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2010年4月 9日 (金曜日)

第二話「寺の引っ越し」

 言葉遊びで「寺の引っ越し」とは、仕事の遅い人を揶揄するときに使う。
 墓いかない、「はか行かない」という意味だ。
 前回、白山通りの三田線地下鉄工事に関連し「寺の引っ越し」に触れたが、Photo_4もっと昔に現在のJR中央線(当時は甲武鉄道)敷設工事のため、寺の引っ越しがあった。
   ※右地図は路線が決定した当時のもの。駅はない。

 JR中央線を利用している方は、かつての寺や墓の上を通過していることになる。
 場所は、中央線と環状八号線が交差する地点。
 お寺は、慈雲山荻寺「光明院(荻寺)住所は杉並区上荻2丁目1-3となる。
 このお寺は、荻窪の地名に由来し、縁起によると「荻の群生する窪地」の意で、奈良時代の和銅元年(708)、旅の修行僧が観音像を笈(おい)に入れて背負い、ここまで来たところ、あまりの重さで歩くことが出来なくKoumyouimなった。修行僧は、この観音像はこの地に縁があるのではと思い、自生していたオギを刈り草堂を作り、観音様を安置し荻堂(荻寺)と名付けたという。
 ところで、このお寺にはもう一つ面白い歴史がある。
 光明院は中央線敷設工事の際にどかされたことだ。
 明治22年頃、中央線(当時は甲武鉄道)は、甲州街道か青梅街道沿いの民家が多くあり、一定の利用客が期待される場所を計画していた。
 ところが沿線住民は大反対した。杉並区住民はいろんな反対運動を起こすとこ2_3ろで有名だが、これは、その反対運動の走りと言われている。
 反対の理由は、農家は「農作物が育たない」、宿屋の経営者は「客足が取られる」等だった。そこで、計画担当者は反対者の説得が面倒になり、一番影響が少ない地点を東西に一直線に定規を引いたのが現在の路線だ。

 ところが、この「光明院」の敷地を分断することになった。
 地図を見ると分かるように、中央線で本堂が北側、お墓が南側に分断されている。檀家が墓参りするには、一旦本堂に行き、次にお寺専用地下道を南に抜けて墓参りすることになる。
 線路は、かつて墓や本堂があった場所を通過しているのだ。
 この辺りは、現在は高架になって自殺はないはずだが、それ以前は「一本松踏切」(今はない)の付近は飛び込み自殺が多発した。
 それが、高架になって自殺がなくなると、今度は、荻窪駅の「光明院」寄りのホームが飛び込み自殺の名所に移動した。
 中央線沿線で、自殺が一番多い場所になったこともあった。
 自殺が「寺の引っ越し」と関連しているかは定かでないが、St_ogikubo
 理由として、急行が停車しない駅なので電車の速度が速く確実に自殺出来るのではということと、風水でいう富士山方向からの龍脈が影響していると、面白くおかしく分析する人もいる。そういえば、この辺りにはアレフなどの新興宗教が軒並みある。

 他の理由は知らない。自殺した人に聞く以外にない。
 JRは自殺防止のために、数年前ホーム上に大きな鏡と青色灯火を設置した。
 青色灯火は心を静める効果があり、鏡は映った自分の姿を見て、「自殺を思いとどまらせたい」という効果と目的があるそうだ。
 これも落語のネタになるかも知れない。
 それとも不謹慎か。

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