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2010年9月12日 (日曜日)

ガ島戦・三連続奪回失敗の愚かさ

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 前回、カダルカナル島で玉砕した福岡124連隊の遺族会「福岡・ホニアラ会」のことを紹介した。この会の事務局長・上村清一郎さんは、父上がここで戦死したことから毎年のようにこの島に訪問していた。小生も幾度か誘われた。関心深いが訪問するまでには至っていない。上村さんも今年4月亡くなられ、11月には遺族会の有志が島に分骨のため訪問するという。関係者から誘いの連絡が入ったがお断りした。その代わり、「ガ島」戦のHP広報を、今後も続けていくと約束した。
 ▼「福岡ホニアラ会http://www.geocities.jp/honiara_kai/index.htm 

 太平洋戦争は、明治政府誕生以来、国を富ませ兵力を強化し、列強に追いつき追い越せの合い言葉で植民地獲得合戦に参戦し、日清・日露戦争とかろうじて連勝したことによる、指導者層の過剰な自信と傲慢が根源にあったとみている。
 
 戦争の悲惨さと、当時の指導者層の愚かさを知るには、まず「ガダルカナル島」戦のことを学ぶといいとされる。Q_w
 日本軍の戦法は、精神力だけの肉弾戦
 素手物量、
 子供
大人
 飢餓満腹、
 
原始近代の戦い、
 地獄、残酷、悲惨そのものだった。
 この、ガダルカナル島でとった日本軍の犬死に戦法は、敗戦のその日まで変わらなかった。アメリカ軍の、近代的装備による銃弾雨あられの中に、ただ、銃剣で突撃・突撃と明治時代と変わらない戦法を強いた日本軍将校の愚かさ、そして餓えの中で希望を失い死を急いだ兵士の哀れさは「餓島」に凝縮されている。 
 下級兵士が餓えで命絶えていく中で、上級将校は後方のパラオ辺りに慰安婦を買い戻っていた記録も残っている。補給路を断たれ兵士が餓えた中で闘いを強いられたことから、「餓島」とも呼ばれる。
 ガ島戦は、右上写真の三人が企画した。

 戦争を美化する人、逆に自虐史観を説く人も多い。
 しかし、戦争を避けたいのは多くの国民の願いだ戦争は当然繰り返してはならないが、回避を最善の策としつつも、必要なら勝つための万全の備えが大切だと思う。
 戦争は、怖い、恐ろしい嫌だ、反対だと否定語を羅列しても避けることは出来ない。

 昭和16年12月8日太平洋戦争が勃発し、日本軍は南方の島々に戦略上良好な飛行場を設営する必要に迫られた。そこで当時無人島に近く、島の北側に平地があるガダルカナル島に急ぎ飛行場を設営した。
 しかし、完成間近の昭和17年8月7日、米軍の奇襲攻撃で奪われている。
 明治22年2月11日大日本帝国発足以来、負け知らずの帝国陸軍は島を早期に奪還するため、G_butai_haichi_1
 旭川歩兵第二十八聯隊(一木支隊)、
 福岡124聯隊(川口支隊)、
 仙台第二師団
 名古屋第228連隊等、
 3万数千名を逐次投入したが全て撃退された。
 戦死者2万数千名を数え、昭和18年2月に完全撤退した。
 その後は、米軍を中心とした連合軍は、このガダルカナル島を反攻の拠点とし飛び石に本土に迫って来たことは良く知られている。
 「ガ島戦」の真相は長く国民に秘密にされていた
 ※グーグルアース「ガダルカナル」ホニアラ
  ガ島戦とは、この飛行場の争奪戦だった。

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---------------------------------------------------------------引用
ガダルカナル島戦・三連続奪回失敗・敵も己も知らず
  旧日本陸軍官僚達は、精神主義一辺倒で、明治時代から装備改良を怠っていた。
 白兵(銃剣)突撃が主な戦法だった。突撃中は発砲禁止とされた。
 ノモンハン事件で、関東軍は近代装備のソ連軍に大敗 。
 2万人の犠牲者を出したが、陸軍官僚首脳部は無反省、戦術無改良、無責任体質を維持した。そして、その旧来の手法のまま、米軍 と初めて戦かった島がガダルカナル島だった。
 現地司令官いかに現地の状況報告をしても、軍官僚・辻政信参謀達の無謀な突撃指令一辺倒で大量に犠牲者を出し、三回連続して奪回に失敗し、天皇命でしぶしぶ撤退を決断。大本営は、これを転進と偽って発表。
 結果、約3万人投入し、生還者は約1万人という惨憺たる大失態に終わった。
 犠牲者2万人中1万5千人は、不十分な戦況分析と不十分な補給計画で餓死した。

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