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2010年8月 6日 (金曜日)

死の商人「坂本龍馬」

 英雄伝は、つくられた虚像だ。
 小説、ドラマでも、真実もある程度を知ることが大切と思う。
 作家・吉村昭は「ひとり旅」で、薩長は武器で結びついたもので、龍馬のことは史実ではない。龍馬はただの郷士、藩士ではない者の仲介は有り得ないと批判している。

 死の商人(Merchant Of Death)とは、営利目的で敵味方を問わず兵器を販N159880869984_7227_2売する人物・組織への蔑称だ。
 けっして、尊敬に値する人物や組織ではないと思っている。
 しかし、金儲けのためなら手段を選ばない日本人にはチャンスをものにしたと高く評価する人も大勢いる。最もこのような姿が、世界から「商人国家(あきんどこっか)」に成り下がったと揶揄される原因だ。
 かつての、誇りある「(さむらい)国家」の面影は消え去った。

 さて、NHK大河ドラマ『龍馬伝』もいよいよ佳境に入ったようだ。
 別に熱心に見ているわけではない。それに、
 官軍側の自慢話、作り話には特別関心ない。
 8月8日の放送は「狙われた龍馬」、15日は「亀山社中の大仕事」、22日は「侍、長次郎」、29日は「薩長同盟せよ」と続く。
 この辺りは、実話に基づいて脚本してあると思うが、どのように作られているか確認しようと思う。このような歴史物は視聴者も、史実をある程度知っておくことが大切と思う。Ryomapic_03_2
 ドラマであっても、史実として見てしまう傾向が強く、そして、間違った人物像が定着することは、もっと怖い。

 坂本龍馬は明治維新の立役者、第一功労者とされるが、それは、薩長を同盟させたことと言われている。そして、この「薩長同盟」によって、幕府側が敗北している。 

 龍馬は1865年、長崎市伊良林2-7-24に武器密輸商社亀山社中」(後の海援隊)を設立、翌年には、それまで犬猿の仲だった長州藩と薩摩藩を同盟に導いた。
 普通はあり得ない同盟だ。
 このような場合は必ず裏がある
 それが、大量の武器密輸。 
 8月15日のNHKドラマ「亀山社中の大仕事」では、下関戦争に負けて、喉から手が出るほど武器が欲しい長州藩に、7300挺のライフル銃を密輸する話になると思う。31dsmmfbv4l__sl500_aa300_
 通常なら、あり得ない大量の武器売買の話だ。
 作家の吉村昭も、「ひとり旅」で、薩長は武器でむすびついただけ、龍馬が斡旋した史実はないと、暗に司馬を批判している。

 薩長の同盟は、国家転覆を狙った大量の武器密輸が関連している
 この時点では、龍馬は単なる売国奴
 所詮、私利私欲で動いた人物と見ている
 快男児なとではない。
 武器弾薬の密輸の背後では、常に、フリーメーソンメンバーで武器商人グラバーが暗躍している。
 長崎の有名な観光地になっている「グラバー邸」の主だ。
 「日本二十六聖人殉教」で有名な大浦天主堂(長崎市南山手町5-3 )の隣にある。

 戦争や革命の裏にはフリーメーソンありと言われるのは常識だ。
 そして、坂本龍馬が暗殺されると、土佐藩の後藤象二郎が海援隊(亀山社中)を手に入れ「土佐商会」と名を改める。
 更に、同郷の岩崎弥太郎が「土佐商会」を譲り受け、「土佐商会」は「九十九商会」-「三川商会」-「三菱商会」と名を改めている。S0114l
 当時の「三菱」のメイン事業は武器取引で、その後の西南戦争、日清戦争、日露戦争で膨大な利益を上げた。
 つまり、坂本龍馬、岩崎弥太郎らは、日本の混乱に乗じて金儲けした正真正銘の「死の商人」だった。
 なお、長崎のグラバー邸は、かつては三菱重工業のものだったことも知っておいて欲しい。
 これで、どのような関係か納得されると思う。

 付け加えると「三菱」は今でも、日立東芝と並んで、戦車、戦闘機、武器の生産、売却に力を入れている会社だ。
 断っておくが、軍需産業、防衛産業は、それなりに必要と考える一人だ。
 しかし、坂本龍馬や岩崎弥太郎を尊敬に値する人物として見るなら、このような真実も合わせて知ることが大切と思う。
 それに、彼らは当時は大変な犯罪者だ。
 革命が成功すれば、過去の犯罪行為は全てチャラにするという左翼の原理は正当化すべきでない。

 また今の龍馬像は、司馬遼太郎の小説『竜馬がゆく』が作り上げたものだ。
 吉川英治が、剣禅一如を目指す求道者の姿を小説にした「宮本武蔵」と同じだ。
 いずれも、虚像、誇大評価、脚色しすぎだ
 本当に評価される人物なら、今頃、一万円札に使われているだろう。

 なお、幕末「死の商人」と言われた人物は、
 龍馬のほかに新潟・新発田出M_7身の大倉財閥の創立者大倉喜八郎(1837-1928)の名が上げられる。
 大倉財閥は、日清戦争、日露戦争で莫大な利益をあげ、日露戦争後に多くの企業を興した。
 大日本麦酒(現 アサヒビール)、帝国劇場、東海紙料(現 東海パルプ)、日本化学工業、帝国製麻(現 帝国繊維)、日本製靴(現 リーガルコーポレーション)、日清製油、札幌麦酒(現 サッポロビール)、ホテルオークラ大成建設日本無線などが有名だ。
 坂本龍馬も明治も生きていたなら、このような人物になった可能性が高い。
 さあ、どう評価するかは、皆さん次第だ
 
龍馬はフリーメイソンだった

1853年(嘉永6年) 6月■アメリカ東インド艦隊司令官・ペリーが軍艦四隻を率いて浦賀に来航す。
1855年(安政2年) 10月■安政の大地震が起こる。
1857年(安政4年) 5月■下田条約調印。 1858年(安政5年)
            4月■井伊直弼が幕府大老の職に就く。
1859年(安政6年) 6月■横浜が開港す。
1860年(万延元年) 1月■幕府の軍艦・咸臨丸が太平洋を横断す。
1862年(文久2年) 1月■坂下門外の変が起こり、幕府老中・安藤信正が負傷す。
1863年(文久3年) 3月■将軍・徳川家茂が京都に上洛す。
           6月■高杉晋作が奇兵隊を結成する。
           7月■薩英戦争が勃発す。
1864年(元治元年)6月■池田屋事件が勃発、新選組が一躍名を馳せる。
           7月■佐久間象山が斬殺される。蛤御門の変(禁門の変)が起こ
          り、薩摩・会津両藩VS長州藩が御所を囲んで激戦す。
1865年(慶応元年) 5月■土佐勤王党の頭目・武市半平太が処刑される。
            坂本龍馬が薩摩藩の支援を得て、亀山社中を設立。
1866年(慶応2年) 1月■坂本龍馬の活躍で薩長同盟が成立す。
             ■寺田屋にて坂本龍馬が幕吏らに襲撃される。
           6月■幕府が第二次征長の役を起こす。
           7月■14代目将軍・徳川家茂が病没す。
          12月■15代目将軍に徳川慶喜が就く。攘夷佐幕派孝明天皇崩御
1867年(慶応3年) 4月■亀山社中が土佐藩の支援を受けて、海援隊と改称
           6月■坂本龍馬が『船中八策』を作成す。
           7月■中岡慎太郎が土佐藩の支援を得て、陸援隊を結成す。
          10月■幕府が朝廷に大政奉還を奏上す。朝廷から討幕の密勅。
           11月■坂本龍馬・中岡慎太郎が見廻組に襲撃され暗殺される。
           12月■朝廷から王政復古の大号令が発せられる。
1868年(慶応3年12月25日)(1868年1月19日)■三田の薩摩藩邸焼き討ち         
1868年(慶応4年~明治元年)
          1月■鳥羽・伏見の戦いが勃発※戊辰戦争が始まる
          3月■江戸無血開城が成る
          5月■奥羽越列藩同盟が結成。
            ■上野で官軍VS彰義隊が戦い官軍勝利。
          8月■官軍VS会津藩軍の戦いが始まる。※会津藩降伏。
   明治元年9月8日■年号を明治へと改元し、一世一元の制を定める。
1869年(明治2年) 1月■薩長土肥の四藩主が版籍奉還を上奏す。
1870年(明治3年) 10月■土佐藩出身の岩崎弥太郎が「三菱」の前身
               九十九商会の運送業を 始める。

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