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2010年10月22日 (金曜日)

山寺の落書きと割れ窓理論

 山寺は芭蕉が「閑さや岩にしみ入る蝉の声」と詠んだ地として、山形Yamadera0918県では出羽三山と並ぶ観光名所だ。この山全体が境内という天台宗「通称・山寺」宝珠山・立石寺の五大堂の落書きのことが10月22日の読売新聞に掲載された。
 ここは我が家でも、帰省途中に度々訪問しているし、当ブログでも「不滅の法灯」と「油断大敵」と題して、比叡山の「不滅の法灯」は山寺に分灯されていることを紹介している。

 今回は落書きの話題だが、山寺の落書きは落書きを消そうとすると、壁や柱を傷めてしまいかねず、手が出せない状態だという。
 そもそも「落書き」は、観光地には至る所で目にするもので、何も山寺だけではない。「落書き」を防ぐには最初に書かれた段階で直ぐ消すことが大切。数カ所書かれても放置すると、それを見た人は「ここは落書きしてもPhotoいいのか」と判断するという。管理者は「この程度ならまだいいだろう」と放置すると、いつしか取り返しの付かない状態になる。
  これは、「割れ窓(ブロークン・ウィンドウズ)理論 Broken Windows Theory」といい、窓の割れた建物を放置しておくと、「この建物は壊しても平気なんだ」と思われ、辺りに「何をやってもいいんだな」という空気が流れ、その建物全部が破壊されるという理論だ。
 つまり、初期の段階で毅然と対応すれば悪化を防ぐことができるとされる。

 それに、けしからん奴は古今東西、何時の時代もいるもので、以前エジプトのピラミッドの数千年前の落書きが話題になっていたが、そこには、「最近の若者はなっとらん」という趣旨の落書きを紹介されていた。賞賛するつもりはないが奥深い落書きだ。
 結論は、山寺も入山料金を徴収しているのだから、それなりに防犯カメラや警備員などを配置して不心得者に落書きやイタズラのチャンスを与えない工夫が大切だ。
 落書きやイタズラを、最近の若者論や日本人の倫理観の低下で処理することは間違い。人間は機会があれば、つい不道徳なことをする弱い心を誰もが持っている。
 その機会を減少させる以外に手立てはない。「人間性弱説」を支持する。

■山寺の入館料
 大人 300円、中高生 200円、小学生 100円、団体割引30名以上、

■「不滅の法灯」と「油断大敵」
     http://z-shibuya.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/s-c40c.html

芭蕉も泣いてる…山寺に落書きビッシリ
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20101022-OYT1T00006.htm?from=area1
 俳人・松尾芭蕉の句「閑さや 岩にしみ入る 蝉の声」の舞台として知られる山形市の山寺が、断崖絶壁の上に建てられた観光名所「五大堂」への落書きに頭を悩ませている。壁や柱の落書きを消そうとすると、築約300年の建物自体を傷めてしまいかねず、手が出せない状態。紅葉シーズンを迎え、大勢の観光客が訪れる中、寺側は神経をとがらせている。五大堂は、1714年(正徳4年)に再建されて以来、修復や補強工事を重ねながら、当時の姿をとどめてきた。絶壁からせり出すように立つお堂からの眺めは絶景で、山寺の中で一番の人気スポットとなっている。
 しかし、柱や壁には、サインペンなどで名前や願い事、イラストなどが至る所に書き込まれ、彫刻刀で彫ったような悪質なものもある。落書きは20~30年前から目立つようになり、今ではすき間もないほどになっている。(2010年10月22日 読売新聞)

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