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2010年10月27日 (水曜日)

マムシの捕り方・食べ方

  あちらこちらで熊の出没で困っているようだが、これは、人間が動物のすみか、ブナ林を破壊し続けた結果であり、エゴのなせる技だ。P1010606
 因果応報とはこのようなことであろう。
 ところで、人里に降りてきた熊の殆どは殺処分というが、熊の胆(い)は取り出しているのだろうか。それとも、熊の胆は冬眠明けのものが最高と言われるから、取らないのだろうか。
 「熊の胆一匁(もんめ)は金一匁」と言われ、乾燥させた熊の胆は、金と同じ値で取引されるという。

 さて、今回は「熊の胆」ではなく、「マムシの胆(きも)」や捕まえ方の話だ。
 マムシの胆も、「熊の胆」同様の価値があるとされる。 
 小生が小学校3・4年ころの、昭和30年代の昔話を紹介したい。
  当時、祖母は55・6歳くらいか、低血圧で貧血ぎみの人だった。
 ある日、小学校から下校すると、「山にマムシ捕まえに行こう」と声を掛けられた。
 帰宅するのを待ち構えていたようだった。
 ここでお断りするが、このブログにはよく祖母の話が出るが祖父の話は殆どない。
 祖父は小生が誕生する前年に死亡しており、祖母の寂しさの紛らわしで、幼少時からあちらこちらに連れ回された記憶がある。
 周りからも、「祖父の生まれ代わりだ」などと言われながら育ったものだ。
 つい最近も、叔母から祖父に良く似て来たと言われた。

 話を戻すと、既にマムシ捕りの七つ道具は玄関先に準備してあった。
 藁で編んだ「てんご」には、軍手、小刀、マッチ、新聞紙に包まれた馬の蹄、水が入った一升瓶が入れてあり、更に先端がの字になった1メートル程の棒二本が準備してあった。
 家から1キロも歩くと、いかにもマムシがいそうな湿地の多い場所がある。
 気の強い祖母だったが、さすがに女一人で行くのは怖かったのだろう。
 適当な場所に陣取ると、杉の枯れ葉や小枝を集めてたき火を始めた。
 そして、程よく燃えると、火の中の馬の蹄をくべる。焦げると香ばしい香りに釣られてマムシが寄って来るのだという。
 このことは、どこで聞いたのか知らないが未だ真偽のほどは分からない。

 香りが周囲に漂い始めると緊張して来る。
 祖母も「カン(匂い)して来たぞ、来るぞ」と構えている。
 二人での字の棒きれを持ち、キョロキョロしながら辺りを見回す姿は今思い出しても滑稽だ。
 そんなことをして2・30分も経ったら、本当に毒蛇特有の頭が三角のマムシが5メートルほど先に現れた。
 「来た」と小声を掛けると、「棒で首を押さえろ」と言われる。
 その程度の要領は分かっていたが、いざマムシに向かうとなると躊躇する。
 2・3メートル離れて数秒睨み合っていると、また「頭押さえろ」と命令される。

 自分でやらないで、孫の子供にやらせるのだから勝ってなものだ。
 仕方なしに歩を進め棒のの部分で押さえる。意外と簡単に捕まえることが出来た。
 マムシは頭を押さえられると、胴体を棒にぐるぐる巻きになってきた。
 これを見た祖母は、すかさず頭部分を長靴で踏み小刀で頭部分を切り落とした。
 「マムシも頭が無ければ怖くない」などと言うが、マムシは頭を落とされても元気がいい。棒を離すと今度は祖母の出番だ。
 祖母はマムシの胴を手で握ると、その手首に巻き付いてくるが、気にせずに胴の腹に小刀を入れ、ウナギの腹を広げる要領で切り裂く。
 まず、黒っぽい小指の先程度の胆嚢を切り取る。2_1
 次に皮をはぐのだが、頭方向から尾に向かって引き落とすときれいに剥け、薄いピンク色の身だけの哀れな姿になる。
 綱引きするように、皮のほうを引っ張った。
 この身を竹串にS字に刺すが、マムシの生命力の凄さはここから発揮する。
 何と竹串に刺されても身をくねさせている。

 この日はもう一匹捕まえた。
 これは、水が入った一升瓶に頭から入れた。
 暫く水の中に入れたままにして排泄物を出させた後、マムシ酒にするのだという。
 
 竹串に刺したマムシは小生が手に持って帰宅し、直ぐ囲炉裏で焼き始めた。
 何と、息絶えたとばかり思っていたマムシが、火の熱さでまたグニョグニョ動き出した。この生命力には恐れ行ったものだ。
 このマムシ焼きは、父親の晩酌のつまみに出すという。
 父親はニューギニアからの帰還兵で、ジャングルを単独で半年も彷徨っていたのだが、その当時の主食は蛇やトカゲだったというから怖ろしい。

 父親が帰宅すると、囲炉裏でほど良く焼けたマムシを見つけ舌鼓を打っている。
 まず、身を柔らかくするために、スリコギで叩いて食べやすくしている。
 「お前も食え」と切り身を一切れ渡された。
 このときが、はじめてマムシを食べたと記憶している。
 醤油を少々付けて食したが決して美味いものではない。
 今なら、きっとマヨネーズだろう。

 マムシ酒を作る要領も見ていたが、この話はまたの機会にする。
 マムシの胆(きも)は祖母が数日乾燥させて、漢方薬として大切そうに煎じて飲んでいた。なお、「まむしの胆」は肝臓ではなく胆嚢だ。「蝮蛇胆(ふくだたん)」ともいい、熊胆(ゆうたん)」と並び珍重されている。
 マムシ捕りは、その後も数回は連れていかれた。
 いい経験になったとしか言いようがないが、他の人に奨めているわけではない。
 この蛇にまつわる話は、後日談がある
 上京し間もないころ、文京区本駒込の富士神社の祭礼に「蛇娘」の見世物小屋が出たが、覗いて見ると、この蛇娘は祖母がマムシを処理するときの姿と同じだった。http://www.yolike.com/video/video/sd5U8alglek/
 これを見た直後に帰省した際、祖母たちに「いつでも蛇娘が出来ると思う」と語ると、「蛇ババァの話は聞いたことがない」と笑っていた。
 また結婚後、この話を思い出し父親と話していると、これを聞いていた妻が「凄い親子!!」と呆れていた。そして「結婚前、この話を聞いていたら結婚しなかった」というから正直だ。

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