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2010年6月 2日 (水曜日)

政治は「歴史に裁かれる覚悟」

 郷里から届いた贈り物の中に、5月29日付けの朝刊「山形新聞」が入ってい5_29た。
 山形の記事が主体であり隅から隅まで読んでしまった。
 中に、「一刀政断」、「歴史に裁かれる覚悟」“中曽根康弘氏が考える指導者とは”と題したコラムが掲載してあった。
 5月27日に92歳の誕生日を迎えた中曽根康弘氏へのインタビュー記事が主体だ。
 とてもいい内容なので紹介したい。
 記事を要約すると、
○リーダーには四つの条件が求められる。目測力、説得力、 結合力、人間的魅力だ。
○一国を統治するには「歴史観と宗教性が不可欠」だ。
○内閣として戦略性を欠いたことも致命的で、「官房長官が弱い」と断じた。
○政治家は所業の結果を歴史という法廷で裁かれるものだ。だから常に歴史の法廷の被告席に座っている。

 鳩山総理、民主党の幹部は勿論、選挙に勝つことに戦々恐々して、大局観のない最近の政治家は傾聴すべきだ。
 タレント候補など、何か政治のことを考えているのだろうか。
 最低限の知識を持っているのか、政治討論番組にでも出演して証明してはと思う。

歴史に裁かれる覚悟』 中曽根康弘氏が考える指導者とは
山形新聞「一刀政断」2010.5.29
 「中曽根康弘氏が考える指導者とは
 戦前の代表的な言論人、徳冨蘇峰は戦争を鼓吹したとして公職追放され、戦後しばらく静岡県熱海市に閉居した。そこに4回ほど通って教えを請うた青年政治家に、蘇峰は「志在天下」という言葉を書き与えた。大きな志を持って政治をやりなさい、という教えを心に刻んだ彼は32年後、第71代首相に就任した。
 「戦後政治の総決算」を掲げ、国鉄をはじめ三公社民営化など行財政改革に取り組んだ中曽根康弘氏である。
 その中曽根元首相が27日、92歳の誕生日を迎えた。
 「生涯現役」を持論にライフワークである憲法改正に執念を燃やす。日本の在り方を問う「保守の遺言」を先ごろ出版するなど、発信力は衰えを見せない。政治家が小粒になった昨今、指導者はどうあるべきかを語ってもらった。
 「いつの時代にもリーダーには四つの条件が求められます。目測力、説得力、 結合力、人間的魅力です」氏の造語である「目測力」とは、事態の推移を予測した計画性と、最終的にどこに落着させるかを把握する力だという。「結合力」については確かな情報と優秀な人材、良質の資金を集めてそれらを結合させるのが 政治家の指導者たる要件だと強調する。
 中曽根氏は1955年ごろから、政治が取り組むべき課題や処方せんを思い付くままに大学ノートに書き留め、首相就任までに30冊に及んだ。その勉強の蓄積が、前任の首相時代に悪化した日韓、日米関係の改善や国鉄民営化などの業績に結び付いたといえる。
 「今でも枕元にメモを置いていますよ。着想がわく のは就寝時や明け方です。すぐにメモに書き留める。そうしないと朝飯を食べると忘れてしまうからね」
 保守傍流で風見鶏とやゆされた中曽根氏だが、政権の座に就くと人材を簡抜して諸課題を断行した。カミソリの異名を取り官僚ににらみを利かした後藤田正晴氏を官房長官に起用。自民党幹事長には金丸信氏を据え、第2次臨時行政調査会のトップには質素な生活で知られた土光敏夫元経団連会長を引き込むなど「結合力」の妙を見せた。
 指導者の4条件もさることながら、一国を統治するには「歴史観と宗教性が不可欠」だと中曽根氏は力説する。宗教性とは特定の宗教に帰依することではない。
 「座禅をしたり、宗教家の話をよく聞いたりしました。現在も読書は禅など宗教に関する本が多いですよ」と語る。「今の政治家は臨床的な問題への対応しか語らず、歴史観と哲学に裏打ちされた大局観を持ち合わせていない」という苦言は鳩山由紀夫首相にも向けてよさそうだ。
 ただし中曽根氏は、因縁が深かった鳩山一郎元首相の孫である現首相には比較的温かいまなざしを向ける。「ソフトクリームのように甘っちょろい」との評価も、今は「だいぶ固まってアイスキャンディーに移行したね」と変わった。
 とはいえ普天間飛行場移設問題をめぐる首相の迷走は、指導者にあるまじき言葉の軽さと勉強不足をさらけ出した。沖縄の苦悩を考えれば「国外、最低でも県外」という思いは理解できるが、目測力と説得力はゼロに等しかった。
 内閣として戦略性を欠いたことも致命的で、中曽根氏は「官房長官が弱い」と断じた。確かに普天間問題の責任者である平野博文亘房長官は不用意な発言を繰り返し、地元の反発を買った。当初は外相や防衛相らとの連携も悪く、結合力は全く発揮できなかった。
 展望もなしに沖縄県民の期待をあおり、深い失望と混迷を招いた首相は罪深い。徳富蘇峰は戦犯容疑をかけられた道義的責任を取って文化勲章や学士院賞を返上した。首相の政治責任は、その座を返上するに値すると言わざるを得ない。
 中曽根氏は「政治家は所業の結果を歴史という法廷で裁かれるものだ。だから常に歴史の法廷の被告席に座っている」と語る。指導者には粛然とする戒めである。首相が引き続き政権を担うというなら、この言葉をかみしめ覚悟を見せてほしい。
              (共同通信特別編集委員 西川孝純)

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