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2010年10月20日 (水曜日)

日本分割案と連合国統治領日本

 国家意識や領土意識が希薄な日本国民は、同様に国旗に対する2010020803085002f意識も薄い。
 尖閣諸島にチョッカイを出す中国によって、ようやく太平の眠りから覚め、国家や領土、そして国旗のことを少しは意識しはじめたのなら、むしろ中国に感謝すべきだ。
 この国旗をご存じのだろうか。
 
 昭和20年8月15日の終戦から7年間、日本の正式国名は「連合国統治領日本」だった。
 日の丸の使用は禁止され、
 連合国統治領日本に押しつけられたのが、現憲法とこの国旗だった。
 三色旗は昭和27年独立と同時に廃棄したが、憲法はそのまま残った。
 押しつけられた恥べき憲法を後生大切にしている日本人だ。
 そろそろ、国民もこの矛盾と屈辱に気づいて欲しい。
 それとも、憲法と三色旗はセットだったから、この旗も蘇らせるべきなのか。
 きっと、日教組はじめ日の丸を認めない左翼政党は喜ぶことだろう。
 
 それから、占領下では日本からの輸出品は、Made in Japan ではなく、
 Made in Occupied Japan占領された日本製)だった。
 また、下段のような日本分割案もあったことが公文書公開で判明している。
 この分割が実施されていたら、日本にはどのような歴史が生まれたのであろうか。
 東北や北海道はソ連統治案だった。
 因みに、北海道、東北はソビエト連邦 、関東はアメリカ合衆国、東海、北陸は英国
関西、四国はフランス、九州、中国は中国、小笠原諸島、沖縄はアメリカ合衆国。
そして東京は戦勝国で分割統治。

日本の分割案
 アメリカ大統領ハリー・トルーマンはダグラス・マッカーサーを連合国軍最高司令官に任命した。日本では連合国軍最高司令官総司令部をGHQ(General Headquarters)と呼称する。日本に進駐した連合軍の大部分はアメリカ軍であったがイギリス連邦の諸国軍も進駐した。日本の間接統治の最高機関として極東委員会を、最高司令官の諮問機関として対日理事会が設置され、その傘下に526pxdivideandrule_plan_of_japan置かれたGHQが全面的に占領業務を行うこととなった。

 アメリカ国立公文書館の計画書による日本の分割統治計画案
 第二次世界大戦中、連合国軍はドイツと同様に日本の分割直接統治(東京都区部は米中蘇英、近畿地方の大部分はアメリカと中華民国による共同統治となるなど)を計画していた。しかし、天皇を通して統治した方が簡易であるという重光葵の主張を受け入れ、最終案では日本政府を通じた間接統治の方針に変更した。日本は国家が消滅したわけではなく、主権を制限された傀儡国家の状態であった。
  
占領下における日章旗の掲揚禁止
  1945年、連合国軍総司令部(GHQ)の指令により日章旗の掲揚が原則禁止された。この間、商船旗としては国際信号旗のE旗に基づいた旗が代用されScajapた。祝日に限定した特例としての日章旗掲揚許可を経て、1949年(昭和24年)1月1日にマッカーサー元帥は日本の国旗の使用を自由とする旨の声明を発表。これより正式に日章旗の自由掲揚が認められるようになった。
SCAJAP旗 船尾に掲揚する米軍占領日本国の標識
  (shiping control authority for japanese marchant marine)
国際信号旗 E旗に切り込みをいれたもので昭和27年(1952)日本国独立まで7年間船舶に掲揚が命ぜられた。

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