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2010年8月11日 (水曜日)

遺骨は硫黄島だけでない!

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 硫黄島は1968年6月26日、小笠原諸島と共に日本に返還された。
 現在は、「小笠原村字硫黄島(いおうとう)」として東京都に属し、海上自衛隊硫黄島航空基地や米軍硫黄島通信所(Iwo Tou Communication Site)が置かれる。
 
 硫黄島の闘いは、近年クリント・イーストウッド監督の米映画「硫黄島からの手紙」によって、日米両国民にも広く知られるようになった。
 日米軍は昭和20年2月19日から、36日間の死斗を繰り広げ、栗林忠道中将以下、日本軍約2万人が戦死、日本軍の生還者は僅か1、023人だけだった。
 米軍側も21,900名が戦死し、日本軍との地上戦で唯一死者が上回った。

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 摺鉢山頂上に星条旗を立てようとしている6人の米海兵隊員の写真は、当時、米新聞の1面を飾り、米国民を熱狂させ、6人は「勇気の象徴」となったという。
 この構図は、後に「世界で最も美しい戦争写真」と讃えられ切手や銅像にまでなったが、日本にとって屈辱の写真だ
 最初に撮影したときは星条旗が小さかったので、後日やり直した疑惑もあるという。
 
 硫黄島には、今も1万3000柱以上の遺骨がそのまま残されたままで、遺骨収集は返還以来、長年の課題とされていたが、昨年の春ようやく予算化された。
 まず、滑走路下の遺骨を捜索・収集するために、調査費、約1億円が計上された。
  今日(8月11日)の新聞では、菅直人首相は「日本のために亡くなった皆さんの最後の1体まできちんと収集するのは国の責任だ」と強調したという。
 このように票と支持率のためには、シッカリとアピールするのは実に巧い。
 この計画は、昨年来決まっていたことだ。
 この発言のとおり、最後の一体のまで収集に力を入れ、南方の島々やシベリアなどの遺骨収集も継続する姿が見えたときに、改めて評価したい。
 硫黄島だけの、お茶を濁す程度の遺骨収集で終わったら、一貫性ない一時しのぎとして非難されることになる。
 左翼政党が一貫性のないのは分かっている。
 たいして期待はしていない。 
 前回、「戦没者・遺骨収集に広がる支援」でも紹介したが、遺骨収集が必要なことは硫黄島だけでないことをお知らせしたい。。
  65年前の太平洋戦争では、南方、シベリア地域などで戦死された方々の遺骨の多くが、未だに野ざらしで放置されたままだ。海外戦没者は約240万人と言われているが、約115万柱もの遺骨が海外に放置されている。
  日本領内東京都下の硫黄島の遺骨収集も、これまで出来なかったことが不思議だ。
 まずは世論を喚起して、他の地域の遺骨収集への弾みにして欲しい。
 間もなくお盆の季節だが、多くの犠牲のもとに、現在の平和があることを忘れてはならななどと分かったような発言を聞く。
 しかし、それは口先だけで戦死者のことは多くの日本人は忘れている

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