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2011年11月に作成された記事

2011年11月30日 (水曜日)

気を付けよう「駟も舌に及ばず」

 「駟も舌に及ばず」とは、一度口から出した言葉は、四頭立ての馬車で追い掛けても追い付かないこと。Seian
 昔の中国には、「(し)」という一番早い乗り物があった。しかし、口から出た言葉は、この乗り物より早いという教えだ。
 

 
   防衛省沖縄防衛局の田中聡局長は、11月28日夜、那覇市内で記者団との居酒屋の懇親会の席で、普天間基地の名護市への移設計画に伴う環境影響評価書の提出時期を一川防衛大臣が明確にしていないことについて、「犯す前にこれから犯すとは言わない」と言う趣旨の発言したと言う。
 思えば、この程度の沖縄を廻る不適切発言は珍しいことではない。

 しかしだ、完全オフレコと事前に約束し、いろいろ発言させた後で、「その話はいただき」と、他社や取材相手との約束を破って、翌日には記事にするのは詐欺師と同じだ
 田中聡局長は、記者たちに上手く乗せられ、可哀想だと思っている。
 翌日には、直ぐにも記事にした琉球新聞の記者の性根が分かる。
 この琉球新聞記者の今年のボーナスは間違いなくアップするだろう。
 そして、田中聡元局長が新聞記者アレルギーになることだけは間違いない。

沖縄不適切発言:日米高官ら過去にも…主な発言一覧
 (※役職名は当時)
 94年9月 防衛施設庁の宝珠山昇長官が那覇市内での記者会見で「沖縄は(米軍)基地を受け入れることによって共生、共存するべきだ」と発言。後に発言を撤回し、謝罪。
 95年10月 宝珠山長官が記者団との懇談で、沖縄県知事の代理署名拒否問題について「そもそも首相の頭が悪いからだ」と発言し辞任。
 95年11月 リチャード・マッキー米太平洋軍司令官が、沖縄の駐留米兵3人が起こした少女暴行事件を巡り「犯行に使った車を借りる金があるなら、売春婦を買えたのに」。発言の責任を取り、司令官を辞任。
 05年10月 石原慎太郎・都知事が記者会見で普天間の移設先を巡り「沖縄みたいにたくさん空いている土地があってね。伊江島なんてのは普天間にわりと近くで滑走路が2本もあってほとんど使ってない」と発言し、批判を浴びる。
 10年12月 仙谷由人官房長官が記者会見で沖縄の米軍基地負担について「こういうこと(基地負担)について甘受していただくというか、お願いしたい」と発言。翌日に撤回。
 11年3月 米国務省のケビン・メア日本部長が10年末、米大学生らへの講義で沖縄について「ごまかしとゆすりの名人」と発言したことが発覚し、日本部長を更迭される。
毎日新聞 2011年11月29日 23時24分

 

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餅は餅屋に任せろ

  最近の昼食を思い起こすと、中華屋、豚カツ屋、カレー屋、定食屋の順で多い。
 それぞれ有名店なので、店名を出さないが、いずれも渋谷駅東口周辺だ。
20111128
  注文するメニューは、各店2~3種類であまり多くないが、先日カレー屋で珍しく「カツカレー」を注文した。
 しかし、カレーが美味い店でカツカレーを食べたら、レトルトのカツで味が今一つだった。
 それではと、豚カツの美味い店でカツカレーを食べたら、レトルトのカレーで不味かった。
 どちらも、自分の口に合わないことを確認した。

  あらためて、カレー店はカレーが主役でトンカツは脇役、豚カツ店は豚カツが主役でカレーは脇役なのだと気づいた。
 つまり、餅は餅屋に任せろということか。

 こんな程度のことに最近気づいて何故か安心している。
 きっと、カツもカレーも旨い、至上の「カツカレー」は永遠に誕生しないだろう。
 もし出来るとしたなら、どちらも味に評判の「豚カツ屋」と「カレー屋」が合併する意外にない。
 結論は、当分の間は「カツカレー」は注文しないことだけは確かだ。

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2011年11月29日 (火曜日)

「善いことをしながら悪事を働く」

 『鬼平犯科帳』の著者・池波正太郎は、「谷中いろは茶屋」の場面で「人間というものは妙な生きものよ。悪いことをしながら善いことをし善いことをしながら悪事を働く。」と鬼平に言わしめた。
 単純明瞭で奥深いセリフだ。

 最近、山形県の人口1万5千余の小さな町・遊佐町で公職にある方々の不祥事が相次いだ。
  郷里のことを、このように屋上屋を重ねることは不本意だが、あえて「悪事千里を走る」と指摘させていただく。

 まず、今年7月には遊佐中の社会科担当S教諭(49)は、女性のスカート内を盗撮しようとしたとして山形県迷惑防止条例違反の疑いで逮捕された。
 続いて、元遊佐町体育協会長(70)が、未公開株への投資で失敗し、その穴埋めのために住民から借りた金を返済できず、貸金請求訴訟を酒田簡裁に起こされた。
 更に、遊佐町総務課に勤務していた40歳代の元男性主任が今年9月、町民体育館事務室の金庫から現金25万8300円を盗んだとして、内々に停職6カ月の懲戒処分を受けていたことが明るみになった。

 現代社会はインターネットの時代、犯罪的行為や悪い評判は、たちまち遠方まで知れ渡ってしまうのだ。
 このあたりでは、小・中・高等学校の先生や町役場の公務員はエリート扱いされ、模範的住民として期待されている。
 その人数は住民の精々5パーセント以下、数百人程度だろう。
 当然、この人たちには高いモラル意識を期待される。
 こんな恥ずかしい行為をしてはいただけない。

 ただ残念ながら、このような公務員や高い役職の不祥事が発覚し、警察に検挙されたり、公に問題となるのは氷山の一角と見るべきだ。

  『鬼平犯科帳』の主人公・火付盗賊改方長官・長谷川平蔵の台詞、
 「人間というものは妙な生きものよ悪いことをしながら善いことをし善いことをしながら悪事を働く。」を思い出した。


遊佐町職員、体育館の金庫開け窃盗 懲戒処分後に辞職、町が規定の退職金   http://yamagata-np.jp/news/201111/26/kj_2011112600806.php
                          2011年11月26日 
 
 

遊佐住民ら、元遊佐町体協会長を提訴 株投資失敗で計5000万円借金
    http://yamagata-np.jp/news/201109/04/kj_2011090401190.php                                                      2011年9月4日 
 
町教育長「指導足りなかった」と陳謝
  http://yamagata-np.jp/news/201107/27/kj_2011072702104.php
                                                                2011年7月27日
 

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2011年11月28日 (月曜日)

渦中の人・江川卓氏「大人の発言」

 
 読売巨人軍にまつわる騒動の発端は、一度決まったコーチ人事を渡辺恒雄球団会長が覆し、江川卓氏(56)をヘッドコーチに迎え入れようとしたことだったという。

  清武英利前球団代表兼ゼネラルマネジャー(61歳)は、
 渡辺会長の発言から、「巨人はスターがいない。江川なら集客できる 。彼は悪名高いが、悪名は無名に勝る。彼をヘッドコーチにすれば、次は江川が監督だと江川もファンも期待するだろう。しかし、監督にはしないんだ」と説明があったと語った。

  いずれにしてもこの騒動には、大金を叩いても優勝できない、落ち目の巨人軍の悲哀が隠れている。
 このままでは、巨人軍の隆盛は二度とないように思える。
 その原因は何も野球だけではないが、近年の若者の「プロ野球離れ」「スポーツ離れ」「テレビ離れ」が加速度的に進んでいることがある。
 これも日本が豊かになり、趣味が多様化した結果であろう。
 なにも「野球離れ」は、巨人軍の責任だけではないだろう。

  一連の動きを見透かしたように渦中の江川卓氏(56)が、今後の現場復帰については「野球人として名前が挙がるのはありがたいが、今季はありません」と答えたという。
 利口な処し方だ。

  巨人ヘッドコーチ否定の江川氏「これ以上もめないで」
   http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111112-00000023-dal-base
 巨人の清武英利球団代表兼GM(61)は11日、都内の文部科学省で記者会見し、来季のコーチ人事などをめぐって渡辺恒雄球団会長(85)が介入し、対立していることを明らかにした。
 渡辺会長がヘッドコーチに就任させようとしたという野球解説者の江川卓氏(56)は11日、日本テレビを通じて以下のコメントを発表した。
 「まだ正式に話は聞いていませんが、20年も現場を離れているにもかかわらず巨人軍ヘッドコーチに名前が挙がるということは大変名誉なことだと思います。ただし、このような状況では、入団の際、小林繁氏に大変ご迷惑をかけてしまったのと同様に、岡崎郁氏をはじめ多くの関係者にご迷惑をかけてしまうことになるので、お受けするのは難しいと思います」。
 その後、江川氏は夜、都内の自宅で取材に応じた。
  騒動は「午後3時半ぐらいに都内で散髪している時に新聞記者から電話があって知った」という。
  また、巨人OBとして「これ以上もめないでと願うだけ。どちらが正しいとか、そういうのは全くない」と話した。
 コーチ就任への交渉の事実については「どこかまでは来てるかもしれない」と明言を避け、今後の現場復帰については「野球人として名前が挙がるのはありがたいが、今季はありません」と答えた。

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2011年11月27日 (日曜日)

大企業の『獅子身中の虫』達へ

  『獅子身中の虫』とは外敵には強い獅子は、獅子自身の体内にいる虫が、その寄生している獅子の肉を食って、終には獅子を倒してしまうということ。

 最近、日本を代表するような大企業の不祥事が相次いで表面化した。
 企業内部に、何か質の悪いが潜んでいるのは間違いない。
 表面化したのは
 
  架空増資事件の中堅ゼネコン「井上工業」、巨額損失隠しの「オリンパス」、巨額バクチで失敗した「大王製紙」、痴話喧嘩に揺れる「読売新聞社」、また、インドネシア運輸省幹部が汚職撲滅法違反の罪に問われ、「住友商事」も外国公務員への賄賂を禁じた不正競争防止法違反の疑いで警視庁が捜査中だ。
  これら事件・不祥事の発端は、全てに住み着いた『獅子身中の虫』であり、いつか全身に広がり獅子が倒れる運命にある。

オリンパスは最大約1300億円の含み損を抱えていたことが発覚。解任されたウッドフォード元社長が急遽来日し、同社役員の交代や経営刷新の必要を訴えた。
 既に不正を主導したという菊川剛前会長兼社長ら3人の辞任を発表している。
 オリンパスは昭和39年「ファイバースコープ付胃カメラ」を開発した会社だ。
 胃カメラは世界市場の7割はオリンパス製だという。
■「井上工業」(群馬県)は暴力団山口組系のゼネコンであることが発覚。
 架空増資事件で警視庁組織犯罪対策3課に、金融商品取引法違反(偽計)などで、金融ブローカー高橋利典容疑者(63)が逮捕された。
 既に元社長中村剛容疑者(68)や組合関係者ら7人が逮捕されている。
 この会社は、田中角栄元首相が若い時に働いていたことでも知られる。
大王製紙は創業家の3代目・井川意高前会長が、ラスベガスやマカオ、韓国斉州島などのカジノで大負けしたことから、子会社から100億円超の資金を融通させ、ついに返済できずに不祥事が発覚した。
 11月22日、特別背任容疑で東京地検特捜部に逮捕された。
読売新聞社痴話喧嘩は、佐野眞一氏が「チンピラと称するワンマン・渡辺恒雄会長の人事権行使の問題と、金食い虫で落ち目の巨人軍の問題が裏にありそうだ。
 渡辺会長は「清武GMの許されざる越権行為及び私に対する名誉毀損が多々ある」と言えば、清武GMは、コーチ問題で「江川なら集客できる。悪名は無名に勝る。監督にはしない」と反論し、独断人事の狙いを暴露した。
 近く、解雇不当、名誉毀損などで訴訟を起こすという。

  これらの不祥事に共通するのは、企業の権力者が企業を私物化しコンプライアンスを尊重する姿勢がないことだ。
 企業を私物化したい経営者は、武田薬品工業の創業家・武田長兵衛の「会社は社会からの預かりもの」を知り、「会社は社会貢献の場である」ことを学んで欲しいものだ。
 それでも、このような輩は自分では気づかない人たちであろう

 思えば、近年、多くの企業の犯罪・不祥事が明るみになった。
 ほんの一部だが、
 リクルート事件
 ライブドア事件
 牛肉偽装事件(雪印食品・日本ハム・伊藤ハム等) 雪印牛肉偽装事件
 日本ハム 牛肉偽装・隠蔽事件
 伊藤ハム 輸入豚肉関税法違反事件
 三菱自動車によるリコール隠し
 構造計算書偽造問題
 牛肉ミンチの品質表示偽装事件(ミートホープ・加ト吉等)
 船場吉兆による偽装事件
 石屋製菓による白い恋人賞味期限改ざん事件
  等々

 これら企業の不祥事の背景には、秘密主義で閉鎖的社風があるといわれ、特に同族経営やワンマン経営の企業は、上層部が絶対的な権力を持ち、独裁的な体質が醸成され、「物言えば唇寒し秋の風」の、風通しの悪い社風がつくられる。
 当然ながら、イエスマン面従腹背の幹部や社員が育つことになる。
 経営体質は、体育会系で高圧的、かつ精神論重視の会社が多いとされる。

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2011年11月26日 (土曜日)

公務員の不祥事が報道される図式

 組織によって隠蔽されがちな公務員の不祥事が、報道機関に察知されニュースになるのは内部告発よりは情報公開請求で発覚することが多い。
 よって、懲戒処分基準が厳しい公務員は明るみになる率が高く、逆の場合は公に成りにくいことになる。以前、飲酒運転の懲戒処分基準が、公務員によって大きな差があると問題になったが、それが一例だ。
 今回の不祥事報道は山形県遊佐町役場職員による窃盗事件だ。

 地方の市町村役場は同様だそうだが、遊佐町役場の職員採用は例年若干名の狭き門であり、その町出身の優秀な人達が採用されている。
 いわばその町のエリート、そして模範住民であり、身分や収入は安定し、町民からは羨望の的なのだ。
  このように期待される職員の不祥事は批判されて当然だ。
Photo
 11月26日付けの山形新聞で知ったことだが、山形県遊佐町総務課に勤務していた40歳代の元男性主任が今年9月、町民体育館事務室の金庫から現金25万8300円を盗んだとして、停職6カ月の懲戒処分を受けていたことが明るみになった。
 町役場は返したから警察に被害届は出していないという。
 「謝って済むならば警察いらない」の典型だが、町役場は単に世間に知られないように内々に済ませようとしたのに、意に反して明るみになってしまった。

 このように不祥事が報道機関に知れるのは、一部は内部告発もあるが、多くはマスコミによるの情報公開請求で発覚することが多い。
 例えば、都道府県の人事課に、「平成23年中の○○市職員の懲戒処分について」と情報公開請求すると、該当職員の個人情報を除いて公開される。
 すると必然的に、懲戒処分の年月日や概ねの概略がマスコミに知られることになり、「公務員の不祥事を組織的に隠蔽するのか」との執拗な取材により、市町村側は明るみにせざるを得ない図式となる。
 公的機関の中には、そうなることを畏れ先手を打って、懲戒処分に関する指針等により、定期的に懲戒処分を公表しているところもある。

 今回、遊佐町の不祥事発覚もそのようなものだと推測する。
 遊佐町には、平成10年9月25日に「遊佐町情報公開条例 」が制定され、次いで平成11年01月13日には、情報公開条例施行規則が制定されているが、町役場側から積極的に公開したものではないことは明らかだ。
 今回のことで町役場も、職員の犯罪行為は被害届を提出し、予め報道機関にも情報提供した方が、必要以上に大きくならないことも学んだことであろう。

 今後の対応としては、町役場は仕方なく警察に被害届を提出するか、公務員犯罪として住民から告発される運びになり、この職員は余罪を追及され、余罪等の発覚から次々に別問題が判明することが多い。
 そして、対処が後手後手になり、町役場の機能が麻痺し、住民サービスが疎かになるおそれがあることを心配する。

20113

遊佐町の行政機構と職員配置図
   http://www.town.yuza.yamagata.jp/Files/1/3048/html/shokuin23.pdf

遊佐町職員、体育館の金庫開け窃盗 懲戒処分後に辞職、町が規定の退職金  http://yamagata-np.jp/news/201111/26/kj_2011112600806.php
                          2011年11月26日 
 遊佐町総務課に勤務していた40歳代の元男性主任が今年9月、町民体育館事務室の金庫から現金25万8300円を盗んだとして、停職6カ月の懲戒処分を受けていたことが25日、町への取材で分かった。
 元主任は盗んだことを認め全額返金。処分を受けた後に依願退職し、規定通り退職金が支払われた。全額が返金されたことなどから、町は警察に被害届は出していない。懲戒処分にとどまったことに、一部町民から疑問視する声も上がっている。
 町によると、元主任は9月8日の退庁後、町民体育館に行き、体育館の指定管理者になっている町体育協会事務室の手提げ金庫から、施設管理費の現金を盗んだ。
 手提げ金庫と、金庫が入れてあった物品庫は施錠されていたが、元主任は指定管理者制度導入以前、町教育委員会職員として体育館に勤務経験があり、内部事情に詳しく鍵の保管場所を知っていたとみられる。体育館の夜間管理人が当日、体協職員の帰宅後に入室する元主任を確認していた。
 翌9日、体協職員が現金がないことに気付き、町に相談。町側の聴取に対し、元主任は金を盗んだことを認め「クレジットカードで購入した家電製品の支払いに使った」と話したという。元主任は謝罪し、数日後に全額を返金した。
 町は懲戒処分審査会を開いて10月28日、元主任を停職6カ月の懲戒処分、直属上司の総務課長を戒告処分とした。
 元主任は同月31日に辞表を出して同日付で退職した。
 手提げ金庫の中にあった現金は、町が施設管理費として町体協に支出した指定管理料の一部。町は盗まれた金が公金に準じるとして、町職員の懲罰規定に基づいて処分を決めた。
 町は、時田博機町長名で職員に対して綱紀粛正を呼び掛けるとともに、町の各指定管理者にも所管課を通じて現金管理の徹底を要請。
 金庫の鍵の保管方法については、一定のルールを設けた上で定期的に変更するなど、再発防止策も検討している。
 町総務課は「人としてあってはならないことで、重く受け止めている」としている。

盗みの職員に遊佐町が停職処分  
http://www.nhk.or.jp/lnews/yamagata/6024218541.html
 遊佐町で今年9月、現金25万円あまりを盗んだ町の職員を町が警察に届け出ないまま停職処分にしていたことが明らかになりました。
 遊佐町の時田博機町長によりますと、ことし9月、町民体育館の事務室の金庫から現金25万円あまりがなくなっているのを体育協会の職員が気付き、町に報告しました。
町で調べたところ総務課の40代の男性主任が「カードで購入した家電製品の支払いのために使った」と、盗んだことを認めたということです。
 町はこの件を警察に届け出ず、この主任に全額を返還させ、先月28日に停職6か月の処分にしました。そしてこの主任が、3日後に辞表を提出したことから、町は退職金を支払ったということです。
 警察に届け出なかったことについて、時田町長は、「全額返せば被害届けは出さないという体育協会の申し出を受けて対応した」と説明し、退職金を支払ったことについては、「弁護士と協議を重ねたうえで、町の規定に従った」としています。
                    11月26日 12時00分

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生け贄の迷信を一掃した「西門豹」

 先日、いずこかのBSテレビで、生け贄の迷信を一掃した「西門豹」の話題が流れていた。
 最近の中国は、「天安門事件」などをはじめ、ダライラマ14世の弾圧等々のチベット問題から、人権を語る資格はない国と思っている。

 しかし、昔の中国孔子孟子をはじめ偉い人がいたものだ。200810050007
 その一人は西門豹(せいもんひょう)という人だ。

 「西門豹(せいもんひょう)」は、三国志の曹操よりも600年も前の人で、孔子の弟子で、鄴の知事に起用された人物だ。
 西門豹のことは、曹操も尊敬していたそうだ。
 その証拠として、曹操も河南省安陽の西門豹の墓の近くに葬ってもらった。
 西門豹は、「河伯(黄河の神)」の生け贄を禁じたことで有名だ。

 きっと西門豹(せいもんひょう)の存在が大きかったのであろう、中国では生贄の習慣は紀元前2世紀ころにほぼ消滅したとされる。

  だからと言って、中国人が穏やかな人種とはまったく思っていない。
   日本の外国人犯罪の検挙数は中国人、韓国人・北朝鮮人の順で多いそうだし、天安門事件を思い出せば、現代の中国人の本性が分かる。
 ただ、西門豹(せいもんひょう)のような人物が、今の中国や日本にもいて欲しいと思っただけだ。

迷信を一掃する
 出自は不明ながら、孔子の弟子の卜商ぼくしょう)に政治を学び、同門の李克や、楽羊、呉起らと共に魏の文侯に仕えた。
 鄴の県令に起用された西門豹が、同地に赴任してすぐに土地の老人たちに民の暮らしぶりや問題点などを尋ねると、
 「河の神に生贄の娘を捧げる儀式を毎年行っている。儀式の費用の名目で多額の税金を取り立てらる為困窮している。だが費用のほとんどは、儀式を取り仕切る三老や役人や巫女が山分けしている。」
 と、迷信を利用して私腹を肥やしている者の存在を聞かされた。

 灌漑の必要性を感じていた西門豹は、まずこの河の神の迷信をどうにかしなければ、民の精神面でも、財政面でも問題になると考え、
 「河伯のために婦を娶ってやる時期になり、三老・巫女・父老たちが娘を黄河のほとりで送る日が決まったら報告してほしい。」
 と農民達に言い渡した。

 儀式の日、部下と共に儀式の場に現れた西門豹は、河伯の婦を呼んで来い。
 その美醜を見届けてやろうといって生贄の娘を目の前につれてこさせると、
 「これでは器量が悪すぎる。」
 「河の神様のお怒りを買わぬためにも、最も河の神と親しい者に、もっと良い娘を連れて行きますので待ってください」
 と伝える使者になってももらおう、と言って巫女の老婆を河に投じた。

 老婆が河から上がってこないのを確認した西門豹は、
 「沈めた巫女が帰ってこない。様子を見てこられよ」と言って、老婆の弟子の巫女達全員を河に投じさせ、弟子達も河から上がってこないのを確認すると今度は、
 「河の神への願いが、弟子達も帰ってこない程難航しているようなので、次いで河の神様に貢献している三老に手助けをお願いしよう」
 と言って、三老を河に投じた。
 三老も河から上がってこないのを確認すると今度は、三老も帰ってこない。
 「更に次いでとなると、多額の金銭を集めた役人であろうか」
 と言って役人を河に投げ入れようとすると、役人達は平伏して詫びを入れ、以降、河の神に生贄をささげようと誰も言わなくなり、迷信は一掃された。

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2011年11月25日 (金曜日)

占領されている証だ。日米地位協定

 日米地位協定は屈辱的な占領が継続中の証であろう。
 まもなく、この地位協定が多少は見直されるそうだ。Okinawa_intl_univ2

   そう言えば、2004年8月13日、沖縄国際大学に米軍海兵隊ヘリが墜落した事故が発生したことがあった。
 このときも地位協定が話題になっていたが、今回の見直しは、この事故や沖縄で発生する米軍関係者の事件・事故などがキッカケであろう。

 沖縄国際大学に米軍のヘリが墜落した事故は、ヘリの激突により沖縄国際大の建物は黒コゲになっていたことを思い出す。
 ところが、この事故処理は、アメリカ兵が沖縄国際大学構内に入り事故現場を封鎖しおこなわた。当然、大学関係者や学生は退去させられていた。
 これに、沖縄県警が合同で現場検証を申し入れたが、米軍は「日米地位協定」を盾に拒否した。そして、米軍は一方的に事故機を回収し、現場の土を大量に持ち去っている。
 日本政府は、米軍の行為に対して抗議すら行わなかったのだ。

 まさに、日本は未だに米軍の占領下にある証拠だ。
 こんな屈辱的な協定が今も続いていることを国民は知っているのか。
 このような日米地位協定を、根本から見直さない限り主権国家はあり得ない。
 それが今回、多少は運用を改善する方向で合意したそうだ。

日米地位協定の運用改善で合意 
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4886269.html
日米両政府は、在日アメリカ軍で働いている軍属が起こした重大な事件や事故について、日本で裁判を行えるよう、日米地位協定の運用を改善することで合意しました。
 今年1月。在日アメリカ軍で働く軍属の男性が運転する乗用車が対向車線にはみ出し、軽乗用車と衝突。運転していた與儀功貴さんが死亡しましたが、那覇地検は、軍属の男性が「公務中」とみなされたため、日米地位協定に基づき不起訴処分としました。
 この対応への遺族らの反発が続くなか、日米両政府は24日・・・。
 「負担軽減について、できることを精いっぱい一つ一つやっていく」(玄葉光一郎外相)
 軍属が公務中に起こした犯罪のうち、被害者が死亡するなどの重大な事案について、日本側での裁判権の行使を要請できるよう、日米地位協定の運用を改善することで合意しました。ただ、要請を行えるのは、アメリカ側が刑事裁判にかけないと判断した場合に限られます。
 「1月の事案について、この事案から適用しよう、と」(玄葉光一郎外相)
 アメリカ側は、1月の死亡事故の裁判を日本側で行うことに同意。那覇地検は、いったん不起訴とした軍属の男性を起訴する方針です。(25日

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2011年11月24日 (木曜日)

全面支持、選挙制度見直し

  今日11月24日の産経新聞一面に、元衆院副議長・渡部恒三氏の論文・「選挙制度見直す時期に」が掲載されていた。
 民主党にも、シッカリと情勢を分析している方がいたので少しは安心している。
 論文内容は、まったく同意見なので紹介させていただいた。
 渡部恒三議員も、是非これを実現すべく努力して欲しいものだ。

 言い放しなら、このようなブログと一緒だ。
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【国益が第一】元衆院副議長・渡部恒三 
                     選挙制度見直す時期に
                                 2011.11.24
 環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉参加の是非をめぐって、国論が二分している。国の根幹である農政だけでなく医療や金融分野での影響も少なくないとあっては、国民の賛否が割れるのも無理はない。
 残念なのは国政をあずかっている民主党をはじめとして、主要政党が党内意見を集約できないでいることだ。民主党内は賛成する者、反対する者で溝が深まり、自民党も賛成、反対が両論に分かれ対立している。結果として、国益を見据えて内政・外交の大戦略を立てなければならない大事な時にもかかわらず、国としての判断は足踏み状態に陥ってしまっている。
 イデオロギー中心の時代にはこんなことは起こらなかった。自由主義か社会主義かという二択の時代には日米安保も消費税増税も賛否は最初から決まり切っていたからだ。
 今は多様な価値観がある。しかし、国際情勢も経済も複雑化している。課題ごとに最善策は何か素早く判断しなければならない。
 TPPに象徴されるように、党内で意思決定できず国民に不信や不安を抱かせるような事態は本来、許されない。
 政治不信を生み出している原因はさまざまあるが、現行の小選挙区を中心とした選挙制度もその一つだ。 
 ムード次第で大量の政治家が入れ替わる現行の制度では、政治家が信念を持って責任ある判断を下しにくくなっている。
 例えば6年前の郵政選挙で当選した83人の「小泉チルドレン」は2年前の選挙で再び当選したのは10人程度。100人を超す民主党の「小沢チルドレン」も次の選挙でいったい何人が残るだろう。これでは見識を磨くいとまはない。
 今のような制度を作ることになった90年代の政治改革の時、私も国民には申し訳ないと思っているが、賛成した一人だ。当時はカネがかかり、政治腐敗の温床になる中選挙区を変え、政権交代可能な二大政党制にすれば政治はクリーンになると考えられたからだった。
 しかし、政治家も国民も完全に意識が変わり、クリーンな政治は定着した。中選挙区のような制度に戻し、国民の選択肢を拡大しても以前のような状態に戻る恐れはない。人物本位で選ぶ選挙制度に変えれば、大きな政策課題に直面した場合、党を割って離合集散し、解決へ前進するという道も開けるだろう。
 最高裁から今年3月、衆院選挙における「一票の格差」是正を急ぐように、という判決が出た。報道各社の世論調査でも現行の制度の抜本改革を望むという声が7割近くに上っている。そろそろ思い切って選挙制度を見直すべき時期が来ているのではないか。
 衆院制度改革のための各党協議会が開かれているが、はかばかしくないようだ。どうも私には現行制度をできるだけ変えないようにしようという姿勢のようにも見える。
 選挙はわれわれ国会議員にとってはいわば生殺与奪の権につながっている。政党によって有利な制度もあれば不利な制度もある。しかし、選挙は誰のために行うのか。
 政治家や立候補者のためではない。
 権利や意見を国政に反映する国民のための制度だ。国民の意見に寄り添い、より良い制度に近づけていく努力を始めるべきだろう。(わたなべ こうぞう)

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2011年11月23日 (水曜日)

遊佐町と縁が深い「佐倉順天堂」

 先日、仕事で千葉県佐倉市表町に四泊することになった。
 佐倉市と言えば、読売巨人軍の長嶋茂雄選手というか監督の出身地として有名だが、山形県遊佐町の方々には、佐倉順天堂のことも知って欲しい。

 佐倉順天堂は、順天堂病院の祖、佐藤泰然が開いたところだが山形県遊佐町と関連している。
 佐倉順天堂のことは、以前「順天堂と遊佐町の深い関係」でお知らせしている。
 http://z-shibuya.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/post-02f5.html

 総武本線JR佐倉駅前の観光情報センターで、佐倉順天堂記念館までの道順を尋ねると、係員が佐倉市内の案内図を渡してくれた。
 「歩くと長いですよ」と言われたが、2.5キロ程度なら散歩に丁度いい。

 途中に佐倉藩主の堀田正倫(まさとも)邸(旧堀田邸)があったので玄関先で覗いて見た。広々とした庭園が良く手入れしてあった。正倫は堀田正睦(まさよし)の4男にあたる。
 佐倉順天堂記念館は旧堀田邸から5~600メートルの距離にある。

 佐藤泰然の父は山形県遊佐町升川・次郎佐ェ門生まれの佐藤藤佐(とうすけ)。
 佐藤泰然自身は神奈川県川崎市生まれとなる。
 順天堂大学の基礎を作った人物だ。

 佐藤泰然は長崎で西洋医学を学び、江戸に戻り天保9(1838)年、薬研堀の地(中央区東日本橋・薬研堀不動院内)にオランダ医学塾「和田塾」を開設している。
 順天堂は、ここが出発点とされる。
 日本最古の西洋医学塾でもある。
 1843年「和田塾」が、名君と謳われた 佐倉藩主・堀田正睦に招かれ、現在の千葉県佐倉市本町81に移り、医学塾「順天堂」を開設している。
 「順天堂」の「順天」とは”天道にしたがう”の意味。
 記念館内には山形県や遊佐町の文字は全く見あたらないことは残念だった。
 それから、「順仁堂」遊佐病院佐藤国蔵先生も、順天堂二代目佐藤舜海(尚中)のもとで、医学修業書生として学んでいる。

 隣には、佐倉順天堂医院があるが、泰然からみて7代目になると案内人が教えてくれた。
  佐倉市では、平成23年11月26日(土曜日)午後1時00分~午後5時30分、佐倉・城下町400年記念、「第13回 時代まつり 」が行われる。また、佐倉市出身では巨人の長嶋茂雄、作家の吉川英治、マラソンの小出義雄などが有名だ。

 市の案内板には、1
 佐倉順天堂記念館は、昭和50年3月28日千葉県指定史跡旧佐倉順天堂」として指定されている。
 順天堂は、長崎に遊学後江戸に蘭医学塾を開いていた蘭医佐藤泰然が佐倉に移り住み、天保14年(1843)に開いたオランダ医学の塾です。
ここではオランダ医学書を基礎としながら、当時としては最高水準の外科手術を中心とした実践的な医学教育と治療が行われ、その名声により幕末から明治にかけて全国各地から多くの塾生が参集しました。
 泰然の養子佐藤尚中(たかなか)(山口舜海)は、長崎でオランダ軍医ポンペに学んだ後、系統的な医学教育をとり入れ、ここで学んだ塾生の多くが明治医学会において活躍しました。
 明治時代になると佐藤尚中は新政府から大学東校(現東京大学医学部)の最高責任者として招かれた後、御茶ノ水に順天堂医院を開業しました。
 一方、佐倉の順天堂は養子佐藤舜海(岡本道庵)が受け継ぎ、佐倉順天堂として医療活動を続けました。
 現在残っている建物は、安政5年(1858)に建てられたものと、その後拡充された施設の一部です。
 とある。

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2011年11月22日 (火曜日)

民主党は麻原の死刑執行が出来るか?

 11月21日、オウム事件の遠藤誠一被告に死刑判決が下され、オウム真理教による一連の裁判が終結した。
 これで、麻原彰晃死刑囚(56)本名・松本智津夫ら13人の死刑確定囚の死刑執行が可能になった。ただ共犯者がある場合は、共犯者全員の裁判が終結するまで、関係者の死刑は執行されない事になっている。
 未だ指名手配者3人か逃走していることは今後の課題となろう。゛

 そして、裁判終結により、今後、民主党政権がいつ死刑を執行するかが注目される。しかし、平成21年9月民主党政権発足以来、死刑制度に反対する人物が次々に法相に就任し、執行は2人だけだ。
 最近では死刑確定囚は120人を超え、戦後最大となっている事を忘れてはならない。

 さて、日本は法治国家であり、公務員や議員は法を尊重し遵守する義務がある。
 また、憲法で「職業選択の自由」が認められている。

 何が言いたいかというと、法務大臣刑事訴訟法 第475条(死刑の執行)を守れということと、刑務官は「死刑執行が嫌なら刑務官になるな」ということだ。

 民主党の平岡秀夫法務大臣は就任会見で、死刑の執行について「ヨーロッパ諸国などの廃止の流れや国民感情を検討して考える」と述べた上で、「考えている間は判断できないと思う」とし、当面は執行しないとの考えを示した。
 「死刑という大変厳しい刑罰を実施するには慎重な態度で臨むのは当然」(平岡秀夫法相)だという。

 死刑制度の賛否は永遠のテーマであろうが、何も現在の担当者が「考えている間は判断できないと思う」などと持論を唱えるべきではない。
 
 単に“職務放棄”の言い訳をしているとしか思えない。

刑事訴訟法 第475条死刑の執行
1.死刑の執行は、法務大臣の命令による。
2.前項の命令は、判決確定の日から6箇月以内にこれをしなければならない
 但し、上訴権回復若しくは再審の請求、非常上告又は恩赦の出願若しくは申出がされその手続が終了するまでの期間及び共同被告人であった者に対する判決が確定するまでの期間は、これをその期間に算入しない。

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2011年11月21日 (月曜日)

歯の将来を予測、酒田の歯科医師

 やや前の情報だが忘れないうちに勝手に紹介しようと思う。11
 今月11月9日(水)NHK「ゆうどきネットワーク」で、酒田市日吉町2-1-16 の日吉歯科診療所(0234-22-1837)で開業する熊谷崇先生のことを紹介していた。
 同診療所の熊谷先生は過去のデータから、歯の寿命を予測し、予防することにより、口腔の健康を守るという内容だった。
 このような名医から治療を受ける機会がある酒田市民や界隈の人たちは幸せだ。熊谷崇先生は東京出身だが、奥さんが酒田市出身で昭和55年に酒田市内に開業しているそうだ。20110404_001
 日吉歯科診療所は、歯医者としては東京にもないようなスタッフを揃えている。
 また、熊谷崇先生の著書に「歯科」本音の治療がわかる本 歯科で損をしない「歯医者さん」の探し方・選び方 がある。
 これまでの歯医者は、削っては詰めて、悪くなったらまた削る、この「歯科の悪循環」が、一生自分の歯でかむことをダメにしているという。
 
[目次]
1 得する歯科のかかり方
2 子どもの歯とからだの成長31177941
3 自分自身の病気の「かかりやすさ」を知る
4 歯を長持ちさせるためのむし歯の治療法
5 生涯、歯を失わないための治療法
6 歯がダメになった後は?
7 アゴの不調や口の中のその他の病気の治療法
8 きれいになりたい人のために
9 患者の権利や治療費のこと

著者紹介 熊谷 崇 (クマガイ タカシ)  
 山形県酒田市で夫人とともに歯科医院(日吉歯科診療所)を営む歯科医師。
 昭和17年東京生まれ。
 昭和43年日本大学歯学部卒業、同年大学院補綴科に進み、翌年中退。
 昭和46年横浜市開業。
 昭和55年、夫人の郷里酒田市に移り、保険診療を中心に開業。
 三歳児のむし歯が日本一多い山形県で、まずむし歯の予防、歯周病の予防のための診療システムづくりに精力を傾け成果を上げた。

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2011年11月20日 (日曜日)

警視庁「コールド・ケース班」

 「コールド・ケース班」のことは、11月19日付けの産経新聞に元警視総監・米村敏朗氏が「物来順応」に寄せた論文で思い出した。

 コールドケース (Cold case) 専門の捜査班は、殺人罪に時効がない米国の警察に設置されているが、日本で注目される切欠は、2008年にロス疑惑の三浦和義がサイパンで再逮捕(後に自殺)だった。米のテレビドラマ「コールドケース」や日本では「絶対零度~未解決事件特命捜査~ Special 」も人気があったそうだ。

 米国の制度を範にし平成21年11月、警視庁捜査1課に重要未解決事件を専門に捜査する「特命捜査対策室」(通称コールド・ケース班)が全国に先駆けて40数人の捜査員で設置された。
 この「コールド・ケース班」による初手柄は、2001年4月15日午後11時頃、豊島区池袋本町3丁目のアパート二階で住人の矢萩昭造さん(当時66歳)が刃物で刺殺された事件だった。この事件を、昨年2010年9月28日、隣の民家に住む派遣社員小林一生容疑者(56)を殺人容疑で逮捕している。同容疑者は当時、全身の筋肉が炎症を起こす難病を抱えており、犯行は困難だとして捜査対象外としていた。

 
 なお、1995年発生の八王子市大和田町4-26-1 のスーパーナンペイ大和田店」強盗殺人事件や、
 1996年柴又三丁目発生の上智大生殺害事件
 2000年発生の世田谷一家4人殺害事件 など一部の事件は専従捜査員を置いており、これら以外の約50件の未解決事件コールド・ケース班の対象となる。
 ※「警視庁事件ファイル 」参照
 また、2005年の法改正で、殺人罪の時効は25年に延長されたことを記憶すべきだ。

  
 それから 「物来順應」は、朱熹(朱子)の「近思録」からの言葉だそうだ。
 更に調べると、
 君子の学ぶべきは、公正で広い心を持って、何か物事が起こっても動ぜず順応することだ、という意味の一節からとった言葉で、物事が起こったときに動ぜずに順応するということは、いかなる状況においても前向きに精一杯努力する。という意味。

 今回の100%の熱意と80%の正義と題した「コールド・ケース班」の紹介や、作詞家の永六輔氏が、警視庁の警察学校で講演し、「皆さんは厳しい仕事でも、自らが正義そのものになっては、かたくなな、幅のないコチコチ人間になって、相手の立場や人Yonemuraによって違う応対もできなくなる。せいぜい正義の味方ぐらいのところが大切ではないか」。
 という話は、 「物来順應」そのものだ。

  ところで、放送作家の永六輔さん(78)が11月16日夜に自宅で転倒し大腿骨頸部を骨折し都内の病院に入院しているそうだ。
 19日生放送のTBSラジオには生で出演していた。
 高齢者は転倒が禁物だ。くれぐれもお大事に。


元警視総監・米村敏朗 100%の熱意と80%の正義
      2011.11.19
 

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2011年11月19日 (土曜日)

ブータン国王夫妻訪日に感激した。

 いろんな国々の君主、国王、大統領らの訪日を関心をもって見てきたが、ブータンワンチュク国王とジェツン王妃の立ち居振る舞いお言葉に一番感激した。
 
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 日本人はじめ、世界中の人々が訪問を敬遠するのに、ブータン国王夫妻は、ごく自然に福島県相馬市桜丘小学校に訪問された。

 国会では、東日本大震災に触れて、「このような不幸から強く立ち上がることができる国があるとすれば、日本と日本国民だ」と、語ってくれた。 
 この言葉に涙した人勇気をいただいた人心打たれた人が多いはずだ。

 一方、国王夫妻を歓迎する宮中晩さん会を欠席し、政治資金パーティーで、「私は、こちらの方が大事」と挨拶していた一川防衛相
  そして、同様に欠席していた川端総務相、細野環境相、山岡国家公安委員長らも、欠席を批判されている。
 山岡国家公安委員長は「拉致問題などで、面談や協議が立て込んでいたから」、
 細野環境相は「ごみの広域処理問題を優先した」、
 川端総務相は「前から予定していた公務があったから」としている。

 民主党政権の閣僚は、この程度のレベルの議員で構成されている 。
 まさに、崇高な礼に対して無礼で応えた者たちなのだ

 最後に大親日の国ブータンが、なぜ親日になったかは、一人の日本人の功績が大きかったことを忘れてはならない。
 西岡京治氏(昭和8年2月14日~平成4年3月21日)は、長年のブータン農業への貢献を評価されてブータン、国王から「ダショー」の称号を授かった人物だ。
 ダショーとは英語のベストを意味し、「最高に優れた人」という意味だ。59歳で亡くなった時は国葬でおくられた。
 民主党に、このような人物が一人でもいるのだろうか。
 いる訳がない
 自分だけの保身や次の選挙のことで精一杯の輩だけだ。


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来日中のブータン国王夫妻、被災地・福島を訪問 子どもたちと触れ合い、港では祈り
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00211834.html

 19日は京都を視察するワンチュク国王夫妻。
 20日に日本をたつ予定。

 天皇皇后両陛下、日本国民と皆さまに深い敬意を表しますとともにこのたび日本国国会で演説する機会を賜りましたことを謹んでお受けします。
 衆議院議長閣下、参議院議長閣下、内閣総理大臣閣下、国会議員の皆様、ご列席の皆様。世界史においてかくも傑出し、重要性を持つ機関である日本国国会のなかで、私は偉大なる叡智、経験および功績を持つ皆様の前に、ひとりの若者として立っております。皆様のお役に立てるようなことを私の口から多くを申しあげられるとは思いません。それどころか、この歴史的瞬間から多くを得ようとしているのは私のほうです。このことに対し、感謝いたします。
      
 妻ヅェチェンと私は、結婚のわずか1ヶ月後に日本にお招きいただき、ご厚情を賜りましたことに心から感謝申しあげます。ありがとうございます。これは両国間の長年の友情を支える皆さまの、寛大な精神の表れであり、特別のおもてなしであると認識しております。
      
 ご列席の皆様、演説を進める前に先代の国王ジグミ・シンゲ・ワンチュク陛下およびブータン政府およびブータン国民からの皆様への祈りと祝福の言葉をお伝えしなければなりません。ブータン国民は常に日本に強い愛着の心を持ち、何十年ものあいだ偉大な日本の成功を心情的に分かちあってまいりました。3月の壊滅的な地震と津波のあと、ブータンの至るところで大勢のブータン人が寺院や僧院を訪れ、日本国民になぐさめと支えを与えようと、供養のための灯明を捧げつつ、ささやかながらも心のこもった勤めを行うのを目にし、私は深く心を動かされました。
      
 私自身は押し寄せる津波のニュースをなすすべもなく見つめていたことをおぼえております。そのときからずっと、私は愛する人々を失くした家族の痛みと苦しみ、生活基盤を失った人々、人生が完全に変わってしまった若者たち、そして大災害から復興しなければならない日本国民に対する私の深い同情を、直接お伝えできる日を待ち望んでまいりました。いかなる国の国民も決してこのような苦難を経験すべきではありません。しかし仮にこのような不幸からより強く、より大きく立ち上がれる国があるとすれば、それは日本と日本国民であります。私はそう確信しています。
      
 皆様が生活を再建し復興に向け歩まれるなかで、我々ブータン人は皆様とともにあります。我々の物質的支援はつましいものですが、我々の友情、連帯、思いやりは心からの真実味のあるものです。ご列席の皆様、我々ブータンに暮らす者は常に日本国民を親愛なる兄弟・姉妹であると考えてまいりました。両国民を結びつけるものは家族、誠実さ。そして名誉を守り個人の希望よりも地域社会や国家の望みを優先し、また自己よりも公益を高く位置づける強い気持ちなどであります。2011年は両国の国交樹立25周年にあたる特別な年であります。しかしブータン国民は常に、公式な関係を超えた特別な愛着を日本に対し抱いてまいりました。私は若き父とその世代の者が何十年も前から、日本がアジアを近代化に導くのを誇らしく見ていたのを知っています。すなわち日本は当時開発途上地域であったアジアに自信と進むべき道の自覚をもたらし、以降日本のあとについて世界経済の最先端に躍り出た数々の国々に希望を与えてきました。日本は過去にも、そして現代もリーダーであり続けます。
      
 このグローバル化した世界において、日本は技術と確信の力、勤勉さと責任、強固な伝統的価値における模範であり、これまで以上にリーダーにふさわしいのです。世界は常に日本のことを大変な名誉と誇り、そして規律を重んじる国民、歴史に裏打ちされた誇り高き伝統を持つ国民、不屈の精神、断固たる決意、そして秀でることへ願望を持って何事にも取り組む国民。知行合一、兄弟愛や友人との揺るぎない強さと気丈さを併せ持つ国民であると認識してまいりました。これは神話ではなく現実であると謹んで申しあげたいと思います。それは近年の不幸な経済不況や、3月の自然災害への皆様の対応にも示されています。
      
 皆様、日本および日本国民は素晴らしい資質を示されました。他の国であれば国家を打ち砕き、無秩序、大混乱、そして悲嘆をもたらしたであろう事態に、日本国民の皆様は最悪の状況下でさえ静かな尊厳、自信、規律、心の強さを持って対処されました。文化、伝統および価値にしっかりと根付いたこのような卓越した資質の組み合わせは、我々の現代の世界で見出すことはほぼ不可能です。すべての国がそうありたいと切望しますが、これは日本人特有の特性であり、不可分の要素です。このような価値観や資質が、昨日生まれたものではなく、何世紀もの歴史から生まれてきたものなのです。それは数年数十年で失われることはありません。そうした力を備えた日本には、非常に素晴らしい未来が待っていることでしょう。この力を通じて日本はあらゆる逆境から繰り返し立ち直り、世界で最も成功した国のひとつとして地位を築いてきました。さらに注目に値すべきは、日本がためらうことなく世界中の人々と自国の成功を常に分かち合ってきたということです。
      
「ブータンには寺院、僧院、城砦が点在し何世代ものブータン人の精神性を反映しています」 ご列席の皆様。私はすべてのブータン人に代わり、心からいまお話をしています。私は専門家でも学者でもなく日本に深い親愛の情を抱くごく普通の人間に過ぎません。その私が申しあげたいのは、世界は日本から大きな恩恵を受けるであろうということです。卓越性や技術革新がなんたるかを体現する日本。偉大な決断と業績を成し遂げつつも、静かな尊厳と謙虚さとを兼ね備えた日本国民。他の国々の模範となるこの国から、世界は大きな恩恵を受けるでしょう。日本がアジアと世界を導き、また世界情勢における日本の存在が、日本国民の偉大な業績と歴史を反映するにつけ、ブータンは皆様を応援し支持してまいります。ブータンは国連安全保障理事会の議席拡大の必要性だけでなく、日本がそのなかで主導的な役割を果たさなければならないと確認しております。日本はブータンの全面的な約束と支持を得ております。
      
 ご列席の皆様、ブータンは人口約70万人の小さなヒマラヤの国です。国の魅力的な外形的特徴と、豊かで人の心をとらえて離さない歴史が、ブータン人の人格や性質を形作っています。ブータンは美しい国であり、面積が小さいながらも国土全体に拡がるさまざまな異なる地形に数々の寺院、僧院、城砦が点在し何世代ものブータン人の精神性を反映しています。手付かずの自然が残されており、我々の文化と伝統は今も強靭に活気を保っています。ブータン人は何世紀も続けてきたように人々のあいだに深い調和の精神を持ち、質素で謙虚な生活を続けています。
      
 今日のめまぐるしく変化する世界において、国民が何よりも調和を重んじる社会、若者が優れた才能、勇気や品位を持ち先祖の価値観によって導かれる社会。そうした思いやりのある社会で生きている我々のあり方を、私は最も誇りに思います。我が国は有能な若きブータン人の手のなかに委ねられています。我々は歴史ある価値観を持つ若々しい現代的な国民です。小さな美しい国ではありますが、強い国でもあります。それゆえブータンの成長と開発における日本の役割は大変特別なものです。我々が独自の願望を満たすべく努力するなかで、日本からは貴重な援助や支援だけでなく力強い励ましをいただいてきました。ブータン国民の寛大さ、両国民のあいだを結ぶより次元の高い大きな自然の絆。言葉には言い表せない非常に深い精神的な絆によってブータンは常に日本の友人であり続けます。日本はかねてよりブータンの最も重大な開発パートナーのひとつです。それゆえに日本政府、およびブータンで暮らし、我々とともに働いてきてくれた日本人の方々の、ブータン国民のゆるぎない支援と善意に対し、感謝の意を伝えることができて大変嬉しく思います。私はここに、両国民のあいだの絆をより強め深めるために不断の努力を行うことを誓います。       
 改めてここで、ブータン国民からの祈りと祝福をお伝えします。ご列席の皆様。簡単ではありますが、(英語ではなく)ゾンカ語、国の言葉でお話したいと思います。       
「(ゾンカ語での祈りが捧げられる)」       
 ご列席の皆様。いま私は祈りを捧げました。小さな祈りですけれど、日本そして日本国民が常に平和と安定、調和を経験しそしてこれからも繁栄を享受されますようにという祈りです。ありがとうございました。

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拉致救出「日本ブルーリボンの会」

 拉致被害者救出の為に活動している「日本ブルーリボンの会」がある。
 必ず生きている きっと会える!  41udj1inl__ss500__2
 ~拉致被害者の生存と救出のために、ご協力を!!

 さて先日、韓国誌「週刊朝鮮」で報じられたことから、横田めぐみさんは必ず生きている と、紹介させていただいた。
 そして再び関連情報が報じられた。
 救う会副会長の島田洋一県立大教授は「資料は本物で、名簿記載の人物は間違いなく横田めぐみさんだと語った。
 また、特定失踪者家族会の澤香苗代表は「政府はなぜこれまで、情報を出さなかったのか。隠していた意図は何なのか。それを説明してほしい」と疑問を語った。

 再び「日本ブルーリボンの会」のことを紹介させていただくと
 日本ブルーリボンの会は、ブルーリボンバッジの販売を通して得らる収益を拉致被害者救出の為の活動費 として使わさせていただきます。Flagpin
 とある。
 拉致被害者救出活動は、
 日本というふがいない国家の正に「国なおし」としている。
 全く同感だ
 みなさんも協力・応援しましょう。


横田めぐみさん情報「資料本物」 関係者、開示遅れに疑問も

                    (2011年11月18日午前7時25分)
 日本政府が1年前に入手した住民情報資料に、横田めぐみさん2 件とみられる女性が記載されていることが明らかになった17日、救う会副会長の島田洋一県立大教授は「資料は本物で、名簿記載の人物は間違いなく(横田)めぐみさん
 「めぐみさんは必ず生きている」と断言した。
 同教授によると、日本政府が入手した資料は韓国の雑誌「週刊朝鮮」の持つ資料と同じ可能性が高いとし、救う会も一部を手に入れていた。
 資料には複数の分類があり、「日本出身」「日本国籍」に入れられた人たちがいた。
 しかし、めぐみさんとみられる「ハン・ソンエ」という名前は、石川県出身の寺越武志さんらとともに「朝鮮人」に分類されていたという。
 同教授はまた、資料流出ルートを北朝鮮の国家安全保衛部筋と推定し「このような情報が流出することは、北朝鮮内部のたがが相当緩んでいるということ」と話した。
 一方、約7年間めぐみさんと同じ北朝鮮の招待所と呼ばれる施設で暮らしていたことがある小浜市の拉致被害者地村富貴恵さん(56)は「現段階では、はっきりしたことが分からないので何とも言えない」としながら「(めぐみさんに関する情報が出る出ないにかかわらず)無事に戻って来ることを願う気持ちは変わらない」と話した。
 特定失踪者家族会の澤香苗代表は「政府はなぜこれまで、情報を出さなかったのか。隠していた意図は何なのか。それを説明してほしい」と疑問を口にした。
 今後、めぐみさんの詳しい情報やほかの拉致被害者らに関する情報が明らかになる可能性については「政府にはあまり期待しておらず、韓国メディアに注目している。
 政府は知っていることがあるなら早く開示し、拉致や特定失踪者問題の解決に向けた具体的な方針を示すべきだ」と話した。

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2011年11月18日 (金曜日)

野田内閣支持率35%に急降下

 TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)参加を表明し、支持率アッブをもくろんだ野田内閣だったが、支持率が35%に低下した。

 2011年(平成23年)9月2日、野田佳彦氏は第95代内閣総理大臣に任命され、野田内閣が発足した。
 しかしながら、野田佳彦首相自身をはじめ、閣僚の顔ぶれは問題児ばかりだことは、ご存じのとおりだ。
 外国人献金や脱税会社からの献金を受けている閣僚がごろごろいた。
 野田首相自身を筆頭に、平岡秀夫法相、山岡賢次国家公安委員長、古川元久経済財政担当相、蓮舫行政刷新相などだ。
 こんな内閣でも、発足当時は支持率70パーセントを超えていた。
 あれから、約三ヶ月経過し、ようやく、実力とおりの評価に下がった。

 あとは、鳩山内閣、菅内閣が政権末期に見せたように、ジリ貧、尻窄みの支持率を示すことになるであろう。
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内閣支持35%に低下=不支持36%、初の逆転―時事世論調査
  http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2011111700549               20111117ax02b                                          時事通信
 

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2011年11月17日 (木曜日)

TPP交渉、米の戦略にハマった?

 環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)とは、太平洋周辺の国々が参加して、自由貿易圏を作ろうという構想だ。

 TPPの特徴は多国間経済連携協定であり、国情によって例外品目を設けない自由貿易となることが大原則だ。
 日本だけに例外やワガママが許される訳が無い。
 こんなことを野田首相が知らないはずが無い。
 今になって、言った、言わないのと騒いでも手遅れだ。
 結局、アメリカの巧妙な戦略にハマっただけだ。
 日本の稚拙な交渉だけが目立つ。
 ただただ、情けないの一言だ。
 これで日本は、間違いなくアメリカの食い物にされる。という見方もあるが、中国が内心一番懸念しているのは日本がTPP参加決断すること。とされる。
 つまり、TPPによる自由主義圏の中国包囲網を懸念しているのだ。
 最高に難しい場面だ。
 だからこそ国家戦略が大切なのだ。

【TPP交渉参加】経産省、TPP「全品目対象」の想定問答で謝罪
                   
2011.11.18 14:33
 環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)に関し、経済産業省が枝野幸男経産相に「全品目・分野を交渉の対象とする用意がある」と明記した想定問答をカーク米通商代表部(USTR)代表との会談前に渡していた問題で、同省は18日、「資料に基づいて発言をなされたと誤解を招いたことは申し訳なかった」と謝罪した。
 謝罪は、民主党などの超党派で作る「TPPを慎重に考える会」(会長・山田正彦元農水相)の18日の総会で行われた。
 想定問答は「首相会見の前に作成したもので差し替えるべきだったが間に合わなかった」と説明、単純ミスだと強調した。
 枝野氏は17日の参院予算委員会で「会談では資料に基づいて話していない」と答弁している。

首相「TPP例外品目でオバマ氏と密約なし」
                        2011.11.17 22:51
 野田佳彦首相は17日の衆院本会議で、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)について「アジア太平洋地域の貿易・投資ルールを定めることにつながる。ルールづくりに参加する意義は大きい」と強調。例外品目を設けるかどうかについて「オバマ氏と密約をした事実はない」と断じた。
 また、米軍普天間飛行場移設をめぐり、沖縄県知事が持つ海面埋め立ての許可権限を国に移す特別措置法制定について「念頭にない」と否定した。

 

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2011年11月16日 (水曜日)

風邪と副交感神経の関係

 風邪の特効薬を発見したらノーベル賞ものだと言われる。
  11月15日午後7時過ぎのFMで、風邪副交感神経の関係を紹介していた。
 
 最近、風邪ぎみの人を多く見かけるが、特に今年は、3月11日の震災以降に多くなっているそうだ。
 このことは、副交感神経との関連で説明できるとされる。

 まず自律神経は、正反対の働きをする二つの神経がある。
交感神経・・・活動している時、ストレス・緊張している時
副交感神経・・・休息・体の修復をしている時、リラックスしている時
 昼間の活動で受けた疲労やダメージを夜間の睡眠で休息させて、疲労やダメージを修復して元気な状態に戻す働きをする。http://genki-go.com/autonomic/03.html

 連日の厳しい仕事が続いていた期間は、緊張感からか全く風邪をひかなかったのに、ようやく休みになった途端に風邪をひく人が多い。
 人間は極めてデリケートな生き物だと思う。

 風邪の予防には、次のような順番があるそうだ。
 適度に忙しい → 集中力がアップ する→ 交感神経が働く → 身体の血液循環が向上する→ 体温が向上する→ 免疫力がアップする → 風邪になりにくい

 よって、程よい忙しさは、集中力を高めて風邪の予防になるといえるだろう。
 それから、朝食前の歯磨きは風邪の予防にとても効果的だそうだ。

睡眠中に口の中で繁殖した雑菌を落として、免疫力を高めるそうだ。早速実行している。

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2011年11月15日 (火曜日)

TPP参加問題は平成の黒船?

 TPP参加で関税は撤廃され、市場の開放が進み、食品、医療、保険、投機等々あらゆる分野で市場原理主義による弱肉強食の世界がやって来ると言われる。
 

  自民党の安倍晋三元首相は、「交渉する能力が首相にあるのかどうか、国民は能力がないと思っている」と述べたというが、自民党政権下でもあるとは断言できない。

 また、TPP参加を表明し支持がアップするともくろんだ野田内閣の支持率は42・4%と、前回から13・6ポイントも急落した。
 このような国民の支持を得ない民主党政権下で、日本の将来に関わる重要な案件を決断をすることは拙速だ。

  TPP参加問題幕末の黒船に似ているという。
 黒船来航は嘉永6年(1853)、米国の提督ペリーが黒船4隻で浦賀へ日本を強迫に来航した。徳川幕府は開国を迫られると、慣例を破って挙国一致体制を作るために、下級武士や平民からも次々と優秀な人材を登用した。
 このようなことを、今の民主党に出来るわけがない。
 
 TPPは簡単に言えば、TPPを主導するアメリカが好き勝手に出来るということだ。
 そのくらいアメリカの情報収集力や交渉力は群を抜いている。
 そして、この全ては絶対的な軍事力背景にある。

  そして、早くもアメリカは野田首相の「すべて交渉参加の訂正要求」を拒否している。
  アメリカの戦略にハマった証だ

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2011年11月 9日 (水曜日)

警察官用携帯「ピーフォン」の威力

 警視庁では警察官用携帯 ピーフォンを、今年8月末時点で約5千台が都内の交番勤務の警察官らに配布されているそうだ。
 ピーフォンは警察官に一斉に画像やメールを送ったりして指示することが可能なうえ、GPS機能で警察官の位置も把握できると言う。
 東日本大震災では、九段会館の天井崩落現場の写真を一斉送信するのに利用され、素早い救助活動につながった。

 ただ、「ピーフォン」の採用は、2007/08/20.警視庁立川警察署富士見台交番勤務だった、友野秀和巡査長(40)による殺人事件がきっかけになっている。
 この事件は、友野巡査長が管轄外の国分寺市内のキャバレー「ハリウッド」に勤務していた佐藤陽子さんが住むアパートに出向き、佐藤さんを殺害したことだった。
  ピーフォンが一番最初に採用されたのは、当然ながら立川警察署の交番やパトカー勤務員からとされたはずだ。

容疑者写真一斉送信→5分で逮捕 
  「ピーフォン」威力発揮 2011.11.8
 東京都東大和市の高齢者夫婦から数百万円をだまし取ろうとしたとして、東大和署が詐欺未遂の疑いで男を逮捕していたことが8日、捜査関係者への取材で分かった。男は現場から逃走したが、被害者が撮影した写真が警察官専用の撮影機能付き携帯電話「ピーフォン」で、瞬時に周辺に送信されたため、5分後に逮捕された。犯人の早期逮捕などを目的に導入されたピーフォンの“威力”が発揮された。
 警視庁によると、逮捕されたのは新宿区歌舞伎町、飲食店経営、綿引恒夫容疑者(34)。容疑を認めているという。
 逮捕容疑は10月26日、同市内の70代の夫妻方に電話で、息子を装って「脱税したと疑われるのでカネを用意してほしい」と虚偽の話をし、数百万円を詐取しようとしたとしている。
 綿引容疑者は翌日、「俺は取りに行けなくなった。代わりに『ツボイ』が行くから」と話して、「ツボイ」を装い、被害者の妻と市内の信用金庫に同行。数百万円を引き出させたが、不審に思って駆けつけた夫がデジタルカメラで顔を撮影したところ、綿引容疑者は現金を受けとらず、逃げ出した。
 駆けつけた東大和署員がすぐに夫の撮影画像をピーフォンで接写し、他の署員の持つピーフォンに一斉送信。約5分後、約3・2キロ離れた武蔵村山市内の交番にいた男性巡査(23)が、写真をもとに綿引容疑者を発見。取り押さえた。
 警視庁地域部によると、平成21年から導入が始まったピーフォンは、今年8月末時点で約5千台が交番勤務の警察官らに配布されている。警察官に一斉に画像やメールを送ったりして指示することが可能なうえ、GPS機能で警察官の位置も把握できる。
 東日本大震災では、九段会館の天井崩落現場の写真を一斉送信するのに利用され、素早い救助活動につながった。警察官からは「現場対応が早くなった」という声があり、地域部では今後も活用していく方針。

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戦間期終了の序曲は、海から始まる。

 平和のことを「戦間期」とも言う。
 つまり、戦争と戦争の戦いのない、穏やかな期間ということになる。

 大正時代を「戦間期」と表現することがある。
 そう言われる理由は、明治の日清、日露戦争、昭和には日中戦争や大東亜戦争が勃発するが、大正時代の14年は比較的平和な時代だったということだ。

   それなら、太平洋戦争が終わり、66年間は何と表現すればいいのか。
  この長い長い 「戦間期」で、我々現代日本人はすっかり戦間期に慣れてしまい、ただの平和ボケした集団に成ってしまったようだ。

 周囲を海に囲まれた日本は、たえず周辺諸国からの脅威に晒されている。
 北はロシアから、西は朝鮮半島から、南は中国などと、隙あらば領土だけでなく国民まで略奪されかねないのが現実だ。
 いつ、「戦間期」が終了してもおかしくない。

戦間期」終了の序曲は、きっと海から始まる。

産経新聞記事
 
【主張】
    中国漁船摘発 海上警察力の強化を急げ http://sankei.jp.msn.com/smp/affairs/news/111108/crm11110803140001-s.htm
                   2011.11.8 03:14
 長崎県・五島列島沖の領海内を航行していた中国漁船を、長崎海上保安部の巡視船が停船させ、中国人船長を漁業法違反(立ち入り検査忌避)の疑いで逮捕した。
 最近の中国漁船の違法行為は、やりたい放題の印象をぬぐえない。海の泥棒行為に対しては、取り締まりを強化し、毅然として摘発を続けるしかない。
 五島列島沖で発見された中国漁船は、巡視船「ほうおう」の停船命令を無視し、約4時間半も逃走したあげく、強行接舷の末にようやく停船した。
 昨年9月、沖縄・尖閣諸島沖で、海保の巡視船に中国漁船が体当たりした事件も記憶に新しい。海保は中国人船長を公務執行妨害の容疑で逮捕したが、那覇地検は処分保留のまま釈放した。
 海保が違法操業で摘発したのは一昨年2件、昨年は3件だったが、今年はすでに9件で、うち4件が中国漁船によるものだ。
 10月には、韓国の排他的経済水域(EEZ)内でも、中国漁船3隻を韓国海洋警察庁が拿捕(だほ)した。この際、中国の漁船員がスコップや棒を振り回して抵抗したため、ヘリコプターで催涙剤を散布するなどして制圧したという。
 昨年12月には中国漁船が韓国の警備船に体当たりして転覆し、死傷者が出る事件もあった。海の取り締まりは、常に危険と隣り合わせの過酷な任務となっている。
 領海を侵犯する漁船の中には、工作船の疑いがあるものもある。
 逮捕した船長らの事情聴取は、徹底して行うべきだ。
 尖閣諸島沖の衝突事件でみせた、不可解な釈放劇を繰り返してはならない。
 日本は海洋国家だが、海上保安庁の巡視船は121隻、巡視艇は236艇にすぎない(平成22年度末)。しかも現在、東日本大震災による捜索活動や、中国の漁業監視船などが頻繁に出没する尖閣諸島沖への配備に船艇が割かれ、日本の海は手薄な状況にある。
 また、海上保安庁の職員1万2600人は、神奈川県警の警察官1万5500人を下回る。
 神奈川県の面積と、日本の四方を囲む海の広さを想像してほしい。
 現行の態勢では不十分だ。海保は今年、不審船に対し立ち入り検査なしで退去命令を出せるようにするなど、海上警察力を強化する方針を発表したが、実行されていない。領海侵犯を許さない態勢作りが急務だ。

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2011年11月 7日 (月曜日)

石原知事の『黙れ』発言、全面支持

 石原都知事の発言、問題提起には、いつも溜飲を下げる思いだ。
 全て支持するといっていい。
 今回もまた良く言ってくれた。
 これでいい・・・・
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 受け入れ反対には「『黙れ』って言えばいい」
      石原都知事のがれき問題発言に賛否両論
                   
               J-CASTニュース 11月5日 18時32分配信
 東日本大震災で発生した岩手県のがれき受け入れ始めた東京都に対し、都民らから反発の声が出ていることについて、石原慎太郎都知事が「『黙れ』って言えばいい」と発言し、ネットで賛否両論出ている。
 2011年11月3日、都は岩手県のがれき約30トンを受け入れ、処理を始めた。
 東北以外の自治体が震災がれきを受け入れるのは全国初だという。

■「みんな自分のことしか考えない」
 一方で、報道によると受け入れを表明した9月末から11月4日までに都に3000件以上の意見が都民らから寄せられ、そのうち9割が反対や苦情だったという。
 石原都知事は4日の定例会見でこうした状況に触れ、「力があるところが手伝わなかったら仕様がない。みんな自分のことしか考えない。日本人がダメになった証拠の一つ」と、発言。いつもの石原節を炸裂させ、さらに、
  「何も放射能ガンガン出ているものを持ってくる訳じゃないんだから。測ってなんでもないから持ってくる。東京だってバカじゃありません。『黙れ』って言えばいいんだ」
と言った。 

■「余裕のあるところが協力しないでどうする」
 過激な発言で何かと話題になる石原都知事だが、今回もツイッターや2ちゃんねるに大量の書き込みが寄せられた。
  「これは日本全体の問題。都知事のリーダーシップに拍手を送りたい」
  「そのとおり!問題ないとわかってるのに、余裕のあるところが協力しないでどうする」
  「基本的に石原さんは嫌いですが、これには感動しました」
と支持するものがある一方で、「偉そうに、『黙れ!』なんて、何様のつもりなの?税金を払っている人たちを、見下してるの?」「非常時に黙れとか、都民がおとなしいから…」と非難するものも多い。賛否両論といった感じだ。
 また、「問題は、石原のようなナショナリスティックで、独善的な政治家以外の人々が、何故リーダーシップを発揮できないのか、にある」という趣旨のものや、「実際に応対する職員は知事が黙れと言ったから、黙れとは言えない」と都職員に同情するものも出ていた。
 都は今後、2012年3月末までに岩手県のがれき1万1000トンを受け入れる方針。

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日本よ石原慎太郎 
             無限の宇宙の中で    
2011.11.7 03:26

 先日あるテレビ番組で、新しいプラネタリュウムで映写するための、既存のものを凌ぐ、鮮明ではるかに数多くの星を写すためにチリーの標高五千五百メートルのチャナントール高原に、日本も出資して作られつつあるアルマ天文台に出かけていったカメラマンの報告を見た。
 かの地は世界で一番雨の少ない、それ故湿度の低い空気が澄みきって世界で最も鮮明な星空が見られる地点だそうな。
 そこで徹夜で地球を巡る星たちを観測撮影した彼の述懐の言葉が、なぜか鮮烈に私の胸に響いた。
 標高からいっても極寒の地だろうが、その大地に仰向けに寝て空を仰ぐと空一杯に無数の星たちがびっしりと、手を伸ばせば届くように見える。天の川も、そこで発生しこれから星として生まれようとしているガスの帯までが鮮明に見える。
 そしてそこまでの距離は何万光年、いや手で触れそうに見える星屑までが何億何十億光年という隔たりなのだ。
 「こうしていると僕は空を仰ぐなどというよりも、この地球という星にへばりついて、じかに宇宙に接しているという気分です」
 彼はいっていたが、その実感は彼が届けてくれた映像からも如実に感じられた。
 私も今まで世界のあちこちを訪ねることが出来たが、この年齢となり自分の人生に残されているものについて考え感じるようになると、どこよりもチリーのあの高地にいって宇宙そのものに接してみたいとしきりに思う。
 人はよく何々の哲学などというが、「哲学」そのものは存在と時間について考える学問のことだ。西洋哲学の始祖の一人アリストテレスは、「ここに在るこのペンが、何でこんな形をしているのかなどということではなしに、このペンがここに在るということそのものが不思議なのだ」といっているが、その実感を恐らくチリーのあの高地で眺める星空は伝えてくれるに違いない。
 年齢を重ね自分の死についての実感といおうか、予感をようやく信じられるようになると、誰しも自らの人生に重ねて「存在」と「時間」の幻妖な不思議について感じられるようにはなる。それは人生かけてようやく獲得出来た成熟というものかも知れないが、しかしそれでにわかに何がどうなるものでもありはしない。
 私はかつて人生で迷って立ち往生しかけた時、知己だった松原哲明師の寺ににわかにいって座禅を組んだことがあるが、その後、
 「あんたは見掛けは立派に見えるが、こうして座っているのを後ろから見ると、しょぼいねえ。座禅なんか急に組んだって効きやしませんよ。それより好きな海にでも行っといでよ」
               ◇
 いわれて翻然とし仕事を放り出し仲間と数日航海に出て少し救われたことがあるが、この所の心身不調で松原さんにまた頼んで座禅でも組もうかと電話したら、私より若い彼は昨年急死していた。これもまたいろいろな意味でショックだった。ということで、実は私がプロデュースして世に出た哲明さんの父君の名僧泰道さんの名著「般若心経入門」を読み直して見たが、全然悟れない。
 全宇宙の存在に比べれば人間個々の存在なんぞ無に等しい、というのは理としては分かるが、実感にはいたらない。その実感がないと悟りにも解脱にも通じない。折節に読んでいる法華経には、他の宗教には例がなく、お釈迦様は「存在」と「時間」そのものについて、現代数学の「群論」のような絶妙な例えを引いて説いている。
 存在と時間の無限性前にしてたじろぐ人間たちのためにこそ輪廻転生が説かれたのだと思う。
 松原師の般若心経の解説にも、人間の存在のはかなさを覚るという否定の向こうにこそそのはかなさを超克する、さらなる否定が在って人間はそれでようやく救済され真の安定が得られるのだとある。故にもその実感を体得するために私としては是非ともチリーのあの高地にいって地球に張り付きながら宇宙とじかに接したいものなのだが。
 そして思ったが、もし全人類があの高地に出向いて、群論的にいえば「無限の無限」たる宇宙にじかに向かい合えたら、我々の存在の貴重な背景である、このちっぽけな地球を救うために妥当な抑制を自らに強いることも出来るに違いない。
 あのチリーの高地からの宇宙の映像を見て私は改めて昔聞いた、ブラックホールの発見者ホーキングの講演の中で彼がいった言葉を思い出す。
 「地球なみの文明を持った惑星は宇宙全体に二、三百万あるだろう。しかしそうした星はその文明なるもののために循環が狂い極めて不安定となり、宇宙時間でいえばほとんど一瞬に、地球時間でいえばせいぜい百年ほどで滅びてしまう」と。
 温暖化のもたらす豪雨を含めたこのところの地球全体の気象異変をどう捉えるかを、私たちはあのチリーの高地で仰ぐ宇宙の、せめて映像に依ってでも覚らなくてはなるまいが。
 人間は必ず死ぬ。その人間がまたこの地球を自らの手で殺そうとしているのだが。

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2011年11月 6日 (日曜日)

横田めぐみさんは必ず生きている

  韓国の雑誌・週刊朝鮮は、北朝鮮当局が作成したとする平壌市民の名簿Img_14に、北朝鮮による拉致被害者・横田めぐみさんとみられる女性が記載されていたと報じた。
  生年月日や夫の名前が一致していることなどを根拠としている。
 ただ 「めぐみさんの血液型はB型だが、ハン・ソンエはA型で、異なっている」とも指摘している。

  いずれにしても、めぐみさんは、また一歩生存の確率が高くなった。
 いや、必ず生きていて欲しい。
 心ある日本人全員の願いだ

在韓日本大使、めぐみさん生存情報で協力要請
  http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20111107-OYT1T01174.htm
【ソウル=門間順平】北朝鮮による拉致被害者の横田めぐみさんが2005年に娘のキム・ヘギョンさんと平壌で生活していたと韓国誌「週刊朝鮮」で報じられたことを受け、武藤正敏・駐韓国大使は7日、同誌を訪れ、情報提供などでの協力を要請した。
 同誌は同日、記者会見し、北朝鮮当局が05年に作成したとされる17歳以上の平壌市民約210万人の個人データのなかで、横田さんとみられるとする女性の名の記載が、横田さんの北朝鮮名の「リュ・ミョンスク」ではなく、「ハン・ソンエ」だったことについて、「横田さんは特別な管理対象だったため、名前を変えて登録したのではないか」との見方を示した。
 横田さん以外に日本人拉致被害者とみられる人物がいるかどうかについて、崔編集長は「横田さんのような情報(子供の名前などの)が少なく、検索が難しいが、現在までのところいない」とし、「調査を続けている」と述べた。
(2011年11月7日20時46分  読売新聞)

■<横田めぐみさん生年月日と家族の名…平壌に一致する女性
  http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111106-00000002-mai-soci
                     毎日新聞 11月6日(日)2時30分配信
 【ソウル西脇真一】
  韓国誌「週刊朝鮮」が入手した17歳以上の平壌市民約210万人の住民情報の中に日本人拉致被害者、横田めぐみさん(行方不明時13歳)と生年月日や家族の名前が一致する女性がいることが5日、分かった。
  めぐみさんとは血液型や、北朝鮮が公表した朝鮮名などが違うが、夫や娘とされる人物の名前が合致しており、週刊朝鮮は「めぐみさんではないか」として21日発売号に記事を掲載する。
 ◇05年データ、韓国誌調査
 北朝鮮は04年、めぐみさんが94年に死亡したとして「遺骨」を日本に提出。だが、この年に日本政府が実施したDNA鑑定で、めぐみさんとは別人のものとの結果が出ていた。
 週刊朝鮮によると、210万人のデータは05年の作成とされ、めぐみさんと生年月日が一致する女性は約90人いる。
  このうち「ハン・ソンエ」という女性は夫の名前が「キム・ヨンナム」。
  同居の娘とみられる女性は「キム・ウンギョン」という名前で、金日成総合大学学生だった。
 06年に日韓政府が実施したDNA鑑定で、めぐみさんの夫は78年に韓国から拉致された金英男(キム・ヨンナム)氏の可能性が高い。
  みさんの娘は「キム・ウンギョン(ヘギョン)」という名前で、金日成総合大学の学生であることが明らかになっている。
 こうした点から週刊朝鮮は「05年時点でめぐみさんは娘と同居していた」との見方を示している。
  金英男氏については配偶者として記載してあるだけで、きちんとしたデータはなく、週刊朝鮮は「工作機関勤務のため特別管理対象になっている」とみている。
 だが、めぐみさんについて北朝鮮は朝鮮名を「リュ・ミョンスク(オクヒ)」としており、住民情報では、これまでに判明しているめぐみさんやキム・ウンギョンさんの血液型などが一致せず、「なお精査が必要」(週刊朝鮮)とされる。
  タには日本政府も関心を示している。
 日本人拉致被害者支援団体「救う会」の西岡力会長は「データ全体の信頼性は高そうだ。確認すべきことはまだ多いが、北朝鮮の主張を覆す可能性があり、日本政府による検証を待ちたい」と話す。

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2011年11月 5日 (土曜日)

第65回あつぎ鮎まつり花火大会

  今日は一日中、事務仕事と思っていたら、午後から急遽、厚木市で行われる花火大会の視察に行って欲しいという。012_2
 よって、今「あつぎ鮎まつり花火大会」の会場に来ている。

 この大会は例年8月に行われていたが、今年は東北の震災と原発事故の影響で一旦中止が決まったが、厚木市民や商店街などからの熱い要望で3か月遅れで開催の運びとなった。
  場所は、相模川、中津川、小鮎川の合流地点だ。
 打ち上げられる花火は約7000発だという。
 例年の人出は50万人以上とされる。

 会場を一周して来たが、河川敷を有効に使っているし、中々のロケーションだ。
 下手なスポーツ観戦より迫力ある。
 300店前後の露店も並んでいる。

 午後六時丁度、花火大会は開始された。2011115
 まあ、細かい事は抜きにして、時期外れの花火大会を堪能することにする。
 勿論、仕事の目的も忘れてはいない。
 ただ、今日の帰宅は遅くなりそうだ。

 
開催日時
11月5日(土曜日)18時~19時 
開催場所 
  相模川三川合流点(本厚木駅から徒歩15分)
花火大会プログラム
17:55 あつぎ鮎まつり会長あいさつ
18:00 カウントダウン・スターマイン
18:04 厚木ガーデンシティビル(株)
18:06 アール美容室グループ
18:08 (株)杉田商事 026
18:10 飯山観光協会/七沢観光協会
18:12 コジマグループ
18:14 (株)NTT東日本
18:16 厚木市農業協同組合
18:18 (株)県央宅建.
18:20 (株)ファイアート神奈川.
18:22 市民花火.
18:24 厚木市職員スターマイン打ち上げ隊.
18:26 NEXCO中日本 厚木工事事務所.
18:28 元湯旅館グループ.
18:30 小田急グループ.
18:32 (株)半導体エネルギー研究所.
18:34 リコーグループ.
18:36 日産自動車グループ.
18:38 日立オートモティブシステムズ(株).
18:40 ソニー(株)厚木テクノロジーセンター.
18:42 オーイズミグループ.
18:44 アンリツグループ.
18:46 ジャパンニューアルファグループ.
18:48 フェニックス・フィナーレスターマイン.

より大きな地図で 第65回あつぎ鮎まつり花火大会 を表示

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歩く効果、楽しさ

 週に二日は仕事で都内を廻る機会があるが、出来るだけ歩くようにしている。
 今年の夏は暑かったが、替え下着を準備してよく歩いた。
 
 一旦歩いたなら、万歩計で二万歩を目標にしている。
 数回は三万歩超を記録した。
 三万を超すと、周りにも自慢したくなるものだ。
 ただ、連れ合いには「何が目的で仕事している」とからかわれるが、「本当に歩くのが目的」なのかも知れない。

 なお、小生の歩幅は約65センチメートルなので、3万歩を計算すると、約20キロメートルになる。
 最近、ダイエット効果を期待するなら、一日一万歩では足りないとの新聞記事に目が止まった。
 体験からも間違いないと思う。

 ダイエットの必要がない方でも歩く効果を無意識のうちに感じているはずだ。
 主なウォーキングの効果として、 Walking_womanWalking_man
 肥満を防ぐ
  脳を活性化する
 有酸素運動により心肺機能が向上する
 血圧が安定する。
 糖尿病を防ぐ
 ストレス解消 し自律神経を安定させる。
 足腰を強化する
 骨粗しょう症を防ぐ
 新陳代謝が活発になるので美肌を保つ
 等々の効果があるそうだ。
 正に医者知らずの効果だ。

 それでも、最初は無理しない程度の「1日1万歩」が適当なのだろう。
 1日1万歩のウォーキングは、平均300kcal消費する計算になる。
 また、エネルギー消費が1週間で2000kcal以上消費する人は死亡率が低くなるそうだ。
 それには、1日300kcal(2000kcal÷7日)が必要となる。
 これからも「歩く」ことを意識して生活しようと思う。
 今日、11月5日は久々の休日出勤だが、残念ながら一歩も外に出ることが出来ない日だ。

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2011年11月 3日 (木曜日)

鳥海山はスパイ上陸の目標にされた。

 2010730_2

 終戦から約1年3カ月経過した昭和21年11月3日日本国憲法が公布された。
  丁度65年前のことだ。
 そして施行されたのが昭和22年5月3日(憲法記念日)となる。
 憲法9条で戦争放棄が示され、一見「平和憲法」などと言われるが、この条文を拝み奉るだけで平和を維持できると思っている国民が多い。
 ただ、周辺の諸外国に舐められているだけだ。

 その典型が「スパイ天国日本」と揶揄されていることにあると思っている。
 事実、日本にいるだけで世界中の秘密情報に触れることが出来ると言われる。
 例えば、アメリカの軍事秘密も労せずに得ることができるのだそうだ。
 

↑上の写真は日本海の沖合から見た鳥海山だ。
 日本百名山の一つ、海抜2236mの鳥海山は秋田と山形の県境に位置する。
 裾野は日本海に流れ、その秀麗なシルエットから「出羽富士」の愛称で呼ばれる。

 この麓の町で育ったこともあり、何度か船で飛島方向の沖合に出掛けたことがあるが、鳥海山がぼんやりでも見えるだけで安心感があった。
 このことは漁師や船乗りからも、同様の感想を聞いたことがある。
 しかし、北朝鮮スパイは、鳥海山を日本上陸の目標にしていたそうだ。

 スパイ活動は目に「見えない戦争」と言われ、世界各国は最高レベルの諜報合戦を繰り広げていると言われる。
 しかし、自国の防衛に関心が薄い日本人は知らない
 

早く憲法をはじめとする法律を整備して、領土や国民を外国の侵略から敢然と護って欲しいものだ。

 スパイと言えば、なんと言っても怖ろしいのは「北朝鮮スパイ」だ。
 
  その「北朝鮮スパイ」の出入りに使われているのが、庄内海岸と言われている。
 山形県の庄内海岸が出入りに条件が良いとされる理由は
■海上から鳥海山が目標して向かうことが出来る。
■上陸する地点付近に民家が少なく発見しにくい。
■直ぐJR「吹浦駅」「温海駅」があり、大阪や東京のアジトに直行出来る。
■松林が続き、しかも砂地で不必要な物を隠し易い。

これまで、庄内海岸を利用し捕まった主なスパイ事件を数件紹介する。Blueline

▼「大寿丸事件」s37.7.24 山口県警察、警視庁、大阪府警察検挙
 この事件は、山形県下の海岸から密人国した
  北朝鮮工作員 滝川洋一こと 崔 燦寔 (当時44歳)
が、北朝鮮工作員の北朝鮮・日本間の秘密海上輸送ルートを作るため、在日朝鮮人を獲得して活動していたスパイ事件である。
 崔燦寔は、我が国の法政大学で学んだ経歴を持つ人物であるが、昭和35年6月ころに北朝鮮工作員として採用され、北朝鮮で約4ヶ月間のスパイ訓練を受けた後
 o 20トン位の船舶の購入と海上運搬事業の経営
 o 同船舶を使っての北朝鮮・日本間の工作員や物資の輸送
などの任務を帯びて、乱数表、無線機、工作資金等を携行して、昭和35年10月中旬ころ、山形県酒田市付近の海岸から密入国した。
 その後、北朝鮮であらかじめ指示されたとおり、大阪居住の帰化人に成り替わり、東京都内や埼玉県下にアジトを設け、在日朝鮮人を獲得して、船舶購入資金の調達、日本人名義での漁船の購入、船員の雇入れなどを行い、日本漁船の調達に成功し、「人寿丸」として漁船登録許可をとった。崔燦寔は、船員として雇い人れた日本人や在日朝鮮人とともに、昭和36年8月19日、「人寿丸」に乗り込み、下関港から北朝鮮に密出国した。
 北朝鮮で日本での活動状況を報告の後、山形県酒田港を拠点とする日本・北朝鮮間の貿易ルートの設定の任務を指示された崔燦寔は、昭和36年10月、乱数表、工作資金等を携行して、再び「天寿丸」で山形県酒田市付近の海岸から密入国した。
 崔は、その後実在の日本人に成り済まし東京都内に潜伏してスパイ活動を続けた。Blueline

酒田事件」s38.5.21山形県警察検挙
この事件は、山形県下の海岸から密入国した
  北朝鮮工作員 金氷錫こと 馬 今鳳 (当時42歳)
が、北朝鮮から帰国指令を受け獲得した工作員の親族2人とともに山形県下の海岸から密出国しようとした事件である。
 馬今鳳は、昭和13年、渡日して専修大学経済専科に入学した経歴を有し、終戦後、北朝鮮へ引き揚げた。その後、平壌市金策工業大学歴史数師兼教務副部長をしていたが、昭和36年2月、北朝鮮工作員として採用され、約6か月のスパイ訓練を受け、
 o 在日工作員の選定と獲得工作
 o 在日合法身分の確保
などの任務を帯びて、昭和36年8月15日、工作資金、偽造外国人登録証明書、無線機、暗号表等を携行して、酒田市十里塚海岸から密入国した。
 密入国後獲得した工作員数大の住居を転々としながら、日本の財界人、税務署等の幹部と広く交際があり、資力、活動力のある在日朝鮮入を物色し、商事会社社長の在日朝鮮人Aを獲得した。北朝鮮にその結果を報告したところ、「工作船を差し向けるので、獲得した人物の親戚の者2人を同伴の上帰国すること。」との指令を受け、昭和38年5月20日、Aの親戚の者2人とともに、乱数表、本国報告用の朝鮮語録音テープ等を携行して山形県酒田市十里塚海岸から密出国しようとした。
 山形県警察は、昭和38年5月21日、酒田市十里塚海岸で北朝鮮工作船の来航を待っていた馬今鳳らを逮捕した。馬今鳳は、昭和38年12月19日、山形地方裁判所酒田支部において、出入国管理令、外国人登録法違反で懲役1年4月の判決を受けた。

Blueline
温海事件」s48.8.5 山形県警察検挙
 この事件は、山形県下の海岸から密入国した
  北朝鮮工作員
   崔 光成 (当時45歳)
   余 興錫 (当時33歳)
が、在日米軍、自衛隊関係情報収集等を行おうとしていたスパイ事件である。
 崔完成と余興錫は、昭和48年8月3日、乱数表、暗号文書、工作資金、磁石付羅針盤等を携行し、山形県鶴岡市の通称葉山海岸から密入国した。山形県警察は、8月5日、密入国後、落着き場所に移動するために温海町早田海岸付近の国道を歩いていた崔光成と余興錫を逮捕し、現場付近の岩場に隠匿されていたゴムボートを押収した。
 崔光成と余興錫は、「北朝鮮遠洋運搬船『東海一号』の船員で、暴風雨と操船ミスのため沈没し、ゴムボートで日本に漂着したものだとして北朝鮮工作員であることを否認し、また、北朝鮮赤十字会も、「8月3日、佐渡渉海域で遠洋連絡船が遭難し、3人が行方不明となったので救援を依頼する。」との電報を発し、遭難を偽装しようとした。
 山形地方裁判所鶴岡支部は、
 o 暗号表に「自衛隊」「米軍」「基地」「工作員」など多数のスパイ活動を示す用語があること
 o 当時の気象状況は、暴風雨ではなく、救助信号の受信もなかったこと
 o 遭難したとしても海流からみて漂着する可能性がないこと
などから、両被疑者の主張を退け、崔光成と余興錫は、昭和48年11月2日、山形地方裁判所鶴岡支部において、それぞれ、出入国管理令違反で懲役1年、執行猶予3年の判決を受けた。

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2011年11月 2日 (水曜日)

郷里・遊佐町の風景はライブで

 山形県「遊佐町役場」(遊佐町遊佐字舞鶴211)の屋上に設置されたライブカメラに郷里の見慣れた風景がリアルタイムで写し出される。

 あの山川、この村、家並み、そして道路や田畑、そこで暮らす人々すべてが懐かしい。
 風景が余り変化していないことが、郷里を離れている人には嬉しいはずだ。
 勝手なものだと思うが・・・・・・。
 

 このライブカメラには、郷里の天候や鳥海山の紅葉や初冠雪、降雨・降雪状況等、今の状況を知りたいときは、良く訪問している。
 このときは、心はすでに郷里にある。

 そして、親、兄弟達に電話した際は、まず「今日は雨ふってんの」と言うと、「なぜわかる」と驚かれる。
 今日は朝から晴れているようだ。
 鳥海山も山頂までハッキリ見える。

 ただ望郷の思いは強いのに、簡単には帰ることが出来ない郷里となった。
 そんな思いを一時慰めてくれるのが、このライブカメラだ。
 できれば、もっと解像度をアップして欲しい。
 

<p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p>遊佐町役場からの風景</p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p>

◆遊佐町役場からの風景◆

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2011年11月 1日 (火曜日)

準国産機ボーイング787の魅力

787
 ボーイング787 ドリームライナー(Boeing 787 Dreamliner)は、米・ボーイング社が開発・製造した次世代中型ジェット旅客機だ。
 巡航速度:マッハ0.85、最大航続距離:15,700kmを誇る。
  中型機としては航続距離が長く、今まで無給油では行くことが出来なかったアメリカ東海岸やロンドンまで一気に飛べる。T1larg_boeing_inside_wired

 この飛行機はANA 全日空が開発に参加しており、機体の35パーセントは日本産だ。
 例えば、
 「東レ」の炭素繊維強化プラスチックを使用し機体の軽量化と強度を図り、窓の面積を拡大したほか、
 「三菱重工業」は主翼、
 「富士重工業」は中央翼・主脚格納庫の組立てと中央翼との結合   
 「川崎重工業」は前方胴体・主翼固定後縁・主脚格納庫
 「住友精密工業」は飛行中のエンジン停止時、駐機時に使用する補助動力装置
 「パナソニック・アビオニクス・コーポレーション」は映像・音響機器の提供。
 「ナブテスコ」は空調や燃料ポンプなどの機器を集中制御する高圧電源装置
 「多摩川精機」は操舵用センサーの供給、
等々の日本企業が参画している。

 また、エンジンはロールスロイス製だが、排気口をギザギザ型にしてエンジンの音の低下を図ったほか、随所に日本のアイデアと技術が取り入れている。
 さらに、機内は明るく、天井を高くて開放的、加湿器の導入、照明や音響効果、トイレに温水洗浄機を付けた等々、いたせりつくせりの設計は日本ならではのものであろう。

  このボーイング 787 ドリームライナー国内線デビューは今日11月1日だhttp://www.ana.co.jp/dom/promotion/787dms/
 路線と便名は
 羽田~岡山線
 ◎羽田発  7時30分 651便  
 ◎岡山発 10時15分 654便

 羽田~広島線
 ◎羽田発 16時15分 683便
 ◎広島発 19時20分 686便

 是非一度は乗ってみたい飛行機だ

ボーイング787、初便は満席 羽田―岡山で運航開始
  http://www.asahi.com/national/update/1101/OSK201111010049.html
全日本空輸が世界に先駆けて導入した米ボーイング社の最新鋭の中型旅客機「787」が1日、羽田―岡山間で運航を始めた。国内線の定期便としては初フライトで、同路線と羽田―広島間でそれぞれ1日1往復運航する。
 羽田を発った満席の787は午前9時ごろ、岡山空港に到着した。
  787は機体に炭素繊維素材を使って機体を軽量化。
 燃費が約2割向上し、航続距離が長くなった。
 窓を大きくするなど居住性もよいという。
 全日空の大橋洋治会長は記者団に「やっとこの日が来て感無量。中型機は今後787が主流になっていく。
 夢を運ぶ機体でありたい」と話した。

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