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2010年7月 4日 (日曜日)

モクリ・コクリがくるぞ

 山形県遊佐町吹浦には「アマハゲ」という珍しい伝統行事がある。Image1_file0110000417132428431_3
 言うことを聞かない子供には、「アマハゲが来るぞ」と叱る。

 これと同じような意味合いで使うのだろう。
 宮城県では子供を戒めるときに、「モクリ・コクリがくるぞ!」と叱る言葉があるという。その証拠に、仙台市太白区八幡5「来迎寺」に「モクリコクリの碑」がある。
 「モクリは蒙古」、「コクリは高句麗」で、いずれも恐ろしい外敵という伝承だ。

 既に、文字の並びからも想像出来るように、鎌倉時代に起きた元寇(元軍・高麗軍。文永の役(1268)と弘安の役(1274)の総称)のことを指している。
 「元寇」の主戦場となったのは福岡県辺りだが、「ムクリ・コクリがくるぞ!」の戒めの言葉は、A_1壱岐・対馬・北九州辺りの日本海側の人達に、永遠の恐怖感を植えつけた。
 「モ」と「ム」の違いは方言からだろう。
 それが、太平洋側の宮城県にもあるとは、攻めて来た痕跡があるのだろうか。
 それとも、この土地からも参戦して戦死者が出たのだろうか。
 今回は、そんな疑問と、
 「コクリ」は高句麗軍、つまり朝鮮軍も一緒になって攻めてきたことを知らせたい。

 なお、山形県遊佐町に伝わる「アマハゲ」のルーツは、ロシア人が船の難破で日本海岸に漂着した外人(白人)だと年寄りに教わったが正確には知らない。
 それから、埼玉県高麗郡には1300年前の奈良時代に、高句麗から高麗王若光一族が渡来しているが、年代が違うので元寇とは関連ないと思われる。
 但し、立場は微妙だったことが推測される。

 

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