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2010年9月22日 (水曜日)

「とおりゃんせ」と間引き

 一見、意味不明のタイトルだ。Brnkwm
 「間引き」は、密植した苗を少数を残して抜いてしまう農作業のことだが、飢饉などで生活が苦しいときは、口減らし目的で子供が「間引き」の対象になった。
 口減らしは、「次は豊作のときに生まれて来なさい」と祈りつつ、子供を神に生贄に捧げる儀式と、親は自分を納得させたのだろうか?。
 これを「人身御供(ひとみごくう)」と言うそうだ。
 その成長出来なかった子供を「水子」と言うが、概ね7歳までが対象だった。
 昔は「7歳までは神の内」と言われ、7歳から人間扱いされたのだという。
 現在は、堕胎や流産した子供を「水子」と言うようだが、昔は意味が違っていた。

 しかし、親鸞上人が「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えつつ開いた「浄土真宗」では、昔から「人身御供、間引きは殺生だ」と説き続けている。その教えが、顕著に表れた地域が親鸞が流された越後(上越市直江)の国分寺と言われ、その辺りを中心に広まったとされる。また、親鸞は上野(群馬)や常陸(茨城)にも家族と共に移り住んでおり、関東にも浄土真宗の信者が広まった。なお当時、僧の結婚は禁じられていたが、親鸞は堂々と結婚し子供を儲けていることも関連していると推測される。
 美談にも聞こえるが、その反動も当然ある。
 飢饉があると、子供が口べらしのために売りに出された。
 男子は三助や大道芸の角兵衛獅子(越後獅子)、女子は決まって女郎街に売られた。
 このように、子供は飢餓や病気で死亡したり、口減らしで人身御供されたり身売りされたりすることが多く、親元で7歳を迎えることは、とても目出度いことだった。Kouri
 右写真は、
 「写された幕末」(石黒敬七コレクション)、「人間商売
 1歳位の子供と5~6歳の女子が人売りに連れられて、花街を歩いて売られる様子だ。

 子供の成長過程の儀式として、七五三、端午の節句、節分などがある。
 病気はもちろんのこと、「間引き」「身売り」されずに、7歳まで成長した喜びなどの様子が、童謡「とおりゃんせ」の歌詞に残ると言われる。

とおりゃんせ とおりゃんせ
ここはどこの細道じゃ
天神様の細道じゃ
ちょっととおしてくだしゃんせ 
用のないものとおしゃせぬ
この子の七つのお祝いに
お札を納めに参ります
行きはよいよい 帰りはこわい
怖いながらも とおりゃんせ とおりゃんせ

とおりゃんせ とおりゃんせ
ここは冥府の細道じゃ
鬼人様の細道じゃ
ちょっととおしてくだしゃんせ 
贄のないものとおしゃせぬ
この子の七つの弔いに 
供養を頼みに参ります
逝きはよいよい 
還りはこわい
怖いながらも とおりゃんせ とおりゃんせ

■この童謡の発祥は、埼玉県川越市郭町2-25-11の「三芳野天神」や
  神奈川県小田原市の菅原神社が舞台と言われ、両方に発祥の地とする看板がある。
  歌詞の意味合いを考察したホームページは幾つかあった。http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Apricot/4966/tooryannsenituitenokousatu.html

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