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2010年5月20日 (木曜日)

民主公認・谷亮子の裏の顔

 鳩山民主の最後の「悪あがき」が始まった
 
 今週の週刊文春の目玉記事は、谷亮子スポーツ選手だから報じられなかった「ウラの顔」であり、長年マスコミがタブー視してきたことだ。
 タブーと言うと、避けてきた程度にとれるが、取材と報道を怖がってきたのだ。

 血のつながった親族がなぜ、議員失格の烙印を押すのか
 そのウラには、これまで報道されなかった谷と家族の秘密があった。

 「国政の場に出る以上、谷は自ら、父と暴力団の関係などを明らかにして、総括する必要があるのではないか。」と、文春の記者は谷亮子の父親・田村勝美氏(62)からの脅しにも負けずに、このような記事を書いている。Map
 きっと怖かっただろう。
 福岡までの足取りも重かっただろう。
 谷亮子の父親・田村勝美は、こう言ったという
 「変なことを書いたら、私はキツいよ。いや、ほんとに
 あなたの親兄弟を徹底的に私が調べて、記事にすることもできるのよね。」
 これは、やくざもん独特の言い回しだ。
 暴力団はヒマにまかせて、狙った対象(獲物)には興信所なみの徹底した尾行を付けたりして調べるという。
 このセリフ一つで谷亮子のウラの顔と、殆どのマスコミが尻込みしてきた状況を伺い知ることができる。これが、国政を狙う立場の人物の親の言葉だ。
 親子の信頼関係は強く、これまでもいろんな場面で影響を受けているという。
 親と子は別だというなら、二世議員や支持母体のことは問題にすべきではない。
 
 週刊文春は、信頼出来る報道機関だ
 本社は、千代田区紀尾井町3番23号 電話03-3265-1211
 今回の取材は本当にご苦労様と言いたい。

 他の大新聞やテレビ局は、腰が引けて取材の申し込みも出来ない。
 もし取材する方向に動くとしたら、周りのマスコミや国民の反応を見てからだろう。
 単独で動いて、リスクを負いたくないからだ。
 本当にずる賢いのだ。
 せめて、事情に詳しい「西日本新聞」に頑張って欲しいが、過去の事件報道でも「ヤワラちゃん」の父親と分かるような記事は書かなかったというから期待は出来ない。

 今週の週刊文春の目玉記事は、「ヤワラちゃん」の父親・田村勝美氏(62)と実兄・田村幸次氏(67)からの取材だった。
 他にも、吉田秀彦との熱愛、十文字貴信とのデートなど数々の浮き名も紹介。

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谷亮子スポーツ選手だから報じられなかった「ウラの顔」
そんな勝美氏に話を聞いた。
――小沢氏との関係はどのようなものなのか
 「17年くらい前に後援会を通じて、亮子がサインをしてあげたんです。結婚式も最初から最後まで出席していただいた。長いお付き合いをして咄った小沢先生の人間性に惹かれたのが大きいんじゃないかなと思う。たとえば、小沢先生が自民党でも行ったでしょう」
――かつて実刑判決を受けたご自身の過去について、どう受け止めているのか
 「それは個人情報の範囲だから。僕はそのことについて、喋ったことがないのよ。20年も30年も前の話を出すのはマスコミの仕事じゃなくて、これからどうやって生きていくかが問題であってさ。そのことについては、一度も話したことありませんよ」っていう軽い感じで行きましょうよ」
――親族から借りた保釈金350万円の返済を、だいぶ渋ったと聞くが
 「それはよくわからんね。そういうことを書く必要があるのかな。あなたの親兄弟を徹底的に私が調べて、記事にすることもできるのよね。文春の社長のことも、爺さん、婆さん、孫に至るまで全てを調べて、万引きしたかどうか、報じることもできるわけ。しよう
と思えば、僕はやるよ」
 そして取材の最後に勝美氏は、こう言い放った
 「変なことを書いたら、私はキツいよ。いや、ほんとに。紳士的に行きましょう」
 国政の場に出る以上、谷は自ら、父と暴力団の関係などを明らかにして、総括する必要があるのではないか。
 幸次氏が締めくくる
 「勝美は出所した後も、一向に悪びれる様子がなく、反省の弁も聞いたことがありません。それどころか、今日まで、迷惑をかけた私に謝罪の一つもないままです。亮子からも、世話になった感謝の言葉もない。国会議員になろうというなら、出馬表明する前に、まずは一人の社会人として、自分たちが世話になった人達に、目を向けるべきではないですか」

その他の内容

西日本新聞の記事の紹介
 1990年1月26日付夕刊で、「田村容疑者は、入院もしていないのに十二指腸かいようなどで入院したという偽診断書を作り・・・・計480万円をだのし取ったのをはじめ・・・・」
実兄・田村幸次氏の証言
 ▼勝美は、主に(交通事故に介入して高額な報酬を要求する)示談屋で生計をたてていた。 
 ▼亮子が中学3年の12月福岡国際女子柔道選手権で史上最年少で優勝した当時、勝美は刑務所で服役中だった。
 ▼私たちは8人兄妹だが、私以外は勝美一家と絶縁状態だった。
 ▼亮子の兄・徹は、5年前覚醒剤で逮捕されたことがあった。
 ▼兄・徹は前妻との間に生まれた子供だ。
 ▼勝美は中洲のクラブでドアボーイをしていたとき、そこで働いていた和代と、徹のことを隠して付き合っていた。
 等々。
 あとは購入して読まれたい。

福岡市東区城浜団地

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