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2010年4月30日 (金曜日)

今川処刑場と永久橋の関係

  今川の 永久(とわ)の別れは 永久橋 
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 「永久橋」は杉並区本天沼3-44前の早稲田通り、妙正寺川にかかる橋だ。
 早稲田通りを中野方向から環八方向に進行して来ると、なだらかな下り坂になるが、これは妙正寺川が作った窪地の地形だ。
 この早稲田通りにかかる「永久橋」は、この橋から約1キロ西にあった「今川処刑場」で処刑される罪人と家族らが、永久の別れになったことから付けられた橋の名だ。
 「今川の 永久(とわ)の別れは 永久橋」だったという話だ。

 「処刑場近くの泪橋
http://z-shibuya.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-50e9.html
 でも紹介したが、処刑場近くには同様の橋が何カ所かあった。

 南千住の小塚原処刑場近くには「泪橋」は思川(おもいがわ)に掛かっていた橋、漫画「あしたのジョー」では、この橋の下に「丹下拳闘クラブ」があった。
 品川区南大井にある鈴ヶ森刑場跡の近くの、立会川にかかっていた橋も「泪橋」と呼ばれていたが、現在は「浜川橋」と呼び方が変わっている。

 妙正寺川に掛かる「永久橋」も同じような理由で付けられたのだろう。
 この近くにあった処刑場は、早稲田通りに面した荻窪警察署今川交番の反対側の駐車場辺りにあった。
 今川家の知行地だった、井草、鷺宮、中村村辺りの裁判権は今川家にあった。
 徳川幕府の江戸の中にあって、年貢の取立てや裁判権もあったのが面白い。
 例えば、ローマの中にあるバチカンのような場所か。

 徳川家康は、竹千代と名乗っていた当時、今川家に人質として生活していた頃があった。今川義元には可愛がられたらしい。
 その恩義応えるために、義元の息子を高家として江戸に招き今川に住まわせた。
 そして、その知行地の裁判権も与えているという破格の扱いをしている。

 ところで、漫画「あしたのジョー」は実写版が撮影中だ。
 矢吹丈は山下智久、丹下段平 は香川照之が演じるという。
 やはり「泪橋」は欠かすことが出来ない存在だ。

あしたのジョー実写版(約4分辺りに泪橋がでる)
 実写Movie(1970)主演 / 石橋正次

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