久しぶりに会った紳助の頬がこけ、少しやつれたように映った。
 「運動も節制もしてるし、ちょっと締まったやろ」とおどけてみせた紳助に、大崎はすかさず「ほんまやなー、でもその方がええやん」。
 何げないやりとりだったが、大崎は何かを感じ取ったのだろうか。「あれ以来、生きる意欲みたいなんがダウンしてたら、すごく嫌やったし。それに僕と紳助にしか分からへん思いもあるからね」
 芸能界を去り「一般人」として生きる道を選んだ紳助。彼にとっても、大崎の存在は今も特別なのかもしれない。
      ■  ■
 「大崎さんごめん! ほんまに忘れててん」。9月9日に発売された写真週刊誌に暴力団幹部との同席写真が掲載された翌日、大崎の携帯電話に紳助から着信が入った。引退会見で写真や手紙の存在を否定した紳助だが、自身の発言の信憑(しんぴょう)性にかかわる内容だっただけに、紳助は「嘘をついてたんとちゃうんや」とわびたという。
 大崎は今でもたまに紳助と携帯メールを交わす。「寝られへん」「どうしよう」…。大崎によれば、女子中学生のように末尾にハートマークがついていることもあるそうだが、このエピソードからは紳助の内面的な弱さもうかがえる。
 「テレビ時代の寵児(ちょうじ)」ともてはやされ芸能界の頂点にまで上り詰めた彼が、なぜ暴力団との関係を断ち切れなかったのか。大崎は興味深い見方を示す。
 「僕も偉そうなこと言えないですけど、純粋で子供だったと思うんです。良くも悪くも、相手がだれであろうと、自分が助けてもらったことへのお礼がしたかった。彼なりに筋を通したんだろうし、そういう意味で罪の意識もなかったんやと思う」
      ■  ■
 全国の都道府県で暴力団排除条例が施行され、「暴排元年」ともいわれる今年。紳助の引退を契機に、芸能界と暴力団の関係が注目を集めた。
 両者の関係は古く、昭和33年に山口組が芸能プロダクション「神戸芸能社」を旗揚げし、美空ひばりらを専属歌手として抱えたのはよく知られた話だ。
 むろん、「興行」の世界が暴力団との持ちつ持たれつの関係で成り立った歴史はぬぐいようもない事実である。それだけに紳助の引退が引き金になった芸能界と反社会的勢力の決別キャンペーンには、芸能界の「常識」の中で長年生きてきた人間ほど複雑な感情を抱いたに違いない。
 あるベテラン漫才師もその一人だ。
 「芸能に従事する人はみな、近世まで『河原者』と呼ばれ、庶民のあこがれと同時に、蔑視の対象でもあったでしょ? 僕はそういう意味で、芸人もヤクザも根っこのところは同じやと思うてます。芸人にとって、堅気の人でも、ヤクザでも劇場まで見に来てくれたら、お客さんには変わりないんですよ。でもね、それは昔の話なんです」
 彼に言わせれば「同胞」にも似た奇妙な関係だが、過去との決別を図る吉本に降って湧いた問題こそ、紳助ショックだった。(敬称略)

 来年4月で創業100年を迎える吉本興業。第一部は、紳助引退で浮かび上がった暴力団との関係に焦点を当てる。

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