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2010年5月 9日 (日曜日)

共産党と創価学会との裏協定

 創価学会と共産党は、1974年12月28日裏で結びついていた。Photo10
 普通の国民は殆ど知らないだろう。
 日本の、政治と宗教の癒着の原点だ
 なにも創価学会と公明党だけではないのだ。
 目的のためなら、全く正反対の思想とも結びつくのだ。
 今後、合併もありうるとみる。
 共産主義と宗教がありうる訳がない?
 なら、この協定は何なのだ。
 合併した、そのときの党名は「赤鶴党」がいい。

 創価学会日本占領計画」の全記録、矢野絢也著黒い手帖」を読んでいる。

 元・公明党委員長の矢野絢也氏は2009年「黒い手帖」という、暴露本を出している。
  矢野絢也氏といえば、公明党の委員長や書記長を20余年にわたって務めた公明党の重鎮だ。
  それが、名誉毀損に起因する損害賠償請求訴訟を起こして、2008年5月家族揃って創価学会を退会している。
 いかに問題が多い宗教団体かを伺い知ることができる。
 発端は、「文藝春秋」に、創価学会と公明党の関係を「政教一致といわれても仕方がない部分があった」と記述したことから、創価学会から非難を受けるようになったという。このことは当時話題になったものの、創価学会のような、縛りの強い組織は言論の自由はなく人権侵害が多々あることから、よくある造反劇とみていた程度だった。

 今回、同氏の「黒い手帖」が目に止まったのは、この本は創価学会や公明党関係者等が裏で買い占めていて、なかなか手に入りにくいと噂されていたからだ。

 暴露本の中には、池田大作への裏献金「P献金」のことや池田大作の下半身事情を暴いた「月刊ペン事件」で、自身がとった裏工作のことを正直に述べている。
 また、創価学会とマスコミとの癒着問題、池田大作の前では公明党の神崎武法、太田昭宏、浜四津敏子らもあやつり人形同然だということを暴露している。
 まあまあ面白い内容だが、
 まだマインドコントロールが説けていない箇点も見受けられる。
 
 フランスSGI(フランス創価学会)はカルト(セクト)認定されているが、
1.精神の不安定化
2.法外な金銭的要求
3.住み慣れた生活環境からの断絶4131l8azhl__ss400_
4.肉体的保全の損傷
5.子供の囲い込み
6.反社会的な言説
7.公秩序の攪乱
8.裁判沙汰の多さ
9.従来の経済回路からの逸脱
10.公権力への浸透の試み
 この中で一つでも当てはまれば認定されるという。
 そして、矢野氏自身も、創価学会から自宅を売却して2億円、3億円という莫大な金額の寄付をするよう執拗に強要された事実も明らかにしている。
 創価学会は、知るかぎりでは、この殆どに該当している。

  知られていないのが、「日本共産党と創価学会との合意協定」だ。
 なんと、
 唯物論の共産主義と、唯心論の宗教が、裏でシッカリ手を組んでいたという事実だ。
 この裏工作では、作家であり共産主義者・松本清張が動いていた。
 もっとも、共産主義も広い意味で宗教の範疇というから、これもありなのか。
 なかなか理解できないが。そのうち合併もあるかもしれない。
 そのときの党名は、「暴力・淫乱党」、それとも、創価学会は同根顕正会など他の宗教団体と暴力事件が多いから、「ダブル暴力党」にするのか。
 他にはイメージカラーとキャラクターから「赤鶴党」など、いくらでも思いつく。 

『創価学会「日本占領計画」の全記録、「黒い手帖」』から抜粋
 国立戒壇が実現するとき、やってくる天皇の使いを迎えるための門が総本山大石寺にある。この門は、そのときまで一度も開けることのないままになっているので、「開かずの扉」と呼ばれている。私たちが学会の幹部に「開かずの扉は開けなくてもいいんですか」と問うと、「いいんだ」という。
 「それじやあ、公明党をつくった意味がなくなる。学会員の皆さんも本気で応援してくれなくなる」などと真剣に侃々鍔々の議論を戦わせたことを昨日のことのように覚えている。
 もっとも、結論が出たわけではない。
 いくら論議しても、解決できない問題もある。未解決のものは未解決のまま置いておくしかない。しかし、学会と党との刷りあわせは必要だった。このときの経緯も私の手帖には詳しく書いてある。 
竹入委員長も知らなかった創共協定締結
 言論出版妨害事件が起きた後の衆議院選挙で、公明党は47議席から29議席と大幅に議席数を減らす。公明党の弱体化は、創価学会にとっても困った問題だった。
 公明党は、学会の防波堤である。それが弱くなって、学会内部には共産党に徹底的に叩かれるのではないか、共産党に対する備えが必要なのではないか、という焦りと不安が生じた。その結果、創価学今はがっくりするようなことをした。1974(昭和49)年10月、学会が共産党に待ちかけた、創共協定がそれである。
 共産党と学会の間を取り待ったのは、共産党のシンパでもあり、池田会長とも親交のあった作家の松本清張氏だった。
 「共産党と創価学会の組織が一緒になれば政権奪取も夢ではない。自分はその歴史的な同盟の生みの親として、かの薩長同盟を仲介した坂本龍馬のように歴史に残る」
 これが松本氏の思いだった。氏の「創共協定経過メモ」によると、締結までには次のような過程を辿ったらしい。
  10月30日、学会側から野崎勲男子部長と志村栄一文芸部長が、共産党側から上田耕一郎氏と山下文男氏が出席、介添人の松本氏によって初頭合わせが行われる。以来、協定調印まで七度の予備会談を開く。そして、年も押し詰まった12月28日、創共協定の調印に至った。その内容は以下の通りである。
日本共産党と創価学会との合意についての協定(十年協定)】
 創価学会代表野崎勲と日本共産党代表上田耕一郎とは、1974年10月末以来、数回にわたって懇談し、それぞれの組織の理念と性格、現在の活動と将来の展望、内外情勢などについて、広範かつ率直な意見の交換をおこなった。
 その結果両者は、創価学会と日本共産党とが、それぞれの組織ならびに運動の独自の性格と理念、さらに立場の違いをたがいに明確に認識しあい、相互の組織と運動の独立を侵さないことを前提とした上で、日本の将来のため、世界の平和のため、そしてなによりも大切な日本の民衆、人民のために、それぞれの組織を代表して、左記の事項について合意した。
一、創価学会と日本共産党は、それぞれ独自の組織、運動、理念をもっているが、たがいの信頼の関係を確立するために、相互の自主性を尊重しあいながら、両組織間の相互理解に最善の努力をする。
二、創価学会は、科学的社会主義、共産主義を敵視する態度はとらない。日本共産党は、布教の自由をふくむ信教の自由を、いかなる体制のもとでも、無条件に擁護する。
三、双方は、たがいに信義を守り、今後、政治的態度の問題をふくめて、いっさい双方間の俳論中傷はおこなわない。あくまでも話し合いを尊重し、両組織間、運動間のすべての問題は、協議によって解決する。
四、双方は、永久に民衆の側に立つ姿勢を堅持して、それぞれの信条と方法によって、社会的不公平をとりのぞき、民衆の福祉の向上を実現するために、たがいに努力しあう。
五、双方は、世界の恒久平和という目標にむかって、たがいの信条と方法をもって、最善の努力をかたむける。なかんずく、人類の生存を根底からおびやかす核兵器については、その全廃という共通の課題にたいして、たがいの立場で協調しあう。
六、双方は、日本に新しいファシズムをめざす潮流が存在しているとの共通の現状認識に立ち、たがいに賢明な英知を発揮しあって、その危機を未然に防ぐ努力を、たがいの立場でおこなう。同時に、民主主義的諸権利と基本的人権を剥奪し、政治活動の自由、信教の自由をおかすファシズムの攻撃にたいしては、断固反対し、相互に守りあう。
七、この協定は、向こう十年を期間とし、調印と同時に発効する。十年後は、新しい時代状況を踏まえ、双方の関係を、より二歩前進させるための再協定を協議し、検討する。
                     1974年12月28日
         創価学会代表総務長 野崎勲
         日本共産党代表常任幹部会委員 上田耕一郎
  この歴史的な協定の締結は長らく伏せられ、読売新聞が1975年7月8日付の夕刊で「共産党・公明が。歴史的和解〃宮本-池田両氏、昨年末に秘密会談反ファッショで連携 今月中にも正式会談 革新統一戦線へ新しい眼」の見出しで、スクープするまで、世間ではまったく知られていなかった。
 いや、それどころか、実は公明党書記長の私も竹入委員長も聞かされたのは、調印三日後の大晦日である。
 東大阪市の自宅に戻っていた私は、党にいるはずの竹入氏に、年末の挨拶をしようと電話をかけた。すると、「とんでもないことが起こった。『お年玉』をあげるよ。さっき党本部に北条副会長が末て、創共協定を結んだと知らされた。
 『賛成しろ』というので、俺は『反対だ』と承知しなかった。竹入が怒っているから、矢野を説得しろという指示が出るはずだ。間もなく、矢野にも連絡が入ると思う」という。
 共産党と学会が手を組んだとあれば、公明党は公安筋からも自民党からも、また他の野党からも目の敵にされる恐れがあると竹入氏は深刻に心配していた。
 そんな重要な問題を、私たち公明党幹部には一言も相談もなく、決められてしまったのだから、竹下氏が驚き、怒るのは無理なかった。 

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