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2010年9月 9日 (木曜日)

「水争い」の歴史と土地改良区

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 庄内平野は日本一の米どころだが、単に広大な農地の存在だけでなく、田圃の隅々まで農業に適した用水が流れ、治水と利水が徹底された地域でもある。
 その陰には「土地改良区」のご苦労がある。

水争いの歴史と土地改良区
 庄内平野に限らないが、国内の人口が増加するに連れ食料不足が深刻になった。
 それを補うために、各地で新田開発が奨励され農地は拡大するが、必ずと言っていいほど水不足と水争いが発生した。
 四文字熟語の『我田引水』は、「かってに自分の田に水を引く」という意だが、この言葉の背景には水不足と水争いの歴史があった。Image0037
 この我田引水は死罪とされ、それほど水源の維持管理は重要だった。
 ただ、水争いは米作りが始まった弥生の昔からあったそうで、特に平安の「荘園」の時代に顕著になり、この「荘園」の土地と水を護るために武装した武士が誕生した。
 これが武士団として組織され、更に国盗り合戦の戦国時代につながったとみていいし、今も昔も水を治める者、つまり治山治水が為政者の条件とされる。
 
  さて、現代社会では、不必要な争いは防ごうとする工夫がある。Mw147031
 それは戦後、「土地改良法」が施行され、農地や水の管理を目的に「土地改良区」が組織され、更に土地改良法施行令により、村々や地域からの総代などの話し合いで、水争いなどを未然に防止する制度が誕生した。
 この土地改良区は、「水土里ネット」(みどりネット)という愛称で呼ばれ、
 山形県遊佐町の土地改良区は「月光川土地改良区」といい、10年ほど前から「水土里ネット月光川」という愛称で呼ばる。http://www15.plala.or.jp/gakkougawa/
  今回、「水土里ネット月光川」を紹介するのは、関係者に親戚、友人らが多いこともあるが、その業務や重要性が世間にあまり知られていないこともある。

 「水土里ネット月光川」のホームぺージに、簡潔にまとめある。

■「土地改良区」の仕事はどんなことをしているの
 土地改良区は、川やため池から水を引き、農家の人たちが農業に使う水(農業用水)を、安定的に送ることを主な仕事としており、農家の人たちによって組織されている団体です。
 農業用水を安定して配分するためにさまざまな施設の整備をおこない、それらの維持管理をとおして、地域の「水」と「土」を守ってきた歴史をもっています。
 農業基盤の整備にあわせ生活環境の整備も進められ、土地改良施設は農家の人たちの財産だけではなく、地域の共有財産として大きく位置付けられてきております。
 土地改良区では、農地農業のもつ能力をもっと活用し、「水」と「土」にかかわる地域資源の管理を通じて、美しい自然環境にマッチした豊かな「ふるさと」づくりに組織をあげて取り組んでいきます。

■「月光川土地改良区」所在地
  山形県飽海郡遊佐町遊佐字京田36番地Midorinet_ty

    年   度

項       目
昭和26年 遊佐町土地改良区設立
昭和27年 吹浦、高瀬土地改良区設立
昭和30年 稲川土地改良区設立
昭和37年 月光川土地改良区設立
昭和40年 遊佐町土地改良区に合併
昭和44年 月光川土地改良区に名称変更

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