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2010年4月 5日 (月曜日)

真実「チマチョゴリの歴史」

  他国の歴史を理解するうえで、その国の建築物、政治や事件、身分制度、及び食事や服装などの生活文化も合わせて知ることが大切だ。
 だが、お隣の朝鮮半島のことは意外に知られていないことが多い。
 いや、知らないことが多すぎる。
 朝鮮半島出身、在日コリアンの皆さんは、日本の国内でも自信を持って「チマチョゴリ」を着ている姿を目にする。
 自国の伝統と文化を大切にしている現れなのであろう。
 だが、
 裏を返せば、「日本の文化には染まらないぞ」とする強い意思表示でもある。
 このあたりが、在日と同居するうえで一番のネックになっていると見ている。

 かつて、北区十条の朝鮮中・高校に比較的近いところに住んでいたので、この「チマチョゴリ」の服装は良く見かけた。
 日本国内でよく着るものだと関心をもって見ていた。09
 当時は図書館で調べたが、今は「ウィキペディア(Wikipedia)」で調べることが出来るから簡単だ。 
 「チマチョゴリ」は、の歴史は
 「朝鮮時代には貧弱な上体とふんだんな下体が美しいと思って、チョゴリは急速に短くなってチマは長くて広くなった。朝鮮王朝の後期から妓女服の影響で丈の短いチョゴリと狭い袖が流行し、服の着脱の度に袖をほどかなければならないほどになったこともあった。
 また19世紀からチョゴリが乳房を覆えなくなったため、両班層の女性は通常胸覆いを使ったという。
 しかし、下級階層、特に男児を生んだ女性は乳房を露出することもあり(李朝時代に描かれた風俗画や写真には、乳房を露出した女性が見られる)、当然ながらこの流行は儒学者の非難を受けた。
 男子を出産した女性が、乳房を露出する事を日韓併合後に禁止にされ、1930年代から女性の社会進出が始まるとチョゴリの丈は短くなり始めた。」とある。

 証拠写真をネット上から拝借するが、11
  「チマチョゴリの真実http://jeogori.web.fc2.com/
 「乳出しチョゴリ」の写真が広まったとき、韓国人が
 「こんな破廉恥な習慣は我が国にはない。捏造だ」と言ったという。この韓国人の態度は、自国の50年前の習慣すら知らない韓国人の歴史観が如何に信用できないかを証明しているようなものである。

  当時の朝鮮の男尊女卑的な思想では、「長男を生まない女性に価値はない」との考えが支配的なためかこのような風習が広まったのだ。
 当時の朝鮮人の女性はこの衣装を「長男を生んで社会的義務を果たした」として誇りに思っていたのである。
 この裏には、やはり厳しい「身分制度」があった。
 この習慣は1950年代まで続いたという
 韓流ブームで、韓国映画やドラマがテレビでよく流れているが、当時を描くうえで、外せないのが服装だと思うが、この「トップレス・チョゴリ」は、女性俳優には絶対にさせないであろう。
 つまり、嘘の映画を描く以外にないのだ。
 日本でも「チマチョゴリ」を着ている娘さんを見る機会は多いが、このような歴史を知っておくことも大切なことだ。
 差別する感覚は全くない。
 

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