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2010年6月26日 (土曜日)

「立川」-昭和20年~30年代

 6月26日は、1968年(昭和43年)、小笠原諸島がアメリカから本土復帰した日だ。
 42年前のことで、殆どの人が忘れている。
 更に1972年に沖縄が、その5年後の1977年(s52年)には、立川基地が返還された。他に、奄美群島やトカラ列島も返還されている。
 このように、
 戦争で占領された土地や島が返還されたことは、世界史上皆無といわれている。 
 その認識がないと、沖縄や他の地域が返還された有り難さは理解できない。

 18年前フィリピンの「スービック基地」から米軍撤退例はあるが、これはフィリピン議会がアメリカとの基地提供条約更新を批准しなかったためだった。案の定、米軍が撤退すると、中国共産党軍がフィリピン近海の環礁に上陸し基地が造られてしまった。
 このような事例もあり、
 無節操に語ると、民主、社民、共産党等の左翼政党と同等にみられる。
 反論もあろうが、戦争後、共産国の中国やソ連ではなく、自由主義国・アメリカに占領されたことは不幸中の幸いだったと思う。Photo
 さて、
 かつて、「基地の街」として知られた立川の街は、現在、JR立川駅周辺から基地跡地にかけて大きく変貌した。
 最近では、米軍基地の名残を見つけること自体が難しい。
 出来ることなら、米軍基地のメインゲートくらいは保存して欲しかったものだ。
 隣の国立市では、どうでもいいような駅舎の保存運動があるのと正反対だ。
 立川は米軍基地が存在したことを、負のイメージと思っているのであろうか。

 ただ、立川市が今も昔も一番有利なところは、地の利と思う。Image0010
 地理上は東京都のほぼ中心、比較的平坦な土地、都心までの程よい距離感、そして鉄道網(交通網)にある。
 中央線・青梅線・五日市線・南武線が接続する要衝だ。
 人が集まれば、同時にカネも物資も動くことになる。
 すると、商工業が自動的に発展する。
 しかし、この街も長い期間「基地の街」として、今の沖縄のような存在を強いられ、街の人々も大なり小なりの影響を受けていた。
 市民には、今もそれをハンディに思っている人達がいる。

 そんな、立川市の変遷を紹介したブログがある。
 「知の木々舎」--くらしの中へ句読点--
 私たちは、文化活動の目標を、立川に軸足を置いた新たな生涯学習を展開することにしました。その合い言葉は、「学んで広げる立川の輪」です。
 とある。
 今回紹介したいのは、立川市教育振興会理事長・中野隆右(たかみち)氏編の、「戦後立川・中野喜介の軌跡」だが、立川市の戦後の秘話が語られている。
 現在、半分程度がネット上で紹介されている。

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まえがき
 昭和20年8月15日の終戦により、大正時代以来、陸軍航空の要として知られTachikawaた軍都立川の機能は停止した。
 一転して米軍の進駐を迎えた立川のその後は混乱を極めたが、終戦の処理に追われる日本政府は、地方都市にまでは手が回らなかった。地方都市の行政は、もはや地元の市民が担う以外に術はなかったのである。
 そんな中、立川市民はいかにして自分たちの街を守り、発展させていくかを考え、自主的に行動して新しい立川の街をつくり上げていった。私が本書で触れたかったこと、それはこうした市民のバイタリティー、そして立川が東京都に対し、どんな役割を果したかである。
 そしてバイタリティーあふれる市民の典型として、立川市の再建の中心を担った中野喜介氏の昭和20~30年代の活動を追ってみることにした。
 昭和20~30年代は、市の編さんした資料も少なく、また市民もあまり話題にしない時代である。一般の評論では、立川は「悪の巣窟」のように書かれている。そしてしばしば中野喜介氏は、その頂点にいる人物として紹介されていることが多い。
 だが、私は彼らが活躍した時代こそが、本当の立川の生き生きとした時代であると思っている。
 現在、立川には昭和記念公園が開園し、またモノレールが通り、多くのビルが建っている。しかしながら、そのほとんどは立川の、地元の人々とは無縁なところで作られてきたものである。中野喜介氏らが活躍した昭和20年代、30年代には、そうではなかったのである。その時代は、地元立川の人々が、街のために、そして自分を含めた周囲の人々のために街づくりを手がけていたのだ。そんな時代の立川を描いたこの本が、現在の立川の市民のみなさんに、市民の中から自分たちの手による将来を見すえた街づくりを考えるきっかけになってくれれば幸いに思います。     中野隆右(なかのたかみち)

「立川」昭和20年から30年代
          中野隆右(たかみち)編(ガイヤ出版)
第一章敗戦
第一節:駅前に広がる闇市 http://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2009-05-09
第二節:闇市をつくった人々 
第三節:いわゆる第三国人とは
第四節:闇物資の出所
第五節:基地と横流し
第六節:犯罪が犯罪を呼ぶ世相
第二章夜の市長
第二節:基地の街の風俗
第三節:パンスケの語源
第四節:基地の女
第五節:夜の市長
第六節:中野喜介氏という人物
第三章軍 都
第一節:鉄道開通と飛行場の開設
第二節:運送業の始まりと祖父田郎
第三節:市制の施行と戦時体制
第四節:空襲http://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2010-01-25-5
第五節:砂川というところ
第四章基地の街
第一節:基地で財をなした人々(1)~小佐野賢治氏と立川~ 
第二節:基地で財をなした人々(2)~くず鉄・繊維・闇の酒~
第三節:基地の街の酒場とアメリカンハウス
第四節:基地の営業許可http://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2010-04-11-20
第五節:基地の街で流行る商売
第六節:基地が育てたジャズメンたち 
第七節:夜の市長と立川短大の設立http://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2010-05-21-2
第五章競輪場
第一節:夜の市長と競輪場問題
第二節:パンパンと不正選挙
第三節:夜の市長のもうひとつの顔
第六章独立と復興
第一節:独立と復興
第二節:燃える川
第七章戦後の終焉
第一部:街の変貌
第二節:夜の街
第三節:選挙違反
第四節:戦後の終焉

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