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2010年4月11日 (日曜日)

江戸の岡場所と「稲荷信仰」

 減る傾向にあった性病・梅毒が、最近、増加傾向にあるという。
 国立感染症研究所が警鐘を鳴らす。
 患者の約4分の3は男で20代~40代、女は10代後半から30代が多いという。
 感染すると、局部に小豆大の腫れ物、しこりや皮膚に赤っぽい斑点が出るのが特徴。自然に消えて安心していると、それは潜伏期間で症状を繰り返す。さらに進行すると頭髪が薄くなったりする。手遅れになると心臓や血管、脊髄、脳にも広がり大動脈瘤破裂などで死亡する場合もある。Image0009
 若いのに大動脈瘤になる人は梅毒患者と見ていいそうだ。そう言えば、結構、有名人もこの病気が多いといわれる。モテすぎて貰う機会が多いらしい。

 さて、江戸時代は「梅毒」などの性病が猛威をふるったそうだ。何の治療法もなく、「稲荷信仰」が唯一の頼りだった。http://yosiwarasaiken.net/moyou/toya.html
 江戸の男女構成比は男65%、女35%と圧倒的に男社会だった。出稼ぎの職人や商人、妻を郷里においての参勤交代等の裏事情があった。
 この男女不均等という地域性から、公娼の吉原をはじめ、百箇所を数えるとも言われる岡場所が繁盛した。需要と供給、凹凸の関係、全て自然の摂理ともいえる。
 しかし、これが「梅毒」などの性病の感染ルートとなった。
 江戸古地図の吉原を見ると、四隅に稲荷社を祀っていることが確認出来る。
 江戸にある他の主な岡場所でも、稲荷社は必ず祀られていたことが知られている。近くに「稲荷社」が祀られていたら、「岡場所」があったのではと見るのも面白い。
 「稲荷社」=「岡場所」のことは、全部ではないので先に断っておく。

 また、「岡場所」が神社・仏閣の門前町に隣接してあるところが殆どで、神聖な地と性風俗が混然一体となっていることが面白い。
 よく、宗教性(エロス)は結びついていると言われるが、具現化したものか。
 天照大神天の岩戸に隠れたときに女神・天鈿女( あまのうずめ )が神々の前でストリップを演じたというが、このようなことと関連あるのだろうか。
 司馬遼太郎も、著書「街道をゆく」の「本郷界隈」根津権現の項で、「神聖場所と遊び場所がセットになっていたらしく」と、疑問を投げかけている。

 門前に遊郭があって、繁華をささえた。
 根津門前とよばれる遊里である。
 江戸時代は幕府官許の遊里は吉原だけで、他は岡場所といわれた。
 いわば黙認された場所だった。
 なにぶん、江戸は独り者が多かった。
 商家の奉公人や職方の見習いなど流人人口が多く、いわば女ひでりの街だった。
 このため遊里がさかえた。
 どうも江戸期日本では神聖場所と遊び場所がセットになっていたらしく、岡場所は、神社の門前に多かった
 市谷八幡前、麹町の平河天神前、神田明神前、それにこの根津門前などであった。
 それぞれ、客種がちがう.根津門前は大工か多かったらしい。
 なにしろ本郷が大名・旗本の屋敷町だから町方には大工が多く住んでいる。
 ときに仕事前の腹掛けのまま遊びにくるあわて者も多かったのかどうか、「根津の客 まあ腹掛けを 取ンなまし」
という川柳もあった。           
 この岡場所は、明治21(1888)年、洲崎に移転させられた。
 理由は、大学地域として風儀上このましくない、ということだったようで、明治時代の大学が、神社以上の聖域だったことがわかる

 これに付け加えると「岡場所」は、品川、新宿、板橋、千住(コツ)の四宿以外では、一番有名なのは深川八幡宮門前だが、他にも江戸だけで百ヶ所以上もあったらしい。
 そして、深川四宿が盛んになると、吉原がさびれるという現象があり、幕府は公娼制度を維持するために、私娼狩りに力を入れる必要があった。
 岡場所の代表格は深川で、深川芸者は羽織芸者として有名だが、吉原のような格式がなく人気があったという。深川は江戸城の東南、つまり辰巳方角にあるので「辰巳芸者」と呼ばれた。
 
 梅毒の警鐘を鳴らそうと思ったが、話が別方向に行ってしまった。
 昭和33年売春防止法が制定されたが撲滅など出来るはずがなく、売春は姿・形を変えて今後もはこびるだろう。そして、「法と道徳」を考えるとき「売春」のテーマは重い。
 やはり「必要悪」なのか。
 「最古の職業」ともいわれる。
 洋の東西を問わず、人間社会では無くならない職業であろう。
 下の地図は根津権現の遊郭があった辺りだ。
 昭和40年代当時は街並みに昔の名残りがあったが、最近の変化ぶりは知らない。
 谷・根・千などと人気の地域だ。
 
 鬼平犯科帳暗剣白梅香」にも、平蔵の暗殺を持ちかけてきた、根津権現門前の盛り場を一手にたばねている顔役「三の松平十」が経営する料理茶屋が、根津権現前の「釘ぬきや」などと登場する地だ。
http://jibun.benesse.ne.jp/publisher/novel_map/02.html
 散策のときは、このような歴史や話題を携えて街を見るのも楽しい。

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