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2011年3月25日 (金曜日)

がんばれ「福島50」

  福島第一原子力発電所事故では、今、懸命の復旧作業が行われているが、ここで頑張っている人達を「Fukushima 50」(フクシマ・フィフティ)と呼んで讃えているという。
 ただし、外国メディアだけだ。Enhancedbuzz2435013009165694
 日本マスコミは何故か、東京電力関連の美談は報道しない。

 原発事故では、自衛隊、消防、警察などの公的組織の頑張りは連日報道されているが、24日、3号機のタービン建屋地下の水たまりで3人が被ばくしたことから、「福島50」のことを知った。
 しかしながら、このような場面でも恣意的報道は続いている。

 単に東電を批判するだけでなく、頑張っている様子は公平に報道して欲しいものだ。
 中国でさえ、福島50死士と名づけて報道しているという。
 
 震災後、東京電力や東電の下請け社員ら50人が福島原発に残って復旧作業に従事しているが、海外メディアは、この人達を「Fukushima 50」と呼んで称賛している。
 実際は、この50人に翌日には130人が加わったそうだが、「Fukushima 50」の名はそのまま尊称として呼んでいるという。
 
 現在、現場で作業に携わっているのは東京電力と子会社の東電工業、原子炉メーカーの東芝、日立のほか、鹿島、関電工やそれらの関係会社など。電源復旧では送電で4社、変電で5社、配電で3社という。
 東電工業株式会社は、東京電力グループの一員として、火力・原子力をはじめとする電力関連設備のメンテナンスや建設、土木建築設備の建設・保守から構造物の診断、蒸気供給サービスなどのエネルギーサービスなどが主な業務だという。
 下請け会社として、厳しい上下関係が想像される。

 そして、本当の原発復旧は、Fukushima 50の腕にかかっている。
 強烈な放射能の中に長時間滞在することから、重大な被害を受ける可能性が高いが、この人達は、東京電力の下請、孫請けの弱い立場の人達だけの場合もある。
 復旧後も、大手の東京電力から仕事をもらうために無理をしている業者や作業員が多いことだろう。
 ここで東京電力に恩を売っておけば、会社も安泰との計算も働くのも無理がない。
 そして、大して原発に知識がない作業員が犠牲者になる方程式は適用される。
 ただただ、頑張って欲しいと願うだけだ。

 以下は、ウィキペディからそのままのコピー&ペースト
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 「Fukushima 50」(フクシマ・フィフティ)は、2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震の際、福島第一原子力発電所の対応業務に従事していた人員の内、同発電所の事故が発生した後も残った約50名の作業員に海外メディアが与えた呼称。人数はその後変動している。

  2011年3月11日、東北地方太平洋沖地震の後に発生した津波によって福島第一原子力発電所の原子炉の冷却機能が停止し、それらの復旧作業や応急処置の為に同発電所には社員を含め約800人の従業員が従事していた。しかし、懸命の復旧作業にも関わらず、原子炉1号機の水素爆発など度重なる原子炉爆発事故が発生し、遂に3月15日には、原子炉4号機の爆発と火災が発生。この4号機の爆発は使用済み核燃料プールに保管していた「使用済み核燃料」が建屋(たてや)上層にあり、爆発によってそれが露出した可能性があるのと放射線が飛散した可能性がある為、これらの危険回避の為に人員約750人は東京電力の指示によって避難した。しかし、約50人が現地にとどまり、福島第一原子力発電所の被害を食い止めることに尽力した。メディアは彼らを地名と人数を合わせた「Fukushima 50」の呼称で呼び始めた。

 しかし16日朝、検出された放射線の高さから健康への影響が懸念され、彼らは短い時間一時的に避難しなければならなくなった。彼らが現場に戻ったとき、あらたに130人以上が加わり、当初の約50人に加え総数は約180人になったと報告された[3]。3月18日には柏崎刈羽原子力発電所や送電線敷設要員も加わり、総勢580人の体制になった。東京電力や子会社の東電工業や東電環境エンジニアリングなど、また東芝や日立製作所の社員なども加わっている。
 人数は増えていったものの、Fukushima 50の名前はそのままメディアで使われ彼らを総称する言葉となった。彼らの勇気に、日本の内閣総理大臣菅直人は「この危機的状況を解決できるのはあなたがただけです。引くことは考えられません」と述べ[4]、作業員や申し出て原子炉の安定の任務につく人たちを賞賛した。
 彼らは比較的高齢であり、生殖可能年齢を超えた者が多く、長く放射線に晒されてもその影響は自然死を迎えるまでには現れにくいと考えられる。彼らの活動には、爆発によってもたらされた損害と放射能濃度の測定も含まれていて、海水で損傷した原子炉を冷却し、火災の危険を除くことに取り組んだ。彼らは、放射能汚染を受けるリスクを承知で現場にとどまった。
 放射能の危険レベルは非常に高く、半径20kmの避難地域が指定され、またメディアは厳しい状況が将来彼らの健康に重大な悪影響がありえ、場合によっては死に至りうることを指摘した。 http://news.ameba.jp/20110320-10/

■「Fukushima 50」という名前が、われわれ日本人が知らない間に海外で大きく知られる存在になっている。
 これは、福島原発で残って作業する東京電力や関連作業員たちの呼称だ。
 文字通り命がけで戦っている50人のチームに対しての賛辞の報道が、海外メディアでは多く見られる。もちろん、日本では報じられることがないのは残念な限りだが。
 詳しく知りたい人は、すでにウィキペディアでも、「Fukushima 50」の項目が作成されているくらいだから、一読してみると良いだろう。英BBC、米ABC、CBSなどのテレビでは、灯りのない原発施設の中で、白い防護服を着用して原子炉の爆発を防ぐための作業に従事していると報道されている。まさしく「名もなき英雄」。勇敢な作業員たちに「Fukushima 50」の名前が付けられ、そう呼ばれている。いつ終わるともわからない戦いが続く英雄たち。私心を捨てて取り組む姿には、同じ日本人として誇らしい限りだ。

メディアや政府の反応
 メディアは、現場に残った従業員たちの勇気を讃え、彼らをヒーローと紹介し、「Fukushima 50」の名が知れ渡った。フランスのFrance 24は彼らを"Japan's faceless heroes"(日本の顔が知れない英雄たち)と紹介した[15]。イギリスの新聞ガーディアンは、"Other nuclear power employees, as well as the wider population, can only look on in admiration"(他の原子力発電所に従事する者たちは、他の多くの人々と同様に、強い賞賛をもって見ていることしかできない)と書いた。ドイツのニュースサイトで彼らの献身さは四十七士にたとえられている。
 中国語のニュースサイトは彼らを"福島50死士"と名づけた。

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