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2011年5月 8日 (日曜日)

牢屋奉行・石出帯刀の決断

 監獄法第22条  
 天災事変に際し監獄内に於て避難の手段なしと認むるときは在監者を他所に護送す可し若し護送するの遑なきときは一時之を解放することを得
 2 解放せられたる者は監獄又は警察官署に出頭す可し解放後24時間内に出頭せさるときは 刑法第97条 (逃走の罪)に依り処断す
  とある。

  明暦3年の江戸の大火(振袖火事)に際して、日本橋Img31038fb7zik5zj馬町の牢屋に近づくと、囚獄(牢屋奉行)の石出帯刀(いしだたてわき)は独断で科人(とがにん)すべてを解き放った。
 この判断を下した人物が石出吉深(いしでよしふか)だ。
 歴代の石出帯刀のうちで最も高名な人物だ。
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/t-shinya/yowa78.html
 鎮火後、指定の寺へ戻れば減刑するとの約束で「切り放ち」を実行。実際、全員が戻ったという。
 そして吉深は、「罪人といえどその義理堅さは誠に天晴れである。このような者達をみすみす死罪とする事は長ずれば必ずや国の損失となる」と評価し、老中に死罪も含めた罪一等の減刑を嘆願、幕府も収監者全員の減刑を実際に実行する事となった。

 人命最優先の切放の精神は、明治以降も「監獄法」に生きているとされる。
 それが前掲の監獄法第22条だ。
 そして、関東大震災(1923年)の時も、壊れた小菅刑務所(現 小菅拘置所)で一人も逃走しなかったという。http://yoshimine.dreama.jp/blog/445.html
 

その後、どうなったのだろう?。
 「被災地、容疑者の釈放計61人に 宮城でも30人」
                                   
2011年3月29日21時9分記事

  東日本大震災で、福島県内の警察署に勾留されていた容疑者のうち31人が釈放されていた事案で、宮城県内でも勾留中の容疑者ら30人を震災翌日の12日から16日までに釈放していたことがわかった。
 仙台地検が29日発表した。田辺泰弘・次席検事は「震災でライフラインが止まり、警察署に勾留し続けて安全が確保できるかどうかや、事件ごとの内容などを総合的に考慮した」と説明した。

 地検によると、27人は起訴前の容疑者で、起訴後の勾留が3人。
 大半が窃盗容疑で逮捕されており、強制わいせつなど性犯罪の容疑者はいない。
 27人の中には釈放する予定だった人も含まれるという。
 地検は今後、早急に捜査を再開して事件を処理するとしている。

■日本橋伝馬町の牢屋があった場所

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