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2010年8月16日 (月曜日)

拉致事件と「安寿と厨子王」

 曾祖父は新潟県からの婿入りだった。Anjutozusiou
 小生が小学校1年のとき、78歳で死去した。 
 その娘である祖母は、曾祖父の生家に行くときは孫の小生が良く連れて行かれた。大叔父・母達の親戚は、新潟県の「府屋駅」、「村上駅」から歩ける距離で、いずれも海の近くだった。

 このような環境からか、新潟辺りの日本海が舞台の「安寿と厨子王」の話は最初に覚えた民話となった。
 ただ誰に教わったのかはハッキリしない。
 話は説明の必要ないほど有名だが、若干触れる。
 「越後の春日を経て今津へ出る道を、珍しい旅人の一群が歩いている。母は30歳をこえたばかりの女で、二人の子供を連れている。姉は14、弟は12である。」
 と始まる。
 「春日」は上杉謙信の居城があった春日山辺り、「今津」は今の直江津のこと。

 「安寿と厨子王」は人さらいの「山岡太夫」に騙され、姉弟は丹後の国の人買い「山椒大夫」に売られ、母親は佐渡島へ売られる。
 二人は奴隷として、「安寿」は海から塩汲み、「厨子王」は山に芝刈りや薪拾い。
 佐渡に渡り盲目になった母は、気がふれて毎日悲しげに、安寿恋しやホーラホイ、厨子王恋しやホーラホイ」と歌う。
 数年後、佐渡島から売られてきた娘が口ずさむ歌に安寿は驚く。
 「あんじゅ恋しや-、ずしおう恋しや-」と歌う。
 安寿が尋ねると、佐渡で歌う女の人がいたと知る。
 安寿は自分の身を捨てて、厨子王を山椒大夫のところから逃れさせる。
 そして出世し、丹後の国守となった厨子王は、安寿姫の仇討ちで人買いを倒し、母と佐渡島で再会する。
 
 曾祖父の生家近くには、も海水を汲んで塩を作る塩田、芝が多いも迫り、粟島佐渡島も間近に見える。Vol1_01
 話の舞台設定は全て揃っていた。
 そして、もし「自分が人さらいに逢ったらどうなるのだろう」と、安寿や厨子王に我が身を重ねた。

 北朝鮮による拉致事件の象徴的な事件として、新潟県下で発生した「横田めぐみさん拉致事件」がある。
 昭和52年(1977年)11月15日夕方、新潟市立寄居中1年だっためぐみさん(当時13)がバドミントンの部活動後に帰宅中、行方を絶った。
 両親の横田さん夫婦は、懸命に国民や政府に訴えたり、アメリカにお願いし、娘の消息を探す姿は痛ましい。
 「安寿と厨子王」の親子逆バージョンに思えてならない。
 「安寿と厨子王」は中世の昔話だが、朝廷は厨子王に仇討ちと再会のチャンスを与えた。しかし、これほど発達した現代社会にあって、拉致という非人道的行為に日本国家は指をくわえて傍観しているようにしか見えない。

 この国には、「国家の威信」はあるのだろうか。
 もし、この被害者がアメリカ人なら、数日後には第七艦隊の原子力空母が北朝鮮の沖合に浮かぶことだろう。
 何も戦争しろと言うのではない。
 「国家の威信」を堅持するとは、このような不撤退の決意を示すことだろう。
 国民は、形に現れた国家の決意を見て、政治家を信頼し国家に忠誠を誓うのだ。
 
 それにしても、横田さん親子は、 
 厨子王と母のように、いつの日か親子が抱き合う日が来るのだろか。
 何もしてやれないことも悔しい。



Sansho the Bailiff (1954, Kenji Mizoguchi) [14/14]

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