« 半島の文化は日本が伝えた。 | トップページ | ウサギ飼育失敗とTDKの成功 »

2010年5月29日 (土曜日)

ウサギの悲しい思い出

多摩湖の土手でウサギを遊ばせている家族がいた。
ウサギは懸命にクローバを食べていた。

ウサギを見るたびに思い出すことがある。
小学校に入ったか入らないか頃の昔話だ。
昭和30年代始めころ、まだ何処の家も貧しかった。
家には常に、豚や山羊が数頭、ニワトリも20羽位飼っていた。
乳の出が悪かったり、玉子を生まなくなったら食用にしていた。

ある時、父親が何処からか、白い小ウサギ二匹を貰って来た。
横幅1㍍位のウサギ小屋も造ってくれた。
「お前が責任持って大きくしろ」などと言われ喜んで飼いはじめた。
学校から帰ると真っ直ぐウサギを見に行き、何かしらのエサをあげた。M2002105430
近くの河原に草を食べさせに連れて行ったりもした。
呼ぶと戻って来るようにもなった。
いい遊び相手だった。
ウサギの成長は早い。
春に生まれたら、秋には大人になる。

夕食どき、両親や祖母が不穏な会話をしている。
「ウサギの肉は柔らかくて旨い」のような会話だ。
まさか、自分が飼っているウサギが食べられるとは思ってもいない。
こんな会話を聞いて数日経った。
学校から帰って真っ直ぐウサギのところに行くと、一匹いない。
たまに逃げることもあるので探し始める。
すると、屋敷の外れに血だまりがあって、竹竿に白い皮がぶら下がっている。
なんと、可愛がっていたウサギの皮だ。

家に入ると祖母が台所にいて、まな板には肉の塊がある。
どんな会話をしたかは覚えていないが、ずっと泣いていたという。
夕食時になっても食卓に来ないので、母親が迎えに来たらしい。
そして泣きながら、ウサギの肉を食べていたと言う。
そんな話は、成長してからも何度も聞かされた。
本当だったのだろう。

以後は開き直って、何でも食べたが、ショックは忘れることが出来ない。
もう一匹も食べられたはずだ。
しかし、子供ごころに、大きな傷がついた。
この話を、女房、子供に話しても笑い話にしか聞いてくれない。
きっと、これを読んだ人もそうだろう。

いろんな体験を経て大きくなったという話だ。
ただ、あれ以降、うさぎは飼わないことにした。

|

« 半島の文化は日本が伝えた。 | トップページ | ウサギ飼育失敗とTDKの成功 »

11 我が家に関連」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 半島の文化は日本が伝えた。 | トップページ | ウサギ飼育失敗とTDKの成功 »