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2010年4月10日 (土曜日)

第三話「寺の引っ越し」

 新青梅街道沿いに所在する「三光院」は、大正12(1923)年に多摩湖が造られることになった際、現在の東大和市清水4-1132に移転している。Photo
 小学校当時だが息子同士が仲良く、よく遊びに行っていた。
 なにかと世話になったお寺だ。
 親は入り口までしか入ったことがないが、歴史ある古寺だ。

 「三光院」は創建年代は不明というが、開山した住職が延文2(1357)年、足利時代のはじめに亡くしたという記録がのこるという。従い鎌倉末期から室町初期に建立されたらしい。
 この場所に移転する前は、村山下貯水池駐在所から多摩湖方向に100メートルほど行った左手、目標は「第一取水塔」のあたりにあった。
 取水塔付近は窪地になっているが、昔は「三光院池」と呼ばれた溜め池だった。Tamako_sk
  因みに、多摩湖造成に伴い七カ所の村と161戸の家、三カ所の寺院、三カ所の神社が移転を余儀なくされた。これらの記録はかなりシッカリと残っているので、機会を見て紹介したい。
 多摩湖の造成は、大正5(1916)年に着工したが、工事は人力が主であったため、昭和2(1927)年の完成まで、10年以上の歳月がかかった。
 大がかりな移転だったそうだが、当時の国家命令ではただ黙って従う以外になかったと思う。
    http://www.geocities.jp/akutamako/1-history.html
 落語には「洒落言葉」が話の落ちによく使われている。
 「河童の川流れ」、「寺の引越し」、「山伏の合図」(ホラふき)、「夏場の火鉢」、「今度と化け物」、「湯屋の三助」(見るだけ)、「女の褌」(食い込むだけで力が入らない)、「ビッコの提灯」(上げたり下げたり)、「馬糞の川流れ」等々だ。

 「寺の引越し」は続けて、「坊主行っても墓行かず」となる。 お坊さんや寺院の建物は簡単に引っ越しが出来るが、墓の移転は大変だ。
 洒落言葉を使う場面としては、「仕事が遅い」ときに、「お前の仕事は、寺の引っ越しか」と言うことになる。
 仕事が「はかどらない」、「はかいかない」にも掛けてあり、洒落言葉の中でも奥行きがある。
  「寺の引っ越し」は他にも何カ所か知っているが、話は今回で終える。

 下段の写真は多摩湖造成中の大正期の記録写真だが、現在給水塔がある付近に立派な建物がある。
 ここには、現在新青梅街道に面したところにある「三光院」があったはずだ。
 すると、お寺の建物が、引っ越しの最後になった可能性もある。
 これでは持論が覆ることになる
 是非、調べてみたいものだ。

Photo

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