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2010年4月10日 (土曜日)

「済州四・三事件」で撒かれたビラ

 「済州島四・三事件」を切っ掛けに、日本に密入国した在日のことが気になった。 
 永住外国人地方参政権が検討されていることもある。
 いったい何万人いるのだろう。
 間違いなく大きな勢力のようだ。
     ※済州島四・三事件と在日済州島出身者について

 同島出身で、立命館大学教授の文京洙著「済州島四・三事件」を読んでいる。Htbookcoverimage
 同教授は1950年生まれ、同島の二世だ。
 まず、事件が発生した1948年(昭和23年)当時は、島民の八割が赤化(共産党員かシンパ)していたという。
 「四・三事件」は、共産党指導組織「済州島人民遊撃隊」の名で引き起こした武装蜂起事件だったことを知った。
 当然、北朝鮮側地域同様にソ連共産党の指導下にあった。
 北朝鮮地域では1942年2月、ソ連軍の後ろ盾を得た金日成主導の「北朝鮮臨時人民委員会」が結成され、朝鮮戦争勃発前の緊迫した情勢にあった。
 
 済州島の赤化も、北朝鮮地域と同様に進んでいた。
 これに危機感を持った李承晩(リショウバン)政権と支援する米軍によって島民の虐殺事件は発生した。
 いわゆる「アカ狩り」だ。
 島民の死者は「正確な数字は不明だが3万人余」らしい。
 ここの島民は、この事件が尾を引き今も「レッド・コンプレックス」を持つという。
 韓国内では、「四・三事件」の悲劇の実態は長い期間秘密にされていたが、一部事情を知る間では、日本人の残忍性を象徴する事件として宣伝していたというから、韓国は悪質だ。
 2003年10月31日には、盧武鉉大統領は済州島で「国家公権力の過ちだった」「誇らしい歴史も恥ずかしい歴史も歴史はありのままに整理しておかねばなりまません」と島民・遺族に対して正式に謝罪し、韓国民に知られるようになった。
 この事件から難を逃れるため日本へ逃れた島民は、大阪の鶴橋、東京の三河島にコミュニティーを作った。つまり潜伏地、隠れ家だ。
 2005年の資料では、在日598,687人のうち、9万9.421人が済州島出身とある。
 戸籍簿は消失している島民が多いという。
 韓国では2000年1月12日「犠牲者名誉回復に関する法律」が施行している。
 戸籍の回復や賠償も進んでいるのだろう。
 在日の帰化は全般的に進んでいるらしい。http://blog.goo.ne.jp/princeofwales1941/e/4195ed4bcd31d5e71dbde3d3c710e8f4

 個人的には、ソ連共産党の南下政策を朝鮮半島ギリギリのところで食い止めてくれたお陰で、日本が共産化しないでいると理解しており、韓国に感謝している面もある。
 日本共産党も、当時は朝鮮半島の動きに連動するように数々の事件を起こしている。
 済州島の犠牲者も、共産化を防ぐためには仕方ないことだったのか。
 もし共産化していたら、日韓ともにそれ以上の犠牲者が出ていたはずだ。
 ソ連、中国、北朝鮮、カンボジアなどの例を見れば分かる。
 間違いなく、日本でも1千万人以上が虐殺されたであろうと推測する。 
 共産主義、共産党とは、そういう組織だ
 今の共産党も基本姿勢は変わっていない。
 議会制で政権をとるなどありえない。暴力革命あるのみだ。
 日本共産党規約「科学的社会主義」は「マルクス・レーニン主義」のことであり、「暴力革命」のことだ。近年「科学的社会主義」という柔らかい言葉を使いはじめたが、「暴力革命」思想を捨てたわけではない。
http://www.npa.go.jp/kouhousi/biki2/sec02/sec02_01.htm 

共産党による各国の犠牲者数(多すぎて実態が掴めない)
 
共産化には理論的に必ず暴力が伴う。
 それまで共産主義に反対していた人達は、必ず殲滅されることになる。
 意識的に反対していなくても、自由を謳歌していただけで、ブルジョア階級として処刑の対象になる。よって、それだけ犠牲者数が多くなる。
 日本も例外ではない。
 ゆめゆめ気を許すなかれ。
 下の数字は、共産化の段階で殺された人数だ。
 正確には分からないほど多い。ナチスのヒットラー以上だ。
 ソ連       2,000万人犠牲
 中国       6,500万人
 ベトナム      100万人
 北朝鮮       200万人
 カンボジア     200万人
 東欧         100万人
 ラテンアメリカ    15万人
 アフリカ       170万人
 アフガニスタン  150万人
 
「4.3蜂起60周年記念国際会議に参加して 日米両政府は済州島民に謝罪せよ」 http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2008/06/0806j0423-00002.htm

 「済州島人民遊撃隊」の名で、済州島住民に撒かれたビラの内容が文中にあったので引用する。 

■文京洙著「済州島四・三事件」から
 武装蜂起の性格
 武装隊は決起とともに、「済州島人民遊撃隊」の名で二種類のビラを撒いている。ビラの一つは島民へのアピールであった。

 市民同胞よ!
 敬愛する両親、兄弟よ!
四・三 今日、あなたの息子・娘が武器をとって立ちあがりました。
売国的単選(単独選挙)・軍政(単独政府)を命がけで反対し、祖国の統一、独立と完全な民族の解放のために!
あなたたちを苦難と不幸に貶めた米帝人食い人種とその手下らの虐殺蛮行を阻止するために!
今日、あなた方の骨髄に染みた怨恨を解き放つために!
我々は武器を持って決起しました。あなた方は終局の勝利のために戦う我らを保護し、我々と共に祖国と人民が誘う道に決起しなければなりません。


 さらに、警察への警告文も撒かれている。

 親愛なる警察官よ、弾圧ならば抗争だ。済州島遊撃隊は人民達を守護し、同時に人民と同じ立場に立っている。
 良心的な警察官よ、抗争を望まないなら人民の側に立って、任務を遂行し、職場を守りながら、悪質同僚らと最後まで闘え!
良心的な警察官、大同青年団員らよ!
あなた方は誰のために闘うのか?
朝鮮人ならば我が領土を踏みにじる外敵を跳ね除けねばならない!
国と人民を売って、愛国者らを虐殺する売国・売族奴らを倒さなければならない。
警察官だちよ!
銃口はやつらに向けろ。あなた遠の両親・兄弟達に銃口を向けてはならない!
良心的な警察官、青年、民主要人らよ! 一刻でも早く人民の側に立ちなさい!
反米救国闘争に呼応して、決起しなさい。


 前者のビラには、武装蜂起が単独選挙阻止闘争の一環として闘われたものであることが示されている。
 「弾圧ならば抗争だ」というフレーズに見られるように後者は、南労党員や島民の自衛的な反攻としての性格を彦ませている。
 前者のビラにも、「骨髄に染みた怨恨を解き放つために」とあり、三・一節事件以後の警察や右翼の横暴、さらに武装隊の襲撃の様相などからして、むしろ、自衛や報復といった言葉のほうが蜂起の性格を言い当てているであろう。
 つまり、四月三日の蜂起は、分断阻止という大義を掲げながらも、追い詰められた左翼の自衛的かつ限定的な反抗・報復としての性格を帯びていたし、村社会を基盤に強い絆で結ばれていた島民たちの多くも、そういう感情を共有していた。

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本籍地別構成(2005年)
 本籍 人数   %
ソウル市 57,574  9.62
釜山市 25,213  4.21
光州市 2,148  0.36
大田市 1,878  0.31
京畿道 26,523   4.43
忠清南道 11,220  1.87
忠清北道 9,449  1.58
全羅南道 41,120  6.87
全羅北道 10,627  1.78
慶尚南道 172,343  28.79
慶尚北道 125,392  20.94
江原道 4,579  0.76
済州島 99,421  16.61
不 詳 1,506  0.25
北朝鮮地域 3,001  0.50
その他 6,693  1.12
総 数 598,687  100

 

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