« 尖閣ビデオは正しい情報漏洩だ! | トップページ | 流山市ゆかりの著名人二人 »

2010年11月 7日 (日曜日)

洋画家・奈良岡先生のこと

 「釣りバカ日誌」を観ていると、鈴木社長「スーさん(三國連太郎)」の奥さん役で奈良岡朋子さんが出てくる。
 奈良岡朋子さんが画面に映ると、いつも思い出す人がいる。Sample4_2
 奈良岡朋子さんの父君・洋画家の奈良岡正夫先生だ。
 実は先生とは酒仲間だった。
 失礼ながら、このようにしか言いようがない。

 40年も前、19歳から20代はじめ頃は駒込・吉祥寺の隣に住んでいたが、洋画家の奈良岡正夫先生の家も近所だった。
 絵に関心の薄い小生は高名な方とは知らずに、東北なまりが抜けないただの親父とばかり思っていた。
 吉祥寺の入り口近くに、ビールも出すが簡単な食事が出来るスナックがあMk141った。
 ここが、先生と知り合った店だった。
 店には、50歳代の経営者とバイトの女子学生がいる大してはやってない店だが、小生は夜学の帰りに夜食などに良く立ち寄った。すると、店内は奈良岡正夫先生の独壇場で、青森弁丸出しでいつものようにママやバイト女性をからかっている。

 まったく、絵描きとか芸術家の雰囲気はない60歳後半のタダの親父だ。最初のうちは、青森から出稼ぎに来て、そのまま東京に居着いた人、程度に思っていた。
 あるときこんなことがあった。 「書くものないか」と言うので、学校のノートと鉛筆を渡した。ノートの何も書いてない頁を開けて、鉛筆を渡すと何かデッサンを始めた。
 なんと、ママさんとバイト女性の服を脱がしたデッサンだ。
 約1分で描き上げた。
 この親父、ただ者ではないと思ったのはこのときだ。
 50代のママさんのデッサンはおっぱいが垂れ下がっている。
 バイトの20歳前後の女性のは、ピンと形良く描いている。
 取り上げようと大騒ぎになったが 、取られないように早々に鞄に入れた。
 何の話からこのような展開になったのか忘れたが、実に気の置けない人、気さくな人だった。「洒脱な人」という表現がピッタリの人だった。

 そのうち、ママから女優・奈良岡朋子さんの父上で絵描きの奈良岡正夫先生であることを知ったが、第一印象が強すぎた。同じ東北生まれであることや、祖父の年代に近かったせいもあるが、最後まで甘えるような感覚で馴れ馴れしく接してしまった。
 先生の絵をなんとか手に入れたかったので頼んだところ、「おお、君が結婚したら描いて上げる」と言われた。
 その当時は、結婚など何時になるか見通しが無かった。
 そのうち転居し縁遠くなったが、その数年後のある日曜日の朝、NHKで美術を紹介する番組に先生が出演していた。日本の洋画の歴史を紹介する30分番組だったが、青森なまりを懸命に押さえて話す先生の会話が懐かしく面白かった。
 明治36年生まれの奈良岡先生も、平成16年5月5日100歳で亡くなった。
 亡くなる二日前まで絵筆を握っていたという。
 弘前市名誉市民でもある。今も天国で、女の子達をからかいながら絵を描いているのだろうか。
 あのデッサンは暫く取っていたのだが、残念ながら見あたらない。合掌

奈良岡正夫  Naraoka-Masao 
1903  弘前市に生まれる
1943  二科展入選  文展入選  独立展入選  海洋展海洋賞
1944  従軍記録画 大臣賞
1946  日展入選 以後も入選  示現会創立
1948  東京・三越で個展 以後15回開催
1954  日展特選(1956年同)
1955  日展無鑑査(1957年同)150107
1959  日展依嘱出品
1963  日展会員推挙
1965  日展審査員(1972・1978年同)   東奥賞受賞
1976  東京都文化功労賞受賞  文京区文化功労賞受賞
1979  日展評議員  日展参与
2002  画業83年・満100歳紀寿記念 奈良岡正夫近作展 松木屋/青森
2004  5月5日 永眠

|

« 尖閣ビデオは正しい情報漏洩だ! | トップページ | 流山市ゆかりの著名人二人 »

11 我が家に関連」カテゴリの記事

コメント

奈良岡正男先生がまだあまり有名にならない頃に描いた油絵『やぎ』が、かなりおんぼろの木造の母校豊田小学校の体育館に飾ってありました。60年も前の事です。

投稿: 青葉愛子 | 2014年1月25日 (土曜日) 午後 05時19分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1208592/37563021

この記事へのトラックバック一覧です: 洋画家・奈良岡先生のこと:

« 尖閣ビデオは正しい情報漏洩だ! | トップページ | 流山市ゆかりの著名人二人 »