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2010年4月 3日 (土曜日)

鶴岡出身28代木村庄之助逝く

 「木村庄之助」と言えば、大相撲の行司として最高位にあり、現在35代目が横綱相撲を裁いている。
 この「28代木村庄之助」にあった、山形県鶴岡市出身の本名は後藤悟(旧姓・赤松)さんが、4月1日死去した。自宅は千葉市稲毛区長沼町173の44。81歳だった。
 後藤さんが28代木村庄之助を襲名していたのは、1991年(平成3年)~1993年(平成5年)までで、庄之助としては18場所勤めた。Photo

 この当時は、相撲も若・貴ブームで人気絶頂であり、連日大入りだった。
 このような中で約二年間最高位で横綱相撲を裁いていたが、土俵上の所作も美しく平成の名行司と称された。
 相撲ファンなら、この風貌と所作に記憶あるであろう。
  28代木村庄之助には、鶴岡市は、ぜひ「鶴岡市名誉市民」として賞して欲しかった。

 これまで、「鶴岡市名誉市民」として賞された方々は、次のような方がおられるが、28代木村庄之助としての功績は決して遜色ない。

鶴岡市名誉市民
山崎誠助は、山形県鶴岡市出身の、日本の劇作家。教育家
酒井忠明は、旧庄内藩主 酒井家17代当主、写真家、書家、歌人
富樫剛は、大相撲第47代横綱柏戸・鏡山親方は、昭和30年代から40年代半ばにかけ、角界に柏鵬時代を築く。
森 敦(1912年1月22日~1989年7月29日)は、小説家。長崎県生まれ。
星野勇三は、羽黒町初の名誉町民となり、現在鶴岡市名誉市民。1964年(昭和39年)死去する。
相良守峯は、東京大学名誉教授(1956)。西ドイツゲーテ協会「ゲーテ賞碑金章」受賞(1968)。文化功労者(1969)。日本ゲーテ協会会長(1976)。文化勲章受賞(1985)。従三位勲一等瑞宝章(1989)。 鶴岡市名誉市民第一号(1969)。墓は鶴岡市禅龍寺
齋藤悠輔は、(明治25年5月21日~昭和56年3月26日)は、温海町(現・鶴岡市)出身の、最高裁判所判事。勲一等瑞宝章・温海町名誉町民(後の鶴岡市名誉市民)。
■杉村隆は、日本のがん医学の大家。国立がんセンター名誉総長。東邦大学学長(2000年6月まで)
富樫実は、鶴岡名誉市民の彫刻家。京都美術文化賞、京都市文化功労者受賞。紺綬褒章受章。京都成安女子学園常務理事。

 ※作家の藤沢周平は、辞退している。

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