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2010年11月20日 (土曜日)

「先天性橈尺骨癒合症」の治療は

 先天性橈尺骨癒合症とうしゃくこつゆごうしょう)という。A03506001a
 幼女4人殺害犯人・宮崎勤は、この障害をもっていた。
 今から20年も前、世間を震撼させた幼女4人殺害犯人・宮崎勤は、平成20年6月17日、東京拘置所で死刑執行された。
 享年45歳だった。
 宮崎勤の事件は、ここから比較的近距離が犯行現場であったことと、被害者が我が家の娘と同年代であったこともあり、関心深い事件だった。
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/knight9/miyazaki.htm
 最近、第一回目の犯行現場となった埼玉県入間市の今野さん家族が住んでいたマンション近くに仕事で行く機会があった。
 少しヒントを与えたら、近所の方がいろいろ教えてくれた。
 そして、事件は今も風化していないことを知った。
  宮崎勤が「先天性橈尺骨(とうしゃくこつ)癒合症」という、両手を上に向けられない障害を持っていたことは余り知られていない。
 この症状は、肘周辺の先天異常の中では最も頻度が高い疾患で、肘の近くで、前腕の橈骨と尺骨が癒合している状態だそうだ。
 前腕の回旋運動制限が主たる症状で、多くは手のひらが下を向く前腕回内位で固定されるという。
 よって、「茶碗の持ち方がおかしい」、「鉄棒の逆上がりができない」、「洗顔時に手のひらで水をためられない」などで初めて障害に気づく例がある。
 宮崎勤は、この障害が負い目になって成人女性に近づけず、比較的言うことを聞く幼女が性のはけ口の対象になったとされる。
■「先天性橈尺骨癒合症」の治療方法は、
 「国立成育医療研究センター」世田谷区大蔵2-10-1電話:03-3416-0181
 のホームページによると、
 http://www.ncchd.go.jp/hospital/section/second-clinic/kata-hiji.html
 「日常生活で特に障害がなければ、治療は不要とする考え方もありますが、私どもでは治療が可能であれば、機能的改善を目指すべきだと考えています。治療は、骨切りにより固定肢位を変換する手術と、癒合部を切離して回旋運動を獲得する目的の手術に大別されます。先天性橈尺骨癒合症では前腕、特に橈骨の彎曲異常が強いため、単に癒合部分を切離しただけでは、回内外可動域(回旋運動)を獲得することは困難で、また癒合部を切離しても再癒合することが多いため、従来は癒合部あるいは橈骨の遠位1/3部位での回旋骨切りを行い、回内位(手のひらが下を向いた状態)に固定されている肢位を中間位あるいはやや回外位の肢位に変換することが行われていました。最近は橈骨の矯正骨切りと血管柄付の脂肪の挿入などの組み合わせで、極端に重症例以外ではある程度の動きが得られるようになってきました。全国的にもこの方法が行える施設は限られていますが、成育医療センターでは年間10例近くの手術を行っています。手術は、年長になっても可能ですが、就学前の4~5歳ごろが推奨されます。」とある。
手の外科病院一覧
 http://hand.raindrop.jp/hospital.html
 手の外科自体非常にマイナーな分野であり、推薦できる病院は限定される。手の外科の専門的な治療を受けたい方はある程度遠い病院も受診するつもりでないと病院選びが難しい場合があります。とある。山形県には残念ながらない。
6宮崎勤は、1962年8月21日生まれで、東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件(広域指定第117号事件)の容疑者として逮捕、起訴され、死刑判決が確定し、平成20年(2008)6月17日死刑執行された。
 http://www.alpha-net.ne.jp/users2/knight9/miyazaki.htm
 犯行当時、東京都西多摩郡五日市町(現・あきる野市)小和田181に居住し、父親は「秋川新聞社」を経営していたが事件後の平成6年11月21日多摩川で投身自殺した。
第一事件発生は1988年(昭和63年)8月22日 今野真理ちゃん(幼稚園児/4歳)埼玉県入間市、遺体の一部は 1989年(平成元年)2月6日 今野宅の玄関前に段ボール箱が置かれているのを発見。(殺害から約6ヶ月後)。遺体発見は1989年15(平成元年)9月13日 東京都五日市町の山林で手足の骨を発見(殺害から約1年1ヶ月後)。
第二事件発生は1988年(昭和63年)10月3日 吉沢正美ちゃん(小学1年生/7歳)埼玉県飯能市、遺体発見は1989年(平成元年)9月6日 宮﨑が自供した翌日、東京都五日市町の山林で白骨死体となった遺体と衣類を発見(殺害から約11ヶ月後)。
第三事件発生は1988年(昭和63年)12月9日 難波絵梨香ちゃん(幼稚園児/4歳)埼玉県川越市、遺体発見は1988年(昭和63年)12月15日 埼玉県名栗村の横瀬川河川敷で衣類や靴などを発見したあと、名栗村の山林で遺体16を発見(殺害から6日後)。
第四事件発生は1989年(平成元年)6月6日 野本綾子ちゃん(保育園児/5歳)東京都江東区、遺体発見は1989年(平成元年)6月11日 埼玉県飯能市の宮沢湖霊園で頭部の一部と両手足が切断された胴体部分を発見(殺害から5日後)。
逮捕の切っ掛けは、1989年(平成元年)7月23日、八王子市内で小学一年の女児(6歳)を全裸にして写真を撮っていた男が、被害者の父親に発見され通報で駆けつ26けた八王子警察署の駐在所勤務員に強制猥褻の現行犯で逮捕された。
 逮捕した時点では、宮崎勤という男が、まさか一連の幼児殺人事件の犯人に結びつくとは思わなかったという。
 事件の余波として、日産ラングレーは宮崎勤が乗って犯行に及んでいたことから人気がなくなり生産中止になったという。
わいせつ男が五歳女児殺害を自供 奥多摩で頭部の人骨みつかる
             (89年8月10日付)
 1988年から89年にかけて、東京、埼玉で幼女4人が次々に誘い出され殺害された。89年7月23日、東京五日市町の印刷業手伝い、宮崎勤容疑者(26)を誘拐、強制わいせつの現行犯で逮捕。 ざるなどを使い、入念に捜索する埼玉県警捜査員=東京五日市町小和田。 東京都八王子市内で小学一、四年の女児に「おじさんはカメラマンだ。写真を撮らせてくれ」といって近づき、裸にして写真を撮り、誘拐、強制わいせつ容疑で東京・八王子署に逮捕された男が、十日までの警視庁の調べに対し、「別の女児を殺し、西多摩郡奥多摩町の山中に埋めた」と自供した。

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